給料面だけでは見えぬ整備士の本音
自動車整備士の人手不足を語るとき、まず焦点になりやすいのが給与だ。現在の日本は、2005(平成17)年に65歳以上の人口割合が21%を超える超高齢社会に突入して以降、急激な人口減少ショックによる構造的な現役労働力の枯渇に直面している。コロナ禍を経て経済活動が正常化した2023年以降、人手不足関連倒産は前年比で約159%増という異常なペースで急増した。
【画像】「トラックドライバー = 底辺職」――その言葉、本当に言えますか?(計17枚)
重量物の運搬や過酷な作業環境をともなうブルーカラー全般において人材確保が絶望的になる中、自動車整備業界の転職理由を調べたアプティ(東京都渋谷区)の調査でも、給与が30.5%で最も多かった。仕事内容への不満も24.8%に達し、給与と仕事内容の2項目で半数を超える。
給与への不満が上位を占める背景には、客観的なデータにも表れる他産業との給与格差がある。Indeedの求人掲載データ(2026年8月4日更新時点)によると、道路交通・陸運分野の整備士(正社員)の平均年収は450万円、平均月給は26万円(賞与や特別手当込み)となっている。
これは正社員全体の平均年収額と比較して約175万円、平均月給と比較して約1万円低い水準であり、年収分布は400万~500万円が最も多い。また、国土交通省の令和8年版交通政策白書(2025年のデータ)における自動車整備要員(平均年齢47.7歳)の年間所得額は約504万円とされており、全産業平均(約546万円)を約42万円下回っている。
ただし、こうした水準ではあるものの、整備士の平均年収自体はコロナ禍以前から増加傾向が続いている。企業の働き方改革にともなう増員募集や、アフターサービス部門の強化を狙う企業による待遇改善が進んでいるためだ。
ここで見落とせないのが年代による違いだ。アプティが運営する自動車業界専門の求人サイトカーワクは、2025年7月から2026年7月までに寄せられた自動車整備士資格保有者の転職相談1651件を分析した。その結果、日本人求職者では、30~50代の中堅層の転職理由は給与が最多だった一方、29歳以下と60歳以上の両端の層では仕事内容への不満が最多となった。これは整備士は給与が安いから辞めるという説明だけでは、転職市場の実態を十分に説明できないことを示している。
もっとも、この調査は実際に退職した人を追跡したものではない。あくまで転職相談の理由を分析したデータである。そのため、整備士が辞めた理由と一般化するのではなく、転職を相談した整備士が挙げた理由として読む必要がある。
29歳以下で仕事内容への不満が最多となった背景には、給与とは異なる動機がある。同社に寄せられた相談内容を見ると、若手からはより幅広い作業や車種への挑戦接客を通じた経験の幅などを求める声が寄せられている。
実際、22歳の3級自動車整備士は、こう話している。
「トラックの整備をしていたが、軽自動車や普通車など様々なメーカーの車種に触れて経験を積みたいと思った」
23歳の2級自動車整備士からは、さらに具体的な不満が出ている。
「パーツ交換ばかりの作業では専門的な技術が身につかないと感じた。部品をただ取り替えるだけでなく、重整備や分解整備をしっかり経験できる環境で働きたい」
24歳の2級自動車整備士も、次のように語る。
「もっと色々な経験を積んで成長したかった。接客も含めてお客様としっかり向き合える現場で、整備士を続けていきたい」
3人の相談内容に共通するのは、仕事そのものから逃げたいというより、現在の仕事内容では
「整備士として成長できない」
という問題意識である。彼らが求めているのは他産業でも通用する一般的なスキルではなく、高度な整備技術という特定の人的資本(企業・産業特有のスキル)の獲得に対する強い渇望であるといえる。若手にとっては、現在の給与だけではなく、自身の市場価値の向上という将来の資本形成の道筋が転職判断に大きく影響している。
シニア層が望む長期就労と負担軽減
一方、60歳以上になると仕事内容への不満の意味が大きく変わる。若手がもっと経験したいと考えているのに対し、シニア層では身体に無理のない仕事をしたいというニーズが前面に出ている。60歳の自動車検査員は、こう話す。
「腰痛持ちで整備割合が大きい現場は体力的につらい。検査員資格を活かして、検査業務や軽整備を中心に現場で長く貢献したい」
61歳の自動車検査員からは、仕事量そのものへの問題意識が聞かれる。
「ひとりでは見合わないような台数をこなさなければならず、仕事量が多くて体力的に厳しくなった。過度にスピード感を求められる現場ではなく、無理のないペースで確実に整備できる環境が良い」
65歳の2級自動車整備士も、次のように語っている。
