2016年4月20日午後5時、ミツビシはプレスリリースを発信するとともに、相川哲郎社長、中尾龍吾副社長らが出席し緊急記者会見を開き、軽自動車のeKスペース、eKワゴン、ニッサン・ブランドのデイズ、デイズ・ルークスの型式認証時における燃費試験用のデータにで不正なデータを使用したとして謝罪した。
2013年6月から発売されたeKスペースなど4車種の現在までの販売台数は、ミツビシ側が15万7000台、ニッサンが46万8000台だ。そもそもこの4車種は、ミツビシとニッサンの業務提携により、合弁会社NMKVが商品企画を行ない、ミツビシが開発、生産を担当している。
■事件の発覚では今回の事件はどのようにして発生したのか? 実はMNKVの次期型軽自動車はミツビシではなくニッサンが開発を行なうことが2015年8月に決定した。時期的に見てニッサンでの開発がスタートするに当り、2015年11月に燃費性能の目標値などを決めるために現状のデイズの燃費を計測したところ、カタログ記載のJC08モード燃費と差があることが判明し、ミツビシ側に合同調査を求めたのがきっかけになっている。
つまり驚くべきことに、事件はニッサンの指摘により発生したのだ。そして燃費性能を巡る合同調査でテストを繰り返したところ、最終的に燃費試験のベースデータとなる走行抵抗値が7%違っているのではないかという結論に達した。これは後述するように、驚くべき、超初歩的な問題だという結論となったのだ。これが2016年3月である。
国交省による型式認証時にはJC08モード燃費の計測テストが行なわれる。JC08モードと呼ばれる運転モードに合わせ、シャシーダイナモ(台上テスト)上でドライバーがクルマを運転し、排出される排ガスを測定し、燃費を算出する。これがカタログに記載されるJC08モード燃費だ。このときのテストモードで使用される走行抵抗値は、自動車メーカーが側が繰り返しテストしたデータに基づくもので、シャシーダイナモに負荷として入力され、燃費が計算されている。しかし、実際にはこの走行抵抗値は、排ガス・燃費試験のために算出するためだけのものではなく、次期モデル開発のためのデータという意味合いが強い。
自動車メーカーでは、新型車を開発する際、旧型モデルで走行抵抗を計測し、社内での燃費ステトを行なう。そして次期型車の目標燃費性能を決め、その目標燃費をエンジン、トランスミッション、駆動系、ボディ/空力に割り振り、それぞれの開発部門で与えられた目標をクリアするのが一般的な手法だ。
■走行抵抗とは 燃費性能の基礎データになる走行抵抗値は、開発の出発点の大事なデータといえる。走行抵抗値は、走行抵抗を換算するための標準状態は次のようなものだ。
1)気温 20 ℃2)大気圧 100 kPa3)大気密度 1.189 kg/m34)風速 0 m/s(無風)テスト車両の状態として、タイヤは試験目的に応じた慣らし走行を事前に行なう。ただし、タイヤの溝の深さは新品の 50%以上。また、タイヤ空気圧、ホイールアライメント、車高、駆動系、ホイールベアリングの潤滑、ブレーキ引きずりなどの調整を適正に行ない、試験の間は車両のエンジンフード、ウインドウは閉められ空調システムはオフにする。
タイヤ空気圧の調整は試験路とタイヤ空気圧調整場所との気温差が 5 ℃以内の場合には指定空気圧、それ以上の差がある場合は補正値を用いる・・・など、国交省の規定に従って行なう。またテストはかつては平坦なテストコースで、一定速度から、ギヤをニュートラルにして惰性走行し停止するまでの距離から計算されたが、現在は屋内の台上で行なっている。またこのテストは繰り返し行なわれ、平均値を使用する。
いずれにしても、走行抵抗値はタイヤの転がり抵抗、空気抵抗、駆動系の抵抗の総和で、クルマを開発する上で、各ユニットを開発するためにも極めて基礎的で、重要なデータなのだ。今回のミツビシの場合、その走行抵抗が7%ほど中心値から低いデータが使用されていることが判明したという。結果的に燃費性能も5~10%向上することになる。これは普通の自動車メーカーのエンジニアであれば卒倒するレベルだ。なぜなら、各ユニット開発は1%以下、0.2~0.3%といったオーダーでの燃費改善を目指し日夜苦闘しているのだから。
