<水素エンジン車のレースは脱炭素化の流れに沿う>
2021年11月13日~14日にかけて岡山国際サーキットで行われたスーパー耐久レース2021の第6戦で、水素エンジンを搭載したORCルーキーレーシングの『カローラH2コンセプト』は先行開発車を対象にしたST-Qクラスに参戦し、85周を走って完走した。
■スーパー耐久から広がる“脱炭素”の輪。トヨタ、カワサキ、マツダ、ヤマハ、スバルの国内5社が「選択肢広げる」取り組みに挑戦
レース中のベストタイムは1分45秒631で、1.6L3気筒ターボをベースにした『カローラH2コンセプト』は、『GR86』などが参加するST-4クラスの上位陣と肩を並べるまでになった。
水素の充填速度も早くなり、初めて参戦した富士スピードウェイの24時間レースで4分半だったのが、次戦以降は2分半、2分20秒と短縮し、岡山では1分50秒まで縮まった。
そしてトヨタ自動車は岡山国際サーキットでの予選日に、カーボンニュートラルの実現を目指し、来年も継続して水素エンジン車で参加することを発表した。
地球温暖化の大きな要因となっているCO2は、日本では運輸部門からの排出量が全体の20%弱を占め、そのうち自動車由来のものは85%以上になる。
平均気温の上昇を産業革命以前と比べて1.5度に抑えることを目標とするパリ協定が世界共通の目標になっている中、自動車部門のCO2削減は急務だ。2020年10月には当時の菅義偉首相が、2050年にカーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すと宣言した。
レースの世界も、この動きに無関係ではいられない。世界的に見れば、『フォーミュラE』がFIA世界選手権になっているほか、DTM(ドイツ・ツーリングカー選手権)は2023年から完全電動化マシンによるレース『DTM Electric』の開催を目指している。
この点で水素エンジン車でのレース参戦は、脱炭素化に向かう社会的要請にも添ったモデルケースになる可能性もゼロではない。
<増えない燃料電池車、増えない水素利用>
では水素はこれからの燃料の主流になりうるのだろうか。現状について考えてみたい。
水素は、新聞やテレビなどでは「夢の燃料」という二つ名で取り上げられることも多い。地球上には水素を含む物質が大量にある上、水を再生可能エネルギーで電気分解して取り出すこともできるからだ。
そのため世界の自動車メーカーは1990年代後半からしばらく、水素と酸素を反応させて発電する燃料電池を使った燃料電池車(FCEV)の開発に多額の投資を行っていた。経済産業省は、2002年にまとめた『燃料電池プロジェクトチーム報告書』の中で、2020年にFCEVを500万台にするという目標を掲げていた。
しかしこれまでのところ、FCEVの導入は遅々として進まない。次世代自動車振興センターのデータでは、日本のFCEV保有台数は2020年時点で5170台にすぎない。
ただし2021年は、東京五輪のためにトヨタが大量のFCEVを供給したためか、2月から8月にかけて3ケタの販売を記録した。日本自動車販売協会連合会によれば、2月には350台が売れたことになっている。しかし五輪終了後は激減し、10月は51台しか売れていない。
それでも経産省は目標を高く掲げている。2017年12月に発表した『水素基本戦略』では、2020年までに4万台、2025年までに20万台、2030年までに80万台の普及を目指すとした。
けれども前述したように、現状では1万台に満たないので、すでに目標は破綻している。2002年にぶち上げた到達点から大きく後退しているにもかかわらず、ゴールに近づいている気配がほとんどない。そしてトヨタの他では唯一、日本でFCEVを手がけていたホンダも2021年8月に『クラリティ』の生産を中止した。
水素を燃料にするという意味では、水素エンジン車もカテゴリーに入るが、現在は市販している車はない。かつてはBMWが『7シリーズ』の水素自動車を販売したことがあったが、数年で撤退した。日本ではマツダが開発をアピールしていたものの、市販には至らなかった。トヨタも水素エンジンの車を市販する予定は、今のところない。