「業務量が多く体力的についていけなくなった。給与よりも身体への負担を抑え、重作業をともなう整備よりも、車検や点検などの業務中心で長く働きたい」
若手が仕事の幅を広げたいと考えるのに対して、シニアは仕事の負担を抑えたいと考えている。同じ仕事内容への不満でも、その中身は正反対なのである。
法制度の観点から見れば、1995(平成7)年の道路運送車両法改正によって前車検・後整備への移行が認められて以降、ユーザーの予防整備離れが進み、無資格業者による形骸化した車検が社会問題となってきた。
こうした中、認証工場において一定数の確保が義務付けられている整備士資格や検査員資格は、国の基準を満たしていることを証明する強力な必置資格としての機能を持つ。シニア層が求めているのは、過酷な重整備から退き、この保有資格と長年の経験を活用して無理なく長く働くという、自身への身体的ケアを中心としたキャリアパスである。
では、若手とシニアの間にいる30~50代はどうか。今回の年代別データでは、30代、40代、50代はいずれも給与が1位となった。生活維持や家族の扶養といった経済的責任がピークに達するためだ。
実務経験や保有資格、企業の規模などによって、年齢層ごとに年収の傾向は段階的に変化していく。20代(ボリュームゾーン:300万~499万円)は未経験層も多いが深刻な若手不足によりポテンシャルが高く評価される。30代(同350万~549万円)になると実務経験が成熟し、役職付き求人や他分野へのキャリアチェンジで年収を引き上げる層が増える。そして40代(同450万~649万円)で平均年収は500万円を突破し、全体の約3割が年収600万円以上に到達する。ここでは自動車検査員資格の有無が極めて有利な条件となる。
一方、50代・60代(同400万~599万円)になると、他の世代と比較して分布がまばら(二極化)になるのが大きな特徴だ。これは前述のシニア層の声にある通り、体力的な負担を軽減するために重整備から離れて点検や検査業務などの専任ポジションへシフトしたり、役職定年によって管理職ポストを離れるケースが増えるため、高年収を維持する層とそうでない層との間で差が開きやすくなることに起因している。
つまり、整備士の転職理由を年代で見ると、ひとつの方向に一直線で変化しているわけではない。この構造を単純化すれば、
・若手:成長
・中堅:待遇
・シニア:負担軽減、経験活用
という、全く異なる多層的なニーズを抱えていることになる。
給与水準の改善のみでは防げぬ離職
整備士不足への対策として、給与水準の改善は重要である。実際、日本人求職者全体を見ても27.8%が給与を理由に挙げている。仕事内容への不満は27.4%で、両者はほぼ拮抗している。したがって、整備士は給与を気にしていないと考えるのは明らかな誤りだ。
一方で、給与改善だけを人材確保策の中心に据えることにも限界がある。たとえば若手がパーツ交換ばかりでは専門的な技術が身につかないと感じているなら、給与を上げても仕事内容そのものへの不満は残る。シニアについても、給与だけを上げて従来と同じ過酷な仕事量を求めれば、本人が希望する働き方とのズレは解消しないからだ。
整備士を取り巻く環境そのものも、劇的な技術的地殻変動を起こしている。現在、グローバル自動車産業はCASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)の波を受け、複雑なシステムへと進化している。メーカー各社は、トヨタのTNGAやフォルクスワーゲンのMQBに代表される、セグメントを超えて共通化を図るモジュール化戦略を推進しており、車両の構造自体が根本から変化した。
さらに、2020年4月からは自動ブレーキなどの先進安全技術に対応すべく、電子制御装置の整備までを包含した特定整備制度が開始された。これにより、現在の整備士にはハードウェアの分解技術にとどまらず、ソフトウェアの診断やエーミングといった高度な専門的知見が求められている。
若手にとってみれば、これは新たな人的資本を蓄積する成長機会になる。一方で、従来の機械整備を中心に経験を積んできたベテランにとっては、学び続けること自体が重い負担にもなり得る。つまり、技術革新はすべての整備士に同じ形で恩恵を与えるわけではないのだ。
資格と経験を最適化する要員の配置
ここで重要になるのが、整備士の経験や資格をどう配置に生かすか――という視点である。シニア層に対しては、検査員資格などの必置資本を持つ人材を重作業から外し、検査や点検専任として身体的負担を抑えるポジションへ配置転換する。若手には、単純な部品交換だけではなく、高度な電子システムの診断や接客など、市場価値を高める機会をロードマップとして提示する。
