軽巡洋艦「長良」の同型艦
今から103年前の1923年8月15日、日本海軍の軽巡洋艦「五十鈴」が竣工しました。同艦は太平洋戦争の開戦時には旧式化していたものの、日本海軍では数少ない防空巡洋艦に改装され、多数の対空兵装を搭載してハリネズミのような姿に生まれ変わりました。今年7月、熊本県天草沖で初めて有人潜水調査が実施された軽巡洋艦「長良」の同型艦でもあります。
日本海軍は戦前、対米戦争の基本方針として、戦艦など主力艦の決戦前に駆逐艦や巡洋艦で夜戦を仕掛け、敵戦艦戦力を少しでも削る「漸減作戦」を想定していました。
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みんなのコメント
日米海軍艦艇の防空力には決定的な違いがありました。それは高角砲が高空域、機銃が低空域をそれぞれ担当していたのは日米ともに共通していたものの、その中間層を埋める兵器が日本にはなかったことです。
その米海軍が装備したボフォース40ミリ機関砲こそが、米艦隊に接近しようとする日本軍機に対して絶大な効果を発揮しました。
また、機銃の射撃管制に関しても日本は最後まで指揮官が目標を指図したのに対し、米海軍では早くも実装されたCICの一元管理の下で精密な射撃を実施できた差異も大きかったと言えます。
この乖離が太平洋戦争敗北の一因でしょうね。
真珠湾攻撃ではあれだけ戦果確認に時間を掛けて綿密に行ったのに、台湾沖航空戦では大本営発表で架空の大戦果を公表するに至ります・・・
尚、海軍では戦果報告に疑問を持ち、架空の戦果であると認識しますが、その事実を陸軍に秘匿します。
陸軍でもキレ者の情報参謀が『戦果に疑義あり』と報告するものの、作戦参謀が電報を握り潰しました・・・
陸軍と海軍は敵同士、よくここまで戦争を続けられたものだと思います。