前方に赤信号で停まっている大型トラックが見える。みるみるうちに荷台扉の「精密機器輸送中」という文字が大きくなってきて、「危ない!」と思った瞬間、自動車は追突、破壊音が轟いた。
ロジスティード営業開発本部 国内戦略営業部長・南雲秀明さんが驚くべき事実を話す。
自動車用バッテリーの販売数量は前年比で8%増、タイヤは6%増と堅調に推移
事故の瞬間、ドライバーは前方を見ていた
「事故の映像を検証すると、この時、ドライバーは目を開いて前方を見ていたのです」
こんな状態で運転することを、専門的には“漫然運転”と呼ぶ。いわゆる“ボーッとした状態”に近く、周囲を見てはいるものの、疲労や眠気やストレスにより見ていないも同然で、危険に気づいても反応が遅い。再び南雲さんが驚くべき事実を口にする。
「実は死亡事故の原因のほぼ6割が、漫然運転と、その関連要因(安全不確認、わき見、判断の誤りなど)によって引き起こされています」
ロジスティードの南雲秀明さん。難易度が高い開発を主導し成功させた。
防ぐことは難しかった。運送会社はドライバーに対し、乗務前・乗務後に点呼を行うことが法で義務づけられており、多くの企業が『安全運転』『交通ルールの厳守』を口が酸っぱくなるほどに伝えている。
ドライバーだって事故は起こしたくない。それでも起こるのが漫然運転の特徴なのだ。
南雲さんがメカニズムを説明する。
「人間は体の変調を3つのサインで受け取っています。痛みと熱と疲労です。しかし脳の進化により、疲労感だけは一時的に覆い隠されることがあるのです。例えば、過酷な現場で1分1秒を争い人命救助を行った直後の救急隊員の方にアンケートを取ると、皆さん『疲れてません』と答えるんです。これは『我々の頑張りで命が救える』という責任感、義務感で、疲れをマスキング(覆い隠す)している状態なのです」
責任感や義務感のほか、高揚感、達成感などがあると、本人は疲れに気づかない。だが疲労は確実に本人を蝕み、漫然運転の原因となる。
すなわち、冒頭の事故映像が示すのは「ドライバーの怠慢」ではなく「人間の限界」だったのだ。
「ないなら、つくるしかない」物流の現場から始まった挑戦
南雲氏によれば、SSCV-Safety開発のきっかけは、2015年、ロジスティード(当時は日立物流)のある営業所で漫然運転が原因の事故が立て続けに3件起きたからだという。この時『漫然運転を防ぐシステムを導入できないか』と議論になった。
「この後、我々は脈拍や体温などの生体情報や、瞳の動き、首の角度などをモニタリングし、ドライバーの疲労度をはかるシステムがないか、世界中の情報を調べました。しかし、そのようなシステムはない……というより、疲労と事故リスクの相関性についての研究すら存在しませんでした」
ロジスティードのドライバーが自律神経を測定する様子。
「ないなら仕方ないね」と済ますこともできたが、同社の輸送事業は、多くの中小のトラック事業者の協力によって成り立っている。
会議で「システムがないなら我々がつくろう、これは物流業界全体の問題でもある」と意見が一致、彼らは産官学の連携を模索し始めた。
前例のない挑戦に加わろうとする研究者などいるのだろうか?
この社会は捨てたものではなかった。大阪公立大学、理化学研究所などの権威ある研究者が、前例がないからこそ「精神疲労状態をテクノロジーで検知すればアラームを出せるかもしれない!」「事故が減らせるなら」と、研究に大きな関心を寄せたのだ。
官も動いた。のちの話になるが、SSCV-Safetyは国土交通省に「過労運転防止に資する機器」として認定され、導入時には補助金制度の対象機器に決まることになる。
センシングで拾う、かすかな「体の声」
研究者らは、疲労を測るポイントは「自律神経の測定」にあるとした。
例えば心臓は我々の意志とは関係なく血液を送り続けるし、体温も一定に保たれる。これらは義務感にも使命感にも影響を受けない「自律神経」の働きだ。
ならば、心臓が血液を送り出すパワーやリズムが崩れていれば「自律神経の働きが崩れている=体が疲労している」と言える。
同時に、車内にカメラを設置してドライバーの顔をモニタリングし、AIに学習させれば、瞳の動き、首の角度などによって「危険兆候を示す生体変化」がモデル化できるはずだ。
「そこで、ドライバーが乗車する前に、脈拍、体温など自律神経に関わる数値を図り、同時に眠気に作用する血中酸素濃度などを測って“疲労度”を数値化しました。そのうえで、疲労度が増せば『ヒヤリハットイベント』も増えるか、相関関係を調べることにしたのです」
ただし、学術的に証明するには膨大なデータが必要だ。ここでロジスティードの現場が協力した。
ドライバーを監視するのでなく見守る、そんなシステムに対し現場も期待感を持ったのだ。運行前に詳細な生体データをはかり、運行中は車両の挙動のデータと、ドライバー本人の生体データ、映像データがとられる。
そんな手間がかかる実験だったが、グループに所属するトラックドライバーは快く協力、膨大なデータが集まり始めた。