本人の技能、経験、希望、身体的な負担などを踏まえ、どの仕事なら能力を発揮できるのかを戦略的に設計する必要がある。
現在、自動車整備業界は全職種平均(1.20倍)の3.7倍に及ぶ有効求人倍率(4倍超)を誇る超売り手市場であり、求職者優位の状況にある。こうした環境下において、人材を惹きつけ、定着させるための有効なキャリアパスは明確化しつつある。
第一に、アフターサービスを強化して売上を確保しようとする大手中古車販売店、輸入車ディーラー、およびサービスエンジニアなどの高待遇な企業・職種への転職ルートだ。第二に、培った整備知識とコミュニケーション能力を活かし、インセンティブ制度のあるフロント職やディーラーの営業職へ転向する職能チェンジの道である。第三に、トヨタサービス技術検定2級以上、日産のTS1級、BMWのマイスターといったメーカー資格や自動車検査員などの上級資格、さらには近年増えている外国籍メカニックの教育・育成経験などを適正に評価する仕組みだ。これらは転職や異動の際の強力な自己PRポイントとなっており、企業側もこうした技能や経験に応じたキャリア設計を用意することが不可避となっている。
さらに今回の調査では、日本人と外国籍求職者の違いも明確に浮かび上がった。日本人では給与が27.8%、仕事内容への不満が27.4%だったのに対し、外国籍求職者では給与が
「41.1%」
で突出し、仕事内容への不満はわずか15.0%にとどまった。2019年4月に新設された在留資格特定技能制度により、自動車整備業でも外国人労働者の存在感が劇的に増している。転職の自由や家族帯同の道が担保された同制度の在留者は、2023年末には約20.8万人にまで急増した。彼らの多くは母国の家族の生計を支えるために来日しており、経済的インセンティブが最重要事項となる。
しかし、外国籍人材の定住化にともない、新たな社会的統合の課題も噴出している。たとえば愛知県豊田市の調査では、在住外国人の年金加入率が約6割、定住者に限れば4割まで低下しているという深刻な実態が明らかになった(外国人集住都市会議「社会保障制度の加入促進に向けた環境整備について」)。将来的な帰国を見据えた際、社会保障協定を結んでいない国の労働者にとって年金は掛け捨てリスクとなるためだ。
外国籍人材を定着させるには、明確な給与モデルの提示に加え、脱退一時金などの制度ガイダンスを含めた生活基盤へのサポートが欠かせない。年代だけでなく、国籍や個人の置かれた社会的背景によっても転職理由は全く異なるのである。
整備士不足の本質である人材の活用
整備士不足が続くなか、企業にとって採用競争は避けられない。しかし、時給の引き上げによる消耗戦は、中長期的に人件費の高騰を招き、企業の首を絞める結果にしかならない。
求められているのは、整備士を使い潰す費用ではなく、組織の価値を生み出す投資すべき人的資本として捉え直すパラダイムシフトだ。
若手には技能獲得が可視化された成長機会を。中堅には納得できる明確な待遇を。シニアには体力を守りながら必置資格を生かせる働き方を。そして外国籍人材には経済的リターンの保障と生活支援を――。これらを同時に成立させる個別型人的資源管理(HRM)モデルの構築が急務である。
整備士不足への対応は、単純な人数の確保だけでは終わらない。整備士は給与が安いから辞めるという一面的な理解から一歩進み、個人の持つ無形資産をどのような配置で現場の戦力へと統合するか。
複雑化する自動車のテクノロジーに向き合う現場において、本当に問われているのは人をどう使うかという経営側の人材マネジメント力そのものなのである。(清原研哉(考察ライター))
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みんなのコメント
危険、汚い、きつい、の3K。
しかも、昔から年収は激安というか、最低クラスというか、最安値クラスで間違いないと思う。
俺は昔、高卒で整備士の正社員になったけど、あまりにも給料もボーナスも安くて、しかもマジもんの3Kで、しかも残業ばっかりで休みもロクに取れなくて、約半年で辞めたもん。
早く辞めて本当に良かったと思ってます。
これが整備士のリアルな実態。
昔から基本的に何も変わってないと思う。
整備士がいなくて困るのは会社だし、お客様。
いずれ、整備士がめちゃめちゃ不足して、みんなが痛い目に合えばいいと思う。
今も相当、整備士は不足してるはずだよ。
昔から整備士は、入っては辞めての、出入りが激しい職種でした。
もう手遅れだけど、国策で整備士を保護しないと無理。
誰が汚くて危険でキツイ仕事を夜遅くまで残業してまで、安月給で毎日コキ使われないといけないんだよ。
辞めて当然。