さらにミツビシは走行抵抗を計測するのに、国交省が定めた方式ではなくアメリカが規定した方式でテストを行なっていたのだ。この理由は理解が不能である。輸出が想定されるモデルであれば現地方式でのモード走行試験を行なうことは考えられるが、輸出しない軽自動車でアメリカ方式を行なう意味はまったくない。
もちろん開発中に、与えられた目標に到達できないという事態も起こりえる。こうした場合は節目の開発会議で、ユニット開発各部門の目標達値の割り振りの変更や、目標値の変更も起こりえる。
したがってミツビシの場合でも開発の最初から意図的に低い走行抵抗値を使用したとは考えにくい。なぜなら、それではまともな開発が不可能になるからだ。
■性能実験部の不正か?今回の事件は3月に発覚以来、車内で調査が行なわれ、結果的には性能実験部が不正を主導したとされている。性能実験部は開発本部の中で開発目標に対して、いわゆるキャリブレーションを行なう部署で、最終的な燃費・排ガス試験も管理している部署だ。ここで開発段階でテストを繰り返し、目標を達成するためにチューニングすると同時に、設計部にも設計再検討の依頼を行なう場合もある。
ただ、実際には目標性能に達しない場合は、性能実験部が責任を負うわけではなく、開発責任者や担当重役が方針を決定するはずであり、性能実験部が独断で先行することは考えにくいのだ。
先にも触れたように、燃費に限らず、開発でのあらゆる目標性能が各部署で簡単にクリアできることは珍しく、コスト低減の制約を受けながらも実験部署と設計部署がやりとりを続けながら目標数値を積み上げる作業こそが、通常の開発の姿だといえる。
■調査、時系列を逆転させる難しさ今回の事件は時系列的に見ると、2013年発売に向けての14年型の開発、2014年の年次改良モデル(15年型:e-Assist搭載、NA車に減速時13km/hからのアイドルストップ)の投入、2015年の16年型(NA、ターボ・エンジン改良など)の投入という3回の節目があり、燃費を向上させてきている。
それぞれの年次改良モデルで燃費を向上させ、そのために各部品にわたって改良が加えられているため、当然ながら公式の燃費試験も受けている。では、そうした場合に走行抵抗の計測はその都度行なわれなかったのか? 初期の開発時のデータをそのまま流用していたのか? これも本来であれば、部品構成が変更されているので、改めて走行抵抗のデータを取る必要があったはずだ。しかし、それは行なわれなかった。これは単純に工数を低減するために従来のデータを流用したと想像する。
もうひとつの問題は開発にかかわる人員の移動である。開発メンバーも定期的に異動するため、過去のデータを継承することは難しいことが多く、記録は単にデータのみが記載されることが多い。そのため途中から開発部署に加わった人員は、単純にデータを受け継ぐことが多く、不正データの経緯を知る人はいなくなっていることも想定できる。
■推定原因は不正データ、それも最上流のデータを操作することは開発当初では考えにくい。普通に考えれば、「目標性能が未達成であるが、上司に報告できなかった」あるいは「目標性能必達を言い渡されたにもかかわらず、実現する手段、予算がなく、基礎データを操作して目標達成を報告した」といったことが考えられる。そしてそのデータは、以後は疑うことなく使用され続けたのだ。
こうしたことを企業風土だと片付けることは簡単だが、それは実情を語る上では正確とは言えない。エンジニアとしてありえない行動に至った理由があるはずだ。それがNMKVという合弁事業に起因するのか、開発期間の短縮に起因するのか、開発プロセスの荒廃によるものなのかは、今後の調査を待つ必要がある。ミツビシは第三者委員会を設置し、原因の究明と自浄作用が働かなかった理由を究明するという。
■今後はどうなるミツビシはeKワゴン、eKスペース、ニッサンはデイズ、デイズ・ルークスの販売を停止した。そして水島工場の軽自動車生産の停止を発表している。今回は、燃費試験でのデータの不正であるため、保安基準に関連したリコールとはならない模様だが、対応は国交省と協議することになっている。しかし、エコカー減税分の返納、購入ユーザーへの補償、販売店対策、在庫対策・・・と難問は山積み状態で、ミツビシは経営的に厳しい状態が続くだろう。
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