そして数年後、研究者たちが判断を下した。当然のように聞こえるが、世界で初めて実証された貴重な学術的エビデンスだった。
「研究者が定めた“疲労度”と、『ヒヤリハット』の起きやすさの間には、確実な相関関係が認められました」
「Safety Driving Award 2024」(日経ビジネス主催)の運送事業部門で最高賞であるゴールド賞を受賞。
データを統合、見えるのは「未来の事故」
では、SSCV‐Safetyは具体的にどのような方法で安全を守るのか。南雲さんは4つに分類できると話す。彼が示すデータを元に解説したい。
1つめは体調・疲労状態の可視化だ。ドライバーは出発前に「体調総合判定」を受ける。具体的には、体温、血中酸素濃度、血圧、心拍変動(HRV)など、自律神経の状態を反映する生体情報が測定される。
これにより「今日は集中できそうか?」「疲労は蓄積していないか?」といった“見えないコンディション”が数値化され数値がよくないと「ヒヤリハット予報」が出される。また、基準以上の疲労が検出された場合、ドライバーに休憩を促す、運行計画を調整する、といった判断が下される。
ヒヤリハット予報の画面。判断基準は国交省の指針に基づく。このドライバーの事故リスクを予測するシステムはロジスティードの特許技術だ。
2つめは見守ること。ドライバーは腕にベルト型のデバイスを装着、これにより生体データがモニタリングされる。通信型のドライブレコーダーにも顔認識カメラが設置され、まばたきの頻度や視線のズレ、表情筋の微妙な動きを捉え、これをAIが検知。同時に車両の急ハンドル、急発進等も検知される。
モニタリングによって事故リスクが大きいと判断された場合、ドライバーに深呼吸、窓を開ける、すぐ休憩する、といった対策が音声で通知される。運行管理者がドライバーへ直接コンタクトを取り、休憩をとるよう指示することも可能だ。
3つめは振り返ること。ヒヤリハット事例はAIが検知、自動で動画が切り取られ、その時の生体情報とともにクラウドに送られる。点呼により、その日に起きたことはその日のうちに振り返ることができる。これにより自然と「次回はもっと早く休憩を入れよう」「今日は早めに睡眠をとろう」といった行動変容が生まれる。
4つめは情報の管理。これらのデータは、運行管理者が一元管理可能で、“危険予兆”を持つドライバーが可視化される。これにより、ドライバーごとの傾向分析や、ヒヤリハットの予測マップ作成のほか、点呼簿や日常点検表のデジタル化により管理業務の効率化も可能となる。
これをロジスティードがトラックに導入していくと、彼らすら予測していなかった変化が起きた。
驚くべき「減少率」──技術は現場の声から育った
かつて技術大国と呼ばれた日本は、今や米国・中国の後塵を拝して久しい。我々が使うものも、iPhoneからChatGPTまで海外のものが多い。
だがロジスティードのように、世界初の挑戦を恐れず進めば、凄いことが起こせるのではないか?
SSCV-Safteyの本格導入から一定の期間が経過すると、まず、事故発生率が導入前と比べ約71%も減少。これは偶然ではない。なぜなら、同時期にヒヤリハットの発生件数は90%以上減っていたからだ。
さらに、燃費が平均7%向上するという思わぬ副次的効果があった。なぜ燃費まで向上するのか? 南雲さんが説明する。
「事故を防ぐための丁寧な運転は、無駄の少ない運転に近かったんです。急ハンドル、急ブレーキが減れば、燃費が良くなるのもわかりますよね。SSCV-Safteyは、今、運送会社や交通機関など多くの企業に取り入れられているのですが……実は事故の減少と燃費の向上で、導入コストがほぼ相殺されるんですよ」
「インシデント発生数」とは、簡単に言えば「ヒヤリハットの数」を指す。これに加え事故も劇的に減少した。
この「命を守るDX」に大きな反応を示したのは現場のドライバーたちだった。例えば「風邪気味だと明確に疲労度が高いと計測してくれる」「自分の力ではどうしようもなかった事故が防げる」といった声が続々と上がったのだ。そして、業界全体が動き始めた。今、ロジスティードには運送業界の企業はもちろん、鉄道会社などからも導入に関する問い合わせが入っているという。
最後に南雲さんはこんな話をする。
「開発前は非常に難易度が高いと感じました。それでも前に進んだのは、当社は人が財産だからです。運送業界は労働集約的な事業だといわれます。実際、そういう部分もあるでしょう。であれば、人を大切にすべきですよね?」
世界初の技術は、幹部が現場に無理な要求をせず「ドライバーのせいではない、これは人間の限界だ」と考える英断から生まれた。この思いが研究者を動かし、現場の支持を得て、製品として結実したのだ。
SSCV-Safteyの開発は、物流の未来だけでなく、日本が技術立国として再び立ち上がる際、何を大切にすべきなのか――そんな問いにも答えているはずだ。
取材・文/夏目幸明
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