軍事施設から巨大団地への変遷と地下鉄延伸計画
東京都北区の桐ヶ丘はもともと、陸軍の東京兵器補給廠の一部である赤羽火薬庫が置かれていた場所である。周辺にも陸軍関係の施設が多く存在していた。
【画像】「えぇぇぇぇ!」 これが現在の「桐ヶ丘団地」です!(計22枚)
敗戦後は米軍に接収され、引き続き軍事用途として使われた。朝鮮戦争やベトナム戦争の補給拠点としても機能した。周辺の軍施設を結ぶため、東北本線赤羽駅の北側から引き込み線が敷かれ、多くの軍需物資が運ばれていた。
その後、日本の国際社会への復帰や経済成長、ベトナム戦争以降の反戦の動きなどを背景に、米軍施設は段階的に縮小された。これを受けて、北区や東京都の主導で跡地の利用が進められた。
桐ヶ丘地区では1954(昭和29)年から跡地を使った団地の建設が始まり、多くの住民が移り住むようになった。さらに1958年には、隣接する西が丘地区の駐留地も返還された。
桐ヶ丘団地の開発が進められていた1962年6月、都市交通審議会の答申第6号で、目黒駅から赤羽近くの岩渕町までを結ぶ東京7号線(現在の東京メトロ南北線)の計画が動き出した。
これを受けて、帝都高速度交通営団(東京メトロの前身、以下営団とする)は同年10月16日、上大崎(目黒)から赤羽町(桐ヶ丘)までの22.5km区間について、地方鉄道の敷設免許を申請した。
都市計画上の起点は岩渕町に置かれていたが、車両基地は西が丘地区の返還地を使う想定であった。また途中の桐ヶ丘には駅を設ける計画が含まれていた。このため免許申請の区間は桐ヶ丘までとされた。
さらに、赤羽駅から西が丘の軍事施設へ伸びていた引き込み線については、そのまま7号線の車両搬入路として使う計画もあった。これらの構想により、桐ヶ丘は地下鉄の終点となる前提のもとで整備が進められ、東京でも有力な住宅地としての発展が見込まれていた。
住民の反対運動による計画断念と開業の20年遅延
しかし西が丘地区は地下水が出やすい地盤で、台風時などにはがけ崩れが起きることもあった地域である。また、車両基地の予定地は災害時の広い避難場所でもあり、この場所がなくなれば災害時の居場所が不足するという問題も出ていた。
1973(昭和48)年には、住民への事前の知らせがないまま営団が測量を始めるという対応のまずさもあり、車両基地予定地の周辺では反対の動きが強まった。営団は予定地の見直しや、構造を全面地下2層に変えるなどの対応を行い、歩み寄りも見せたが、反対の声は収まらなかった。
一方で桐ヶ丘の駅予定地の近くでは、早く工事を進めてほしいという声もあり、北区は住民の意見が割れるなかで対応に苦しむことになった。
その後、反対する住民による訴えにまで発展し、1976年には地下鉄7号線の建設予算が認められなくなった。
翌1977年、営団は立ち入り測量の許可申請を取り下げ、西が丘地区での地下鉄7号線車両基地建設計画と桐ヶ丘駅の計画は中止となった。地下鉄7号線の建設予算は1976年から1985年までの10年間にわたり止まることになる。
その後、南北線の赤羽岩淵から駒込までの開業は1990(平成2)年、目黒までの全線開通は2000年に実現した。ただし都市交通審議会答申第6号からは38年が経過していた。
西が丘での建設をやめた車両基地は、230両収容の計画を大きく縮小し、40両収容として王子神谷駅周辺の王子検車区に置かれることになった。
なお2026年現在、当初の車両基地予定地の周辺には国立西が丘サッカー場があり、営団がその後に候補としていた場所は赤羽自然観察公園となっている。
赤羽自然観察公園のなかには、車両基地計画の見直しの一因となった湧水が今も湧いており、この土地の状態を知ることができる。
また、引き込み線の一部は北区の緑道公園となっている。線路跡には枕木やレールを思わせるタイルが敷かれ、かつて鉄道が通っていたことを今に伝えている。
加速する高齢化と「陸の孤島」としての現実
地下鉄の建設は断念された桐ヶ丘だが、団地の整備は1976(昭和51)年まで続き、1953年からの約20年以上でおよそ5000戸の住宅が整えられた。
しかし早い時期から開発が進んだこともあり、住民の高齢化は深刻な問題となっている。2020年の国勢調査では、桐ヶ丘1丁目の人口のうち約58.9%が65歳以上であることがわかった。これは北区平均の25%の2倍以上であり、高齢者の比率が非常に高い状態にある。
実際に赤羽駅からのバスや団地内では高齢者の姿が目立ち、10代から20代の若者や子育て世代は少ない。街の様子は年齢層の偏りをはっきり示している。
同じ北区でも、1990年代以降に地下鉄南北線の沿線となり人の流入が進んだ赤羽や志茂とは、状況は大きく異なっている。
老朽化が進む商店街と朽ちゆくインフラの現状
桐ヶ丘に団地が建てられてから半世紀以上が過ぎ、街全体で古さが目立つようになっている。
とりわけ初期に開発された桐ヶ丘中央商店街の周辺では、建物の傷みが進んでいる。倒壊の危険があるほどではないが、外壁にはさびが広がり、長い年月の経過がはっきり見て取れる。
