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日本クルマ界の黄金期「平成」31年間を振り返る 消えたスポーツモデル 人気車 販売台数

 1989年1月8日に始まり、2019年4月30日に終わった平成の時代。それはちょうど、日本車の黄金期にあたる時代でもあった。

 平成の31年間はクルマにどんな変化を与えたのか? 新車の販売台数やベストセラーカー、軽自動車の人気、ガソリンスタンドの数…などなど、自動車に関するイロイロな変化を見る。

“大きな羽根”が国産車から絶滅!? 消えゆく高性能車の象徴「ウイング」が示す時代の変化

 さらに、2000年10月に施行された新短期排出ガス規制(平成12年排出ガス規制)によって消えたスポーツカーたちもピックアップ!

※本稿は2021年1月のものです
文/大音安弘、ベストカー編集部 写真/ベストカー編集部
初出:『ベストカー』 2021年2月26日号

【画像ギャラリー】スープラ スカイラインGT-R シルビア RX-7…2002年8月に消えたスポーツモデルをギャラリーで見る

■新車販売台数

 平成になると間もなくバブル景気が崩壊したが、まだ好景気の余韻を残す平成2年に新車販売台数は軽自動車を含めて777万7665台を記録。この1990年をピークに、8年後の1998年には587万9425台と500万台の規模まで大きく減少。さらに2009年になると460万9182台まで減少し、平成最後の2018年は527万2067台だった。

新車販売ピークの1990年に一番売れた8代目カローラ

■年間ベストセラー

 1年間で最も売れた車種、ベストセラーカーは平成の間にどんな変化があったのか?

 平成元年の1989年に最も売れたのはカローラで19万6498台。カローラは33年間、年間1位を守り続けたが、2002年にフィットが首位を獲得。さらに2009年はプリウスがトップとなり、平成最後の2018年は軽のN-BOXが1位、登録車ではノートが一番売れた。

2018年に最も売れたのは軽自動車のN-BOXだが、登録車ではノートがベストセラーだった

■軽の販売比率

 新車販売台数に占める軽自動車の販売比率はどうか?

 1980年代の軽比率は20%台だったが、平成2年の1990年に排気量660cc&全長3300mmに拡大した規格変更があり約25%に上昇。1998年には現在の規格となり、さらにボディサイズが拡大して軽比率は30%前後にアップ。2018年は36.5%の新車が軽だった。

■軽の販売1位

 軽自動車の年間販売ナンバー1車の変化は? 全国軽自動車協会連合会が統計を始めた平成18年の2006年に最も売れたのはワゴンRで22万1066台。その後、2012年ミラ、2013年N-BOXが首位を獲得し、2018年もN-BOXが1位で25万3500台を売った。

N-BOXは2020年も年間販売台数トップで、軽自動車では6年連続のベストセラーとなる

■SUV、HVモデル数

 SUVやハイブリッド車のモデル数はどれだけの変化があったのか? SUVは平成元年の1989年は“クロカン”などと呼ばれていたが車種数は11モデル。これが2018年には28モデルまで増えた。

 一方のハイブリッド車は誕年生したのが1997年のプリウスから。それから21年後の2018年には58モデルまで増えた。

■自動ブレーキの普及

 日本で初めて自動ブレーキ搭載車が登場したのは平成21年の2003年。4代目インスパイアに搭載されたのが最初で、2010年には5代目レガシィに「アイサイトバージョン2」を装備してヒット。その後市場ニーズが高まり、軽自動車にも装備されるようになった。

新型レヴォーグ搭載の最新版アイサイトは検知範囲が大幅に拡大し、性能がアップしている

■燃費性能

 燃費性能の変化はどうか? 平成初期の燃費モードは10・15モードだったが、国交省がJC08モードに換算したガソリン乗用車の平均燃費値のデータによると、平成5年度の1993年度は11.1km/Lだったが、初代プリウスが登場した1997年度頃から急上昇。2016年度には21.9km/Lまで平均燃費が伸びている。

