2025年シーズン限りで一旦、F1の表舞台から退くこととなった角田裕毅。その最後のシーズンを共に戦ったのが、レッドブルのレースエンジニアを務めるリチャード・ウッドだった。
ウッドはセルジオ・ペレスのレースエンジニアを務めていたヒュー・バードの下、パフォーマンスエンジニアとして活躍。2024年のシーズン途中に、バードが家庭の事情でレースに帯同できなかったとき、代役として数戦ペレスを担当し、そのときの仕事ぶりが評価されて、2025年からレースエンジニアに昇格した。
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開幕2戦はリアム・ローソンを担当し、3戦目の日本GPから角田と仕事を開始するようになった。しかし、ウッドが角田と初めて一緒に仕事をしたのは、2025年の日本GPが最初ではない。
「じつは2019年や2020年に、ユウキがまだFIA F3やFIA F2のドライバーだったとき、レッドブルのファクトリーにやってきて、一緒にシミュレーター作業をやったことがあった。それから5、6年後にF1の舞台で再び一緒にレースをするとは、あのときは考えてもいなかったよ」
さらに2024年の最終戦アブダビGP後に行われたタイヤテストで、レーシングブルズに在籍していた角田がマックス・フェルスタッペンのマシンを走らせたとき、担当したのもウッドだった。
ウッドにとって、2025年シーズンは初めて正レースエンジニアとして、フルシーズンを戦った特別な1年だった。そのシーズンで24戦中、22レースを共に戦ったのが角田だ。
「ユウキはレッドブルでレースをするのは1年目だったが、F1ドライバーとしては5年目で、私のレースエンジニアとしての経験よりも豊富だった。彼が私を通してレッドブルでの仕事の進め方を学んでいたと同時に、私も彼からF1ドライバーと一緒に仕事をしていく方法を学んだ」
時に角田はウッドに無線で厳しい言葉を発していたが、ウッドはそれをエンジニアにとって貴重な意見だったと語る。
「ユウキのいいところは、いいところはいい、悪いところは悪いと言えるピュアなところ。時にそれはとてもハードな言葉になることもあったけど、それは彼がどんな状況でも決して手を抜かず、全力だったと私は理解している。私はそんな彼の姿勢が大好きだった。不運も重なって、ユウキにとっては不本意な結果に終わったレースも少なくなかった。本来であれば、彼はもっといいリザルトを手にしていただけに残念で仕方ない」
そんなウッドにとって、角田と戦ったなかでのベストレースはアゼルバイジャンGPだった。
「あのグランプリは、予選はレッドブル加入後の最高位となる6番手を獲得し、レースも大きな不運がなく、6位入賞を果たすことができた。本来であれば、5位も可能だったが、彼はマックス(・フェルスタッペン)とチャンピオンシップ争いを演じていたランド(・ノリス/マクラーレン)を押さえるために、敢えて6番手にとどまり続けた。それはチームからの指示ではなく、ユウキが自分の判断で行ったことだった。彼は自分の成績よりも、チームの利益を優先したんだ」
そんな角田との仕事も最終戦アブダビGPで一旦、終了することとなったウッド。正レースエンジニア1年目に、最も多くのレースを一緒に戦った角田に、こんなエールを贈った。
「ユウキはとてもナイスガイで、チームのみんなから愛されていた。彼はグリッドにとどまるだけの才能の持ち主であることは私がよく知っている。彼が再びF1でレースをする日が来ることを願っている」
[オートスポーツweb 2026年01月08日]
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