団地の下の階に商店が入っている建物もあるが、営業している店は少なく、シャッターが下りたままの区画が目立つ。アーケードを覆う布は傷み、飾られた万国旗も色あせている。1960年代ににぎわっていた店が、長い時間を経て役目を終えつつある様子がうかがえる。
また、老朽化した建物のなかには閉鎖されたものも多く、建て替えを示す看板も見られる。東京都や北区は1990年代から団地の更新を進めており、これらの建物もその一部に含まれるとみられる。
別の区画では建物が取り壊され、草の生えた空き地になっている場所もある。こうした空き地は桐ヶ丘のなかでところどころに見られる。
建物だけでなく、道路や橋などの基盤にも傷みが出ている。たとえば桐ヶ丘赤羽台歩道橋は、すでに階段部分が使えなくなっている。さびも進んでおり、このまま放置すれば車や自転車、歩行者にとって危険な状態になるおそれもある。
残された名店と地下鉄未開通による多大な損失
桐ヶ丘団地の象徴ともいえるのが桐ヶ丘中央商店街である。団地の高齢化を扱う記事でもよく取り上げられてきた場所で、実際に訪れると、報道の通りシャッターが下りたままの店が目立っていた。建物の古さも進み、一部では天井や壁がはがれている箇所もある。建て替えが近いことを思わせる状態である。
玩具店の前には、もう使われていない遊具が置かれており、全体として寂しさのある雰囲気になっていた。
一方で、営業を続ける店もある。前述の玩具店「ふくしま」は、今では珍しいプラモデルなどを扱っており、親子連れでにぎわっていた。
また、商店街から西に少し外れた場所にある「三益酒店」は、全国各地の蔵元と取引のある店として知られている。北区でも有名な酒屋であり、取材時は昼間にもかかわらず、飲み比べを楽しむ客でにぎわっていた。
この商店街から少し西側に外れた場所には、地下鉄7号線の桐ヶ丘駅が置かれる予定だった。もし地下鉄が通っていれば、終着駅となる桐ヶ丘の商店街や街は、今よりもにぎわっていた可能性が高い。
その場合、今のような古い団地中心の街ではなく、赤羽で見られるような高い建物や商業施設が並ぶ景色になっていたかもしれない。地下鉄が来なかったことで失われた可能性の大きさを考えると、当時の反対の経緯は別としても、惜しい結果だったといわざるを得ない。
また地下鉄南北線は大きな車両基地を持てなかったため、車両の留め置きには市ヶ谷駅などの留置線のほか、東急や埼玉高速鉄道の車両基地も使う必要がある。点検作業についても千代田線や有楽町線の車両基地に頼っている。
このように、路線の運行には今もなお他路線の設備に支えられている面があり、その影響は現在まで続いているといえる。
大手スーパー進出を核とした再開発への期待
前述の通り、桐ヶ丘では東京都や北区によって建物や道路などの更新が進められている。そのなかでも目立つのが、北区桐ヶ丘一丁目まちづくりプロジェクトである。
現在は空き地となっている6031.31平方メートルの土地で、「【通う】【集う】【つながる】場所となる、桐ケ丘プレイスの創出」という考えのもと再開発が進められている。この場所には、イオンリテールが運営する商業施設をはじめ、交流施設や介護施設、診療所などの医療関係施設が整備される予定である。
特に商業施設については、これまで桐ヶ丘周辺に大手スーパーがなかったことから、日常の買い物に不便を感じる人が出やすい地域にとって利便性の向上につながるとみられる。
再開発工事は2026年中の着工を予定しており、2027年の完成を目指す計画である。
バス路線のブランディングと新線構想の展望
ただし北区では桐ヶ丘だけでなく、王子や十条など各地で再開発の計画が進んでいる。とくに赤羽駅周辺では、大手スーパーの跡地などを活用しながら高層住宅の建設が相次いでいる。
鉄道の利便性が確保された赤羽に対し、鉄道が通っていない桐ヶ丘では、再開発が進んでも街のにぎわいが戻るかどうかは見通しが立ちにくい状況である。ただし池袋駅へ直通できるバス路線があるなど、交通手段は比較的多く整っている。
桐ヶ丘への人の流入と活気の回復には、バス路線の利便性を広く伝えていくことが欠かせない。国際興業などバス事業者の取り組みも重要になるといえる。
また桐ヶ丘の北側には環状8号線が通っている。その地下に田園調布から赤羽までを結ぶ地下鉄「エイトライナー」を通す構想もある。事業費が大きく、すぐに実現する見通しは立っていないが、仮に動き出せば、形を変えた桐ヶ丘駅の実現につながる可能性もある。
東京のなかでも人口が減りやすい地域とされてきた桐ヶ丘が、再開発で活気を取り戻せるかどうかが問われている。バス路線の活用やエイトライナー構想など、新たな交通の動きとあわせて注目される。(宮田直太郎(フリーライター))
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これを自業自得といいます。