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骨折を隠し、“手造りサインボード”でル・マン初制覇。輝く新興プライベーター、インターユーロポルの熱情

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骨折を隠し、“手造りサインボード”でル・マン初制覇。輝く新興プライベーター、インターユーロポルの熱情

 いよいよ11月4日、バーレーンで2023シーズンの最終戦を迎えるWEC世界耐久選手権。すべての選手権タイトルが決まるだけでなく、このレースをもってLMP2とLMGTEアマクラスは、WECから姿を消すことになる。

 LMP2自体はELMSヨーロピアン・ル・マン・シリーズやIMSAウェザーテック・スポーツカー選手権、そしてル・マン24時間では引き続き見られるものの、毎レース激戦が繰り広げられたクラスが世界選手権から姿を消してしまうことは、寂しい限りだ。

ル・マンLMP2ウイナーのインターユーロポル、クラス消滅の2024年は新たな提携築きIMSAに参戦へ

 そのLMP2の中で、いまとても気になるチームを紹介したい。今年のル・マン24時間レースのクラスウイナーであり、来季はIMSAに戦いの場を移すことが発表されたインターユーロポル・コンペティションだ。選手権で唯一、ポーランド籍となる同チーム、2023年のル・マン優勝で初めて知ったという方もいるだろう。ユナイテッド・オートスポーツやチームWRT、そしてプレマ・レーシングなどの強豪を打ち破って初の栄冠を勝ち取った彼らは、いったいどんな集団なのか?

 チームオーナーは、第1ドライバーを務めるヤクブ・スミエコウスキー。チームのメンバーからは、『クバ』と呼ばれている弱冠31歳の青年だ。まずはこのクバに、レースを始めたきっかけ、そしてチームの成り立ちを聞いてみよう。

■「自分たちでやった方が安い」と父とともにチーム設立

「父が若い頃、プロではないけど楽しむためにラリーに参加していて、もともとモータースポーツには縁があったんだ」とクバ。ここまではよくある話だ。しかし、クバ自身のキャリア開始は、とても遅いものだった。

「それである日、一緒にカート場に行った。ただ、僕自身カートに初めて乗ったのが15歳で、レースを始めたのは極めて遅かったよ。それ以前はテニスをやっていたんだけど、怪我で諦めざるを得なかったんだ。子どもの頃はプロのテニスプレーヤーになりたかったんだよね」

「父は、2000年代に入って再びレースを始めたし、僕も子どもの頃からTVでF1を見ていた。ポーランドのレースも見ていたよ。でも、僕はカートを始めたのが遅かったから、自分がプロのレーシングドライバーになれるとは思っていなかった。F1に行けるなんて不可能だから、それを夢見たことはない。とにかく毎年、自分がより速くなるようにって走っていた。目標は、できる限り進歩したいっていうことだった」

 カートの後はフォーミュラ・ルノー2.0に参戦したが、それ以上のステップアップは厳しい状況だったという。

「ちょうどその頃、父が自分のチームを立ち上げたんだ。僕がどこかよそのチームでシートを得るためにお金を払うよりも、自分たちで走らせた方が安かったからね。最初、チームを立ち上げたときは、ドイツの人と一緒に始めて、人もそれほど多くなかった。ワークショップもその時はドイツにあって、そのドイツの人が実質的にチームを運営していたんだ。その後、2年前にポーランドにワークショップを移した。もちろん、設立した最初は僕のためのチームだった。でもいまは違う。完璧に変わったと思う」

 この言葉のとおり、最初はフォーミュラカーレースに参戦していた同チーム。その後は2016年から耐久レースに挑戦する。ELMSのLMP3から始まり、次第に活動の幅を広げ、台数も増やしてきた。いまでは常駐スタッフが30人。それ以外にも、現場のみのスタッフを数多く抱えており、規模も大きくなってきている。

■ル・マン序盤で骨折「どうかメディカルの人たちが気付きませんように」

 彼らはWECには、2021年から参戦を開始した。ただし、ここでは1台体制で、他のビッグチームとは少し趣が違っている。過去2年は最高位がいずれも4位。一度も表彰台に上がったことがなかった。それが今年は一転、スパで表彰台に上がっただけでなく、初優勝をル・マンで果たすという快挙を成し遂げている。

 しかも、この優勝の舞台裏では、スタートドライバーを務めたファビオ・シェーラーが負傷しながらも、それをひた隠しにして走り続けたというエピソードがあった。実際、どんなことがあったのか。ここはシェーラーに聞いてみた。

「僕にとっては、ハリウッド映画以上にドラマチックなレースだったよ! スタートしてわずか15分あまりというところで、僕は早めにピットに入った。セーフティカーランがすごく長くなりそうだったから、シルバードライバーのヤクブをそこでクルマに乗せる作戦だったんだ」とシェーラーはル・マンを振り返る。

