この記事をまとめると
■デ・トマソ創業者アレハンドロは政変で祖国を追われイタリアで自動車メーカーを設立
なんとエンジンフードがガルウイングの衝撃! デ・トマソ・マングスタは中身もスーパーだった
■巧みな人脈と交渉術でフォードとの提携やパンテーラの成功を実現した
■品質問題や経営難を抱えながらも自動車史に残る強烈な足跡を残した
自動車史に強烈な存在感を刻んだ伝説の男
いまどきアルゼンチンといえば、誰しもメッシの名を思い浮かべるでしょうが、クルマ好きとしてはデ・トマソの名も忘れるわけにはいきません。
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みんなのコメント
ダイハツシャレードデ・トマソは、イタリアンホットハッチ風でカッコ良かった(アウトビアンキみたいな?)
しかしそうなると、パンテーラ計画の躓きのためにフォードの社長レースから脱落し、やがて転籍先のクライスラーでも再びデ=トマソと組んでは、TCbyマセラティという失敗作を繰り出すことになったリー・アイアコッカの立場はどうなるのだろう?とも思う。