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王者の貫禄──【連載】F1グランプリを読む

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王者の貫禄──【連載】F1グランプリを読む

F1第10戦のイギリスGPが7月18日に行われた。ルイス・ハミルトンとマックス・フェルスタッペンの間で発生した大クラッシュは誰のせい? モータージャーナリストの赤井邦彦が分析する。

F1マシンという生き物

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ゴールまで残り12周、先頭を走るシャルル・ルクレールのフェラーリと2番手で追いかけるメルセデスのルイス・ハミルトンの差は8.7秒。ラップタイムはハミルトンの方がルクレールより1秒程速い。計算通りことが運べば、ゴール寸前でハミルトンがルクレールを捉える。計算通りことが運べば、だ。

しかし、F1マシンは生き物。走行を重ねると積載燃料は減少し重量が軽くなる。するとクルマの挙動は自ずと変化する。タイヤも生き物だ。走行距離が増えるとトレッドのゴム表面は削られ、グリップ性能は低下する。そして、最も不確定要素が大きいのがドライバー。生身の人間であるドライバーはミスをする。疲れると判断を誤る。そうした条件の変化のもと、ドライバーがいかにマイナス要素を削り取ることができるか、それが如実に結果に表れる。

舞台は1周5.891kmのシルバーストン・サーキット。モータースポーツの聖地と言われるこのコースでは、1950年に世界で初めてのドライバーズ世界選手権が開催され、1987年以降はずっとイギリスGPの舞台となっている。いくつものドラマが演じられたが、今年のレースはその中でも5指に入る激戦だった。

今年のイギリスGPは長い歴史の中でエポックメイキングなイベントとなった。通常であれば予選が行われる土曜日の午後に、日曜日の本番レースを前に100kmの距離のスプリント予選レースが開催された。シルバーストンのコースを17周。ミニ・グランプリだ。予選は金曜日の午後に行われた。この新しいフォーマットは、土曜日にサーキットを訪れる観客にもレースの醍醐味を味わってもらおうと考えて誕生した。そのアイデアは大成功で、決勝レースの日曜日に負けない数の観客がシルバーストンを埋め尽くした。3日間の観客動員数は35万5千人。依然としてコロナの脅威が残るイギリスだが、非常に高いワクチン接種率を理由に、観客の入場制限を取り払って行われた。イギリスGPに先立って、7月11日にロンドンのウエンブリー・スタジアムで行われたイングランド対イタリアのサッカー欧州選手権の決勝でも満員のファンがスタンドを埋めた。イギリスはコロナ撲滅よりコロナとの共生を選びつつあるようだ。

さて、金曜日の予選でポールポジションを取ったのはハミルトン。しかし、スプリント予選レースを制したのは2番手からスタートしたフェルスタッペンだった。2位にハミルトン、3位にバルテリ・ボッタスが入った。この結果で日曜日の本番レースのグリッドが決まるが、このスプリントレース、大方の受けがいいようだ。今年はイタリアGPなど、あと2戦でスプリントレースが予定されている。

一夜明けて日曜日の決勝レース。始まりから終わりまで手に汗握るドラマチックなレースだった。まずスタート後いきなり大事故が発生した。1周目の高速コプスコーナーで、フェルスタッペンのレッドブルとハミルトンのメルセデスが接触、フェルスタッペンはコース外にはじき飛ばされてタイヤバリアに激突、クルマは完全にスクラップになった。衝突の衝撃は51G。あわや大惨事になるところだった。この事故に関して、レース後レッドブルとメルセデスの両チームが激しい言葉の遣り取りをした。フェルスタッペンも検査入院先の病院から吠えた。最も冷静だったのはハミルトン。彼は雑音に左右されることなく自分の意見を正直に述べるに留めた。

「アグレッシブ過ぎるドライバーがいれば、必ず事故は起こる」

事故の詳細はこうだ。1周目、スタートで前に出たフェルスタッペンの背後から、ハミルトンが追い迫る。隙あらば、と抜き去るチャンスをうかがい、コプスコーナーで実行に移した。レッドブルは1周目が弱点だ。タイヤの暖まりが悪く、コーナーの走りが安定しない。ハミルトンはそのことを知っていた。そして、レッドブルに逃げられる前に捉えようと試みた。しかし、コーナーの内側にいたハミルトンのクルマの左前輪にフェルスタッペンの右後輪が接触、レッドブルは姿勢を崩してコースを飛び出し、タイヤバリアに激突した。完全なレース・インシデント。