つまり水素を燃料にする車が、現実社会にはほとんどない。
車が増えないので仕方ないと言えるが、FCEVの普及に必須の水素充填設備(水素ステーション)も、やはり増えなかった。2021年11月時点での設置数は全国で156ヵ所だ。『水素基本戦略』では2020年度までに150ヵ所を目指していたが、目標に届かなかった。2030年までには1000カ所にすると言うが、これまでの経緯を考えると容易ではない。
経産省は水素ステーションの数を増やすために2019年から毎年100億円以上の補助金を用意しているが、2020年度は53%しか使うことができなかったのである。つまり、設備を設置したい業者がいなかった。
このため予算の使い方を検証する行政レビューでは、「特会事業(注:特別会計による事業)のため予算額の設定・執行が甘くなっていないか、再検証するべき」という意見から、「FCEV普及のためには水素ステーションが必要なのだから支援はトヨタが行うべきではないか。トヨタが数兆円の利益を上げる中、水素ステーションに投資するキャッシュはあるはず。このような事業に対して国として支援すべきか、再度検討すべき」という厳しい指摘まで、多数の批判的な意見が出た。
<車も水素ステーションもコスト低減が課題>
なぜFCEVはなかなか普及しないのか。理由は複数ある。
まず第一に、車も、水素ステーションも、価格が下がらなかった。2020年に発売された国内で唯一の現行車、トヨタ『MIRAI(ミライ)』はベースグレードで710万円だ。同じ程度のサイズのハイブリッド車『プリウス』はベースグレードが約260万円なので、FCEVは約3倍の価格になる。
また2014年に発売された『MIRAI』の初代モデルは約724万円だったので、性能が上がっているとは言え価格が下がったとは言い難い。普及の初期段階ではまず、価格を下げることが求められるはずだし、政府目標でもハイブリッド車との価格差を少なくするはずだった。
トヨタの開発者はメディアの取材に対し、初代に比べると燃料電池部分のコストを半分以下にできたと回答している。それにもかかわらず販売価格が下がっていないのだとしたら、初代がかなり無理な価格設定だった可能性が高い。
加えて、燃料電池に多く使っている白金などの原材料コストや、炭素繊維強化プラスチック(CFRP)を使用しているタンクのコスト低減が難しかった可能性もある。なにより、月に数十台~数百台という販売台数では量産効果も望めない。
水素ステーションも、高いコストが増設への壁になっている。経産省の2021年3月の資料によれば、水素ステーションの建設費は2019年の実績で1カ所あたり4億5000万円にのぼる。
同省の目標はこれを2025年までに2億円、つまり半減することだ。しかしこの目標は難しいと見る業界関係者は少なくない。経産省も、コストが半分になる技術的な根拠を示しているわけではない。
ちなみに岡山国際サーキットでは、トヨタの水素エンジン車に水素を供給するために、多数の水素ボンベを積んだローリー、高圧ガスボンベを複数組み合わせたカードルなどと共に、2台の水素充填機を持ち込んでいた。水素充填機のサイズもローリー並だった。
トヨタの豊田章夫社長は、水素エンジン車への充填時間が大幅に短縮できたことを強調する。けれども種を明かせば、当初は1台の充填機で充填していたのを、車の両側に充填口を設置して2台の充填機で入れるようにしただけのことだ。設備の充填能力が極端に上がったわけではない。充填設備の数を増やしたため、コースサイドに20m四方ほどのスペースを要していた。
水素は気体なので、体積当たりのエネルギー量がとても少ない。だから車に水素を搭載する時には圧力を上げるしかない。トヨタ『MIRAI』では700気圧にしている。700気圧に昇圧するための設備は、これほど大きくなる。大型の発電機も必要だ。設備を小型化するのは短期間では不可能だ。
つまり水素エンジン車が1台参加するだけで、大型のトレーラー3台を常備する必要があることになる。現状は、複数台の車が参加するのは困難だろう。脱炭素化という目標はわかるが、レースに水素を使用するのは現実的ではないのかもしれない。
