ツインリンクもてぎで行なわれた2019年のスーパーGT最終戦。スーパーGT GT300クラスでは計算上、4チームにタイトル獲得の可能性が残されていたが、実質的にはポイントリーダーのARTA NSX GT3(高木真一/福住仁嶺)と、それを14.5点差で追うK-tunes RC F GT3(新田守男/阪口晴南)の一騎打ちとなっていた。
今季はマシンをBMW M6 GT3からミッドシップのホンダNSX GT3 EVOにスイッチしたARTA。昨季もポイントリーダーとして最終戦の舞台であるもてぎに乗り込んだが、9位という痛恨の結果に終わり、逆転で王座をライバルに奪われていた。
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大差を持って臨んだ今年は、K-tunes RC Fが予選Q1落ちを喫した一方で、ARTAはQ2を担当した福住が予選5番手に。決勝ではスタートドライバーの高木が序盤から積極的な走りで順位を上げると、福住もペースにやや苦しみながらも無難にまとめあげ、4位入賞。自力でタイトルを獲得した。
最終的には11.5ポイント差という圧倒的なものではあったが、ARTAのシーズンは楽なものではなかった。というのも、高木と福住のドライビングスタイルが正反対で、チームはそれぞれの持ち味を引き出すNSX GT3のセットを見いだせずにいたのだ。
長年GTなどで経験を積んできた高木は、“止めるところは止める、車速を落として立ち上がる”というハコ車のセオリーどおりの乗り方をする。その一方でF1を目指し、これまでフォーミュラひと筋で研鑽を積んできた福住は、コーナー進入から高い速度を維持するというスタイル。ふたりが理想とするセットアップもまったく違ってしまうという状況だ。
とりわけ、チームの一瀬俊浩エンジニアを悩ませたのは、ABSだった。前述のとおり、ハコの職人とも言える高木は、コーナー進入ではABSを積極的に作動させ、メカグリップを用いて回頭させる乗り方を好む。逆に福住は進入ではほとんどABSを使わず、スムーズに旋回する。
昨年までのM6 GT3はフロントにエンジンという重量物を搭載しているため荷重が乗りやすく、ABSを作動させても車両前部の姿勢変化は少ない=ダウンフォースの変化量が少なかったため、ABSを使用しながらコーナーに進入することができた。
ところが、今年のNSX GT3はフロントが軽いため、ABSを効かせてしまうと、車高の変化が大きい傾向があるという。とくに、燃料搭載量の少ない予選ではそれが顕著になり、フロア下で発生するダウンフォース量が変化してしまうのだ。
M6 GT3と比べても、より多くのダウンフォースを発生させるNSX GT3には、それが致命傷になりかねない。速さを求めれば求めるほど、フロントを固めざるを得ず、求められるドライビングは福住のスタイルに近いものになっていった。
それでも、高木は不満をこぼすどころか、ABSを封じる方向へと進むマシンとチームの背中を押した。福住の持つスピードをより活かすことが、成績向上につながると信じたからだ。
「一瀬エンジニアには『できるだけ仁嶺が速く走れるようなセットにしてくれ』と言いました。僕はどっちでも乗れるし、好みじゃなくてもそこまで遅くならないタイムで走れる。何とか仁嶺の勢いと速さを引き出せる良いセットにして、僕が合わせたほうがいい結果がでると思ったんです」(高木)
一瀬エンジニアによると、シーズン中のSUGOテストで、ひとついい材料を発見。そこから、福住の持ち味を引き出す一方で、高木には長年培ってきた経験と技術の幅を活かし、そのクルマに“乗せる”決断を下したのだという。大混乱に見舞われた第6戦オートポリスを経て、それは雨の第7戦SUGOで結実。優勝を果たし、大量のリードを手にもてぎに入った。
「高木さんとしては乗りにくい部分はあったはずですが、セットを決める際はやはり聡明で、乗りやすさとパフォーマンスを分けて考えるんです。その“本質”を見極めてくれる。そこはやっぱり高木さんの“器”ですね」(一瀬エンジニア)
かくして、ARTAはタイトルを獲得した。高木はいまも「ABSを使えるNSX」を諦めていない一方で、さらに自らの引き出しを増やす構えだ。
「今年一年、仁嶺と組ませてもらって、勉強させてもらった部分はある。フォーミュラ的な乗り方のほうがNSXに合ってるし、来年に向けて僕もそれを課題にして練習していこうかなという感じ。でも待って、来年乗れるかどうかも、クルマがこのままかどうか分からないんだった(笑)」
そう語ったベテランの笑顔は眩しく、まるでカートに乗り始めたばかりの少年のように無邪気だった。
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