しかし、審査委員会はハミルトンに10秒のペナルティを科した。コーナーの内側にスペースが残っており、接触を避けようと思えば避けられたというのが罰則の理由だった。それを言うならフェルスタッペンの外側には広いスペースが残っており、ハミルトンの走行ラインに交わるような走りをする必要はなかったとも言える。しかし、事故が起こった場合には生き残った側にペナルティが課せられるのが常で、ハミルトンはその犠牲になったというのが今回の裁定だった。

“ダーティ”の対極にいるドライバー

フェルスタッペンとハミルトンはこれまでもあわや接触という場面が何度もあった。イモラ、ポルティマオ、バルセロナ……いずれの場合もハミルトンが冷静にスペースを空けて接触を避けてきた。しかし、イギリスでは1周目にレッドブルの前に出ることが必須であり、それがかなわないとフェルスタッペンには逃げられてしまう。ハミルトンに覚悟があったのは確かだろう。かといって、レッドブルのクリスチャン・ホーナーがハミルトンの運転をダーティだと表現したのはいささか言い過ぎの感がある。メルセデスのトト・ウルフは、「ハミルトンはダーティの対極にいるドライバーだ」と言い返した。

レースはアクシデントの片付けのために赤旗中断になり、ハミルトンに取れば幸運といえた。接触で負ったダメージは殆どなかったが、念のためにノーズを交換した。そして、レースが再開され、今度はフェラーリのルクレールがレースをリード、それをハミルトンが追った。ハミルトンがいつ10秒のペナルティをクリアするか注目が集まったが、タイヤ交換のピットイン時にそれをこなし3番手でレースに復帰すると、猛烈な勢いでルクレールを追った。追い付くのはほとんど不可能と思われた両者の距離が、ぐんぐんと縮まった。

手に汗握るドラマが始まったのはレースが残り12周を切った時だ。チームメイトのバルテリ・ボッタスに2位の座を譲られたハミルトンが、トップを走るルクレールに対し、毎周1秒を削る猛烈な追撃を開始したのだ。その時の両者の差は8.7秒。周を重ねる毎にそのギャップは縮まり、残り5周になった時にはフェラーリとの差は3秒に。そして残り2周を残したコプスコーナーでハミルトンはついにルクレールを捉えてトップに躍り出たのだ。ほかのドライバーが追随できない集中力、忍耐力、正確さ、そしてスピード。彼がトップに立ったとき、14万人の大観衆を飲み込んだシルバーストン・サーキットはまるで火山が爆発したように揺れた。キャリア99勝目。イギリスGP8勝目。恐らくこの先破られることのない大記録だ。ユニオンジャックを掲げて喜ぶハミルトンの姿をテレビで観て、フェルスタッペンは病院からこう吠えた。

「ハミルトンの喜ぶ様はなんだ、ぶつけられた俺は病院にいるというのに」
ぶつけてないって。

PROFILE
赤井 邦彦(あかい・くにひこ)

1951年9月12日生まれ、自動車雑誌編集部勤務のあと渡英。ヨーロッパ中心に自動車文化、モータースポーツの取材を続ける。帰国後はフリーランスとして『週刊朝日』『週刊SPA!』の特約記者としてF1中心に取材、執筆活動。F1を初めとするモータースポーツ関連の書籍を多数出版。1990年に事務所設立、他にも国内外の自動車メーカーのPR活動、広告コピーなどを手がける。2016年からMotorsport.com日本版の編集長。現在、単行本を執筆中。お楽しみに。

文・赤井邦彦

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みんなのコメント

2件
  • これがF1ファンとしてフラットな見方だよ。どうみてもレーシングインシデント。ハミルトンにもフェルスタッペンにも責任があり、今回はハミルトンが生き残ったから慣例に従って責を負わされたが、その実力でもってペナルティすらねじ伏せた。それで終わり。
    贔屓に肩入れしすぎて正しいモノの見方ができなくなる傾向は隣の某国でよく見られるけど、同じぐらいホンダファンにもよく見られる。
    贔屓のために怒っている!という建前が、自分を贔屓チームの一部であると錯覚させて自己陶酔に陥るんだろうね。
  • 素晴らしい記事を見ました。状況を冷静に判断して 私が思っている気持ちを代弁してくれたような
    内容でした。特に 最後の8文字! 久しぶりにスカッとしました。赤井邦彦さんの文章をもっと読みたく
    なりました。ありがとう!!!
※コメントは個人の見解であり、記事提供社と関係はありません。

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