平成最後の燃費ナンバー1車は現行型プリウスで、JC08モード燃費39.0km/Lを記録

■ガソリンスタンドの数

 ガソリンスタンドの数は平成6年度の1994年度に6万421件でピークに達し、その後は減少。2019年度は22万9637件とピーク時の半数以下まで減った。

 なお、セルフサービスの給油所の数は1989年度は全体の0.2%だったが2019年度は34.8%まで増えている。

■平成を代表するスポーツカーが一気に消滅! 2002年8月の衝撃

●排ガス規制により一斉に消えた!

 2002年は、クルマ好きにとって決して忘れることができない年となった。2000年10月より施行された新短期排出ガス規制(平成12年排出ガス規制)により、強化された排出ガス基準をクリアできなかったクルマの生産猶予期限を迎えたことで、国産スポーツは、続々と生産終了へと追い込まれることに……。

 結果的に、スープラ、スカイラインGT-R、シルビア、RX-7といった日本を代表するスポーツカーが、その歴史に幕を閉じた。各社は、フィナーレを飾るべく、最終限定車を投入。そのなかでもGT-R「ニュル」やRX-7「スピリットR」は、ファンのなかで特別な存在となっている。

マツダRX-7(FD3S)…1991年に登場した3代目RX-7のFD3S型。2002年に最終限定車の「スピリットR」が1500台販売され、生産終了した

 直接的な原因は、排ガス規制の強化なのは間違いない。しかし、絶版となった最大の理由は、スポーツカー販売の不振にあった。

 今なお人気の高いシルビアさえ、S15型の開発には開発費の確保に悩まされたと聞く。さらにいえば、長らく延命措置が図られていた32型フェアレディZは、ひと足早く2000年で絶版。現実は厳しかったのだ。

日産シルビア(S15)…最後のシルビアとなったS15型は1999年に登場した7代目。電動オープンボディのヴァリエッタも設定された

 バブル期以降、自動車のニーズは、高級・高性能から多目的・実用へと次第にシフト。クロカン系が人気だったRVも主役がミニバンへと移る。高性能車のニーズも、セダンからスポーツワゴンに集約されていった。

 そこにハイブリッド車、プリウスの誕生を発端としたエコカーブームが巻き起こる。その結果、将来の顧客となるはずの若者の気持ちもスポーツカーから離れていくことになった。

日産スカイラインGT-R(R34)…1989年に復活した第2世代のスカイラインGT-RもR34型で2002年に生産終了。最終限定車の1000台は即日完売した

 また自動車メーカーも、バブルの傷を引きずった経営の改善と、迫りくる環境対応のために、大きな決断を迫られていた。つまり合理化による収益改善が必須だったのだ。その一例が、トヨタと日産の直列6気筒ガソリンエンジンの廃止だ。次世代を多様性のあるV6に託すと決断した。

 無論、コストさえ掛ければ、国産スポーツカーのさらなる延命は可能であっただろう。しかし、残念なことに、それだけの体力が当時の自動車メーカーにはなかった。

トヨタスープラ(A80)…1993年に登場した、日本では2代目となるA80系スープラも2002年8月に没

 いすゞも環境対応を断念し、採算性の悪い日本での乗用車事業撤退を決断。国内向けのビッグホーン、ミュー、ウィザードの生産を終了し、他社からのOEM車と合わせて販売を2002年で終了している。

ビッグホーンも生産終了…2002年はいすゞのビッグホーンやミュー、ウィザードも生産を終了。そしていすゞは日本国内の乗用車事業から完全撤退した

 確かに直接的な原因は、自動車メーカーの厳しい決断にある。しかし、その裏には、買わない消費者の存在があることを忘れてはならない。あの悲劇を繰り返さぬためにも、我々がスポーツカーなどの特別なクルマを買い続けることも重要なのだ。

(TEXT/大音安弘)

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