同様に、圧縮のための設備は小型化が難しく、コストだけでなく場所の面でも設備を増やすためのハードルが高いことを感じた。
そして市販車のバリエーションが増えなければ、市場は広がらない。しばらくは、トヨタ以外のメーカーがFCEVを市販する予定はない。市場に1車種しかないことは、市場拡大にとって極めて大きなマイナス点になるのではないだろうか。
<エネルギー効率等々、解消されない疑問は残る>
視点を変えると、水素を利用する場合にはエネルギー効率にも疑問が残る。
トヨタ『MIRAI』は、航続距離を伸ばすために水素を約700気圧で充填している。高圧にすると断熱圧縮で高温になってしまうため、充填前には水素をマイナス40度に冷やしている。
つまり、圧縮や冷却のために大きなエネルギーが必要になる。ここ10年ほど正確な数字が公表されていないが、2009年に行われた実証実験では、水素を1kg充填するために9.59kWhの電力を消費していたケースがあった。『MIRAI』は約5.6kgの水素を入れられるので、仮に満充填すると50kWhの電力を使うことになる。
ところで最近のEVが搭載しているバッテリー容量は50kWh程度のものも多い。この電力量で300km程度は走ることができる。
充填時の電力量だけで東京から名古屋くらいまで走れてしまうのである。こうなると、なんのために水素を充填するのかわからなくなってくる。
水素については、再生可能エネルギーから生産すれば脱炭素化になるという見方はできる。しかし同時に、それならば電気として使った方がさらに効率がいいのではないのかとも思えてしまう。
ただし、これは車に限った話だ。水素を利用できる範囲は、発電、鉄鋼、次世代燃料など他にもある。関係各社が水素に投資しているのは、幅広い事業に応用できる可能性があるからだ。
<道に迷ってフラフラと>
さて、岡山国際サーキットでは、トヨタのほか、ヤマハやスズキ、カワサキなどの二輪車メーカーが水素エンジン開発を進めるという発表もあった。ただし、市販目標がいつ頃になるかという見通しは、どこの社も持っていなかった。
二輪車に水素を利用するのは、四輪車以上に難しい。水素を搭載するタンクの置き場所がないからだ。挑戦するのはいいことだが、現実的ではないことに力を注いでいる余裕はあるのだろうか。
豊田章夫社長は、記者会見のしめくくりに次のように述べた。
「いろいろな選択肢を持っていることは本来は讃えられるべき。選択肢を持っていることを叩くような風潮を改めて(ほしい)とは言わない。いろいろな意見があっていいと思うが、ぜひともそういう仲間たちがいることを、応援いただきたい」
確かに多様な技術開発が可能であれば、それに越したことはない。
しかし20年ほど前に、FCEVか、EVかという2つの道が示された時、両方を開発していくことができたのは、日本ではトヨタ、日産、ホンダだけだった。一度に両方を進めるのは難しいという話は、当時の開発関係者はみな口にしていた。
その後、日産は早い時期にFCEVから手を引いた。ホンダも今はEVに力を集中している。
当時より今の方が、自動車メーカーに複数の道を手がける余力はないのではないだろうか。トヨタには可能でも、他社が同じように開発に予算や人を投じるのは難しいだろう。岡山では二輪メーカーも水素エンジンを手がけるという話が発表されたが、水素タンクを搭載する場所がないために四輪よりも難しいことが明らかな二輪で水素を手がけていて大丈夫なんだろうか、と不安に思ってしまったのである。
さらに言えば、開発から普及までのリードタイムを考えると、今すぐ動かないと間に合わないのではないかという懸念も払拭できない。パリ協定には、タイムリミットがあるからだ。
というような諸々の疑問が、岡山国際サーキットで浮かんでは消え、消えては浮かんだ。
何が正解か、判断するのは難しい。でもここで道に迷うと、元に戻るためにより大きなエネルギーが必要になるのは間違いない。迷っている間に、先を越される心配もある。そうならないよう、今は祈るしかない。
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