憧れのクルマへの洗車情熱と姉の粋な計らいが、22歳の青年を超高級車オーナーに!
かつては東海道第一の宿場として栄え、近年は大きな変貌を遂げている東京の品川駅周辺に、1台の貴重なクラシックカーが姿を現した。1953年式のメルセデス・ベンツ「170S」である。このクルマのオーナーは、22歳の時に手に入れてから66年以上も所有し続けているという。洗車係から始まり、月収の2倍という過酷な税金を乗り越えてきた、1台の名車とオーナーが共に歩んだ奇跡のヒストリーである。
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戦後復興期ベンツの屋台骨を支えた歴史的価値を持つ170シリーズ
品川駅港南口ふれあい広場で開催された『品川クラシックカーレビュー イン 港南』は、地元の商店街と警察署が主催し、全日本ダットサン会が運営する交通安全意識の啓発を目的としたイベントである。27回目の開催となった今回は42台のヒストリックカーが集結したが、その中で唯一のドイツ車としてひときわ注目を集めたのがこの170Sであった。
第二次世界大戦で甚大な損害を被ったダイムラー・ベンツが、戦前の1936年にデビューした小型車170Vをほぼそのままの形で生産を再開したのは終戦の翌年、1946年のことである。その後、1949年にその170Vをベースに開発されたのが170Sだ。
170Sはフロントサスペンションを170Vの横置きリーフからダブルウィッシュボーンとコイルの組み合わせとし、前後トレッドも拡大している。室内空間を中心にボディも広げられ、増加した車重に対応するため排気量も1697ccから1767ccへと拡大された。メルセデスが完全な戦後型となる180系を発表するのは1953年のことである。それまでの期間、いわば暫定的戦後型ともいえる170Sは、戦後混乱期のメルセデス・ベンツの屋台骨を力強く支えたのである。
「押し掛けの専属洗車担当」の情熱が姉の心を動かし、憧れの170Sオーナーへと導く
イベント会場に展示されていたのは、そんな歴史の生き証人とも言えるようなメルセデス・ベンツ170Sだ。年式は1953年というから170Sとしては後期のモデルに当たる。さいわいオーナー氏がクルマの近くにいらしたのでお話を伺うことができた。
「1959年、私が22歳の時に手に入れたので、所有歴は66年以上になります」
驚きのエピソードを語ってくれたのは、奥様と一緒に参加の飯田喜好(いいだきよし)さんである。メルセデス・ベンツとしてはロワーグレードとはいえ、1959年当時の日本では170Sとて超のつく高級車であったはずだ。飯田さんは一体どのような経緯でオーナーとなったのであろうか。
「当時、街中で初めてメルセデス・ベンツ170Sを見かけた時、その姿に衝撃を受けました。その時はまだ手に入れるとかそんなことは全く思いませんでしたが」
一瞬で170Sに心奪われた飯田さんは、ある時オートバイで走っている時に再びその170Sを見かけ、思わずその後を追いかけたという。オーナーはさる会社の社長さんであった。飯田さんはそのオーナー氏に「このクルマを磨かせて欲しい」と頼み込み、押し掛けで170Sの専属洗車担当となる。以来、時間を見つけては社長のガレージで170Sを磨く日々を送った。憧れのクルマに触れることのできる幸せを感じていたある日、飯田さんの姉から思いがけない提案があった。
「うちは11人兄弟姉妹の大家族でしたが、ある日上の姉が『そんなにそのクルマに惚れているのなら、私がお金を出すから手に入れたらどうか』と言ってくれました」
お姉さんの出した条件は、あくまでも購入資金を貸すだけであり、出世払いでいいから貸した金額は返却すべしというものであった。飯田さんはその条件を了解し、社長の170Sを譲り受けることとなる。その具体的な金額を聞くのは野暮天というものだが、おそらく非常に高価だったろうことは想像に難くない。お姉さんの太っ腹と、その心意気を受け止め出世払いを了とした飯田さん。1台のクルマに対する人々の想いが、今よりうんと濃かった時代を感じさせるエピソードである。
月収の2倍という税金を乗り越え66年間所有し、いまも日常の足として走り続ける
「そんな経緯で手に入れて以来、ずっと乗り続けています」
展示された170Sの脇には、額装された当時のモノクロ写真もディスプレイされていた。その写真を見るとナンバープレートは「神5」なのだが、現在のナンバープレートは「横浜77」を掲げている。そのことを尋ねると、飯田さんは当時の苦労を明かしてくれた。
「実は一度ナンバーを切った時期があります。170Sの税金は当時の私の月収の2倍くらいの額で、維持するのが大変だったので……」
それでも飯田さんは決して170Sを手放そうとは思わなかった。やがて仕事も軌道に乗り、再びナンバーを取得して路上復帰を果たしている。
「イベントへの参加はもちろんですが、日常遣いにもちょくちょく乗っています。クルマはやはりエンジンをかけて走らないと」
そう語る通り、今なお170Sと共に歩む人生を謳歌している。飯田さんはクルマ以外にも軽飛行機やヘリコプターの免許も持っているそうだが、このクルマへ注がれる一途な情熱には、心から脱帽するばかりである。
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みんなのコメント
当時はヤナセが割と古い車でも面倒を見てくれたのも印象的。