サイトトップへ

サイト
トップへ


現在位置: carview! > ニュース > スポーツ > 息子・砂子塾長が語るレジェンドレーサー砂子義一氏「日本一ぶっ飛んだレーサーだった」

ここから本文です

 日本のモータースポーツ黎明期を支えた砂子義一氏が2020年1月3日に亡くなった。

 砂子氏は、ヤマハのワークスライダーとして二輪レースの世界選手権WGPを戦った後、1963年にはプリンス自動車と契約を結び四輪レースへ転向した。

日本のモータースポーツ黎明期支えた砂子義一氏が87歳で死去

 1966年に富士スピードウェイで行われた第3回日本GPで戦後日本初のプロトタイプレーシングカー『プリンスR380 A-I』をドライブし、2位以下に3周差をつけて優勝を飾るなど、プリンス自動車、日産自動車のワークスドライバーとして活躍。

 1971年に現役を退いたあとは実業家として活動していた。

おすすめのニュース

サイトトップへ