「ハチロクの再来か」と登場前から話題沸騰となったモデルが発売
5月1日に新たな元号、令和がスタートした。31年間続いた平成という時代は多くの大規模災害や長かった不景気などに見舞われ、激動の時世であったといえるだろう。
さらば平成! 31年前の「元年」に華々しく誕生した世界に誇れる国産車5選
そのなかで日本車の大躍進やユーザーの志向変化など、時代を映す鏡とも言われるクルマを取り巻く環境も大きく変容した。そこで平成の終わりを期に、平成を駆け抜けたインパクトのあるクルマを1年ごとに振り返ってみたいと思う。今回は平成10年編をお届けしよう。
■平成10年(1998年)ってどんな年?
2月に行われた長野オリンピックでは日本勢が大活躍。携帯電話が急速に普及したのもこの頃。エンターテイメント業界ではこの年が音楽CDの出荷枚数のピークであった。
自動車業界では軽自動車の規格(ボディサイズ、排気量)が現在のものに改正されたのもこの年だった。
1)トヨタ・アルテッツァ
当時トヨタが開発した新しいFRプラットホームを使ったミドルクラスのスポーツセダンで、日本仕様のエンジンは2リッターの直4と直6を搭載。遊べるクルマという期待もあり「AE86レビン&トレノの再来」と発売前から大きな注目を集めた。
しかし、フタを開けてみるといいクルマではあったのだが、1300kg台という車重に対して「もう少しパワーが欲しい」など、面白みに欠けるという評価も多く、期待外れなところがあったのは否めなかった。
2)トヨタ・プログレ
アルテッツァと同じプラットホームを使った、メルセデス・ベンツCクラスあたりをターゲットにした「小さな高級車」というコンセプトを持つミドルセダン。このコンセプトは大変素晴らしいもので、各部のクオリティはクラウンを超えてセルシオ級と非常に高く、クルマ自体は文句の付けようのない仕上がりだった。
一方、スタイルが万人向けではなかったことや、コンセプトが当時の日本人には受け入れにくい部分があった。約9年と長期間に渡り生産されたが、成功作とは言えず、残念ながら一世代限りで絶版となってしまった。現代は高齢化が進んでいるだけに、今こそ復活を望みたい1台である。
3)日産スカイライン(10代目)
10代目スカイラインはエンジン、プラットホームといった基本コンポーネントを9代目モデルから引き継いだものの、ボディサイズをわずかに小さくし、ボディ剛性の強化や動力性能の向上などによってスカイラインらしいスポーツ性を取り戻した。
加えて翌99年に追加されたGT-Rは空力性能に着目した点が新鮮だった。
しかし、ミニバンやSUVの台頭もあり、セダンやスポーツ系のクルマのマーケットが縮小してきたことやコンセプトなどに古さがあったのも否めなかったところに、日産自体の低迷もあり、約3年間でフルモデルチェンジされ、短命に終わってしまった。
その反面スカイラインらしく、運転して楽しいクルマだったのも事実で、チューニングベースとしての性能も高く、旧世代最後のスカイラインとして中古車相場では未だに高値で安定している。
今なら売れた? 画期的なコンセプトの軽自動車も登場
4)日産ティーノ
ティーノは今でいう2列シートのミニバンだ。前席3人掛けのベンチシートを搭載した6人乗り仕様があり、後席を取り外して広いラゲッジスペースとして使用できるのに加えて、限定ながら日産初のハイブリッドを販売するなど、挑戦的なクルマであった。
販売は残念ながら低調に終わったが、ティーノが行った試みは記憶に留めたい。
5)ホンダZ(2代目)
冒頭に書いた軽自動車の規格改正を期に車名を復活させる形で登場したホンダZの2代目は、エンジンを車体中央の床下に積むアンダーフロアミッドシップ4WD(以下UM-4)と呼ばれる構造を用いたSUV的なモデルだった。2代目ZはUM-4の採用により、軽自動車ながら高い衝突安全性を持つ点がとくに高く評価された。
しかし技術の進歩により通常の構造でも衝突安全性は確保できるようになったことなどもあり、残念ながら後継車はなく一世代限りで姿を消してしまった。
6)三菱ランサーエボリューションV
ラリーやレースといったモータースポーツベース車であるランサーエボリューションはこの年にVが登場。IVまでのランサーエボリューションは「速いけど脆い(壊れやすい)、持久力がない」という弱点があったのだが、Vでは冷却性能の大幅な向上やブレンボブレーキの採用、ワイドボディ化などにより、当時の日本車最速の1台と断言できる速さと信頼性、持久力を手に入れた。
またランサーエボリューションVは1998年のWRCでもメイクスタイトルとトミーマキネン選手のドライバーズタイトルというWタイトルも獲得し、三菱自動車のブランド力向上にも大きく貢献した。
7)マツダRX-7(V型)
1991年に登場したRX-7も「速いけど脆い、持久力がない」というVまでのランサーエボリューションと同様の弱点があった。しかし、この年に登場した通称V型と呼ばれる改良モデルでは、デザインの変更こそ少ないものの、冷却性能の大幅な向上により持久力を得ただけでなく、サスペンションなどの改良によるスポーツ走行時の扱いやすさ、ロータリーエンジンのパワーアップも含めた速さも手に入れ、モデルは古いものの日本車最速クラストップの戦闘力と質感を持つスポーツカーへと進化した。
当時マツダは非常に苦しい時期だったものの、その状況下でもスポーツカーを進化させ続ける姿勢は、現在のマツダ車のたゆまぬ改良にも通じるよき伝統といえる。
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