「その時、ピットレーンはものすごく混雑していたんだけど、僕はクルマから飛び降りてピットに向かった。その時、1台のGTカーがピットに滑り込んできて、僕の左足の上を通って行ったんだ。すごく痛くて、立っていられないぐらいだったよ。そして『くそ、僕のレースはいま、終わっちゃった』と思ったんだ。だけど、次に思ったのは『どうかメディカルの人たちが気づきませんように』ってことだった。もし気づかれてしまったら、それ以上レースができなくなるからね。だから僕らは大人しくして、気づかれないようにしていたんだ」

 もちろん、アクシデントの後はそれなりのケアをする必要があった。

「うちのチームには、とてもいいフィジオがいるんだけど、轢かれた後は、僕の足が腫れないようにとアイシングしてたくさんのトリートメントをしてくれた。足が腫れてしまったら、レーシングシューズを履けないから。でも、ハリなんかを使ったトリートメントはすごく痛かったよ。その間は、僕のスティントをできるだけ後にするために、チームメイトが繋いでくれていた」

「だけど、夜になったところで突然エンジニアが来て、『雨が降ってきたから乗ってくれ』って。それで、何とか片足でクルマに乗り込んだんだ。でも、実際走り出してみたらアドレナリンが出て、ドライブ中は痛みを感じなかったんだよね。実際は踵の真ん中の骨が割れていたし、足の甲の真ん中あたりの骨も折れていた。その状態でブレーキを100barで踏まなきゃならなかったから、すごく大変だったよ」

「通常は足首を動かしてブレーキを踏むけど、それができないから足の部分は動かさずに、まっすぐブレーキを踏んでいた。それだとブレーキのフィーリングがいつもとは違うんだ。まぁ、それでも勝つには充分だったんだけど(笑)。僕が乗り込んで時点で、チームメイトが後続に大きな差をつけてくれていたから、僕は雨の中でも落ち着いて安定して走れた」

 その後、チームはミスなく走り続け、トップ争いを展開する。

 日曜日の正午を過ぎたあたりで、シェーラーは足のケガもさることながら、緊張で落ち着かなくなっていた。「このまま行けば勝てる可能性がある」とハッキリしてきたからだ。

■まさかの無線不通。そしてチェッカー後の号泣

 チェッカーまで1時間15分というところで最後のバトンを受け取ったのもシェーラーだった。乗り込む時には、「優勝とか考えるな。ただ、普通にドライブすればいいんだ」と自分に言い聞かせたという。

 だが、この最終スティントでも、チームにはハラハラドキドキの出来事が待っていた。24時間使い続けていたことで、無線のジャックに緩みが出て外れ、シェーラーとの交信ができなかったのだ。

 一度は給油のためにピットインが必要だが、シェーラーはそのタイミングが分かっているのか? 焦るチームは、急遽手作業でシェーラーへのサインボードを作って、必死で提示する。チームメイトは「頼むからピットインしてくれ」とばかりに両手を合わせた。しかし、コクピットのシェーラーは、この時、笑顔を見せていたのだと言う。

「コクピット内にはモニターがあって、燃料の消費量なども分かる。だから、僕は自分があと何周しなければならないかってチェックしていたし、ちゃんとピットに入るタイミングも分かっていたんだよ。だから、あのサインボードを見た時は、ちょっと微笑んでしまった。僕と無線交信ができていないチームの思いが伝わってきたし、心温まるサインだったから。一方、僕がその時一番気になっていたのは、2番手とのタイム差だった。それが分からないから、ストレートに入るたび大型のモニターを見て、タイム差を確認していたんだ」

 チームもその状況は分かっていたため、シェーラーがピットに入るとクバが2番手とのタイム差を書いた紙を手渡す。無線のジャックもここで繋ぎ直し、ピットとシェーラーの交信も復活した。

 そして、いよいよ歓喜のチェッカーフラッグ。シェーラーは感動のあまり、ウイニングランの間中、ほぼ丸々1周号泣していたという。

 ちなみに件のサインボードは、いまでもインターユーロポル・コンペティションのワークショップに保存されている。ドライバーやスタップ全員のサインが書き込まれた状態で。

 なお、最後になってしまったが『インターユーロポル』というのは、クバの実家が経営している会社の名前で、手広くベーカリー事業を行なっている。

 創業したのは祖父。会社設立後はさまざまな事業を行なっていたそうだが、1989年にはヨーロッパ内外の企業に製品を販売するベーカリーを始め、それをクバの父が引き継いだのだと言う。ワルシャワを始め、ポーランド国内には、同社が運営する小売店も20軒ほど。このインターユーロポル創業当時のコーポレートカラーが黄色と黄緑ということで、いまもマシンカラーリングは、その2色なのだそう。来年以降、WECでは見ることができないが、彼らの今後の活躍が非常に楽しみだ。

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