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「ボーイズレーサー」の愛称で親しまれた、1980年代の青春ホットハッチを振り返る

名前の由来は自動車雑誌の企画だった

 1980年から90年代にかけて、元気のいい走りで人気となったモデルたちの総称として使われたのが「ボーイズレーサー」という表現。“ボーイズ”というように排気量は1.6リッターぐらいが上限で、多くが前輪駆動(FF)ベースのハッチバック車だった。その中から筆者が独断と偏見で選んだ国産ホットモデル5台を紹介したい。

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 じつは、筆者が当時所属していた「ホリデーオート」(昨年8月号を最後に休刊)がボーイズレーサーの名付け親だったと記憶している。なにしろ、当時は「街道レーサー」や「ハイソカー」など、今なら流行語大賞クラスのヒット作を連発していたのだ。

 当時の先輩にこっそり尋ねたら、「海外の自動車雑誌がゴルフGTIやルノー5アルピーヌあたりを“小よく大を制す”という感じで使っていた表現をいただいたような記憶がある」とのこと。そういえば筑波サーキットにこの手のクルマを集めて、「ボーイズレーサー選手権」なんて巻頭特集をやった記憶が蘇ってきた。

 そこでもうひとつ、これも外誌で見たフレーズかもしれないが、ボーイズレーサーの類語である「ホットハッチ」についても一言触れたい。こちらは“ハッチ”と名が付くので、少なくともボディ形状は限定される。いずれにしても国産車で元祖と言われるのは、1974年にデビューした初代シビックのRSという説が有力だ。

 さらに世界に目を向けると、1977年に登場した初代のゴルフGTI(日本国内には導入されず)がホットハッチのルーツという人もいれば、1962年のミニ・クーパーを挙げている記述も見かけられる。

後輪がリフトするシーンで話題に

【シティターボII】

 前述は長くなったが、ここからはあえて順位を付けずに、時系列で5台を紹介したい。最初は多くの異論があることを承知の上で、1983年10月に登場したホンダの「シティターボII」を紹介。1981年デビューのシティは、ボディや排気量が大きくなったシビックの下のゾーンを埋めるために斬新デザインを採用した。

 折りたためるバイク「モトコンポ」を同時にデビューさせたり、元々が“トールボーイ”スタイルだったのをさらに高くしたマンハッタンルーフ、オープンになるカブリオレなど、多彩なバリエーションを展開したことでも知られている。 そして高性能バージョンとして1982年10月にシティターボを設定。排気量は同じ1.2リッターながら、ホンダ独自の燃料噴射装置”PGM-F1″を初めて採用し、100psという最高出力を発揮する。その好評に応えるべく1、年後には後に“ブルドッグ”と名付けられたシティターボIIに進化した。

 インタークーラーを追加することで110psまでパワーアップした走りの実力に加えて、大型化されたボンネットのパワーバルジ、ダイナミックフェンダーと称するオーバーフェンダー風の処理で人気は爆発。サーキットのタイトコーナーをプロが攻めると容易に内側の後輪がリフトするシーンが、当時の自動車各誌の誌面を飾った記憶が残っている。

【ファミリアGT-X】

 2番目は反則の4WD車だが、1985年10月にデビューしたマツダの6代目「ファミリア GT-X(BF型)」にしたい。じつは1世代前の5代目(BD型)も一世を風靡したエポックメイキングな1台だった。それまでのFRからFFに転換し、デビュー当時は3/5ドアのハッチバックのみとしたが、とくに赤いボディカラーが若者たちのハートを獲得。名誉ある第1回の日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞したモデルでもある。

 その大ヒットを受けて開発された6代目BF型には、日本初のフルタイム4WDを採用。これに1.6リッターの名機となるB6型DOHCターボを組み合わせたのが、GT/GT-X(BFMR)だった。

 パワーは当時のクラス最強となる140psを発揮。マツダ・ヨーロッパのラリーチームの主力マシンだった初代RX-7(SA22C)に代わって、世界ラリー選手権に出場するベース車となり、それを記念した「ラリースポルト」という限定車もリリースされた。

 さらに6代目ファミリアでは、4シーターのカブリオレも後に設定。自然吸気のB6型をあえて搭載したアダルト志向の「スポルト16」や、マイナーチェンジ後には競技車ベースに快適装備を追加した「GT-Ae」というモデルも登場している。

トヨタ・三菱にも魅力たっぷりのホットハッチ

 さて、一番悩んだのがトヨタ車からは何にしようか、ということ。1984年10月のカローラFX(AE82)や1986年9月のカローラII3ドアリトラGPターボ(EL31)、さらに1989年12月デビューで未だ富士スピードウェイなどで現役バリバリの4代目スターレット(EP82)など、どれも捨てがたい魅力たっぷりのホットハッチだ。

【スターレット】

 ただ、最後に残ったのが同じスターレットでも1世代前の3代目(EP71型)。「イダテンターボ」のキャッチコピーでも知られるターボモデルがその対象だ。

 EP71型へのフルモデルチェンジは1984年10月だが、別名「スタタボ」の登場は1986年1月とのこと。エンジンは1.2リッター3バルブSOHCの2EE型に空冷インタークーラー付きの水冷ターボをドッキングした2E-TELU型。通常時は105ps、Loモード時は91psと過給圧を手動で切り替えられたのが特徴だった。当時の記事を見ると、シャーシがパワーに対して不足気味で、いわゆるジャジャ馬ぶりを発揮したのである。

 このあたりは先代の2代目(KP61)までのFRレイアウトからの変更で、熟成に要する時間がまだ足りていない印象が強い部分だった。

【ミラージュ】

 その点「ミラージュCYBORG(サイボーグ・C53A型)」は、少なくとも同門の三菱車にはライバルは不在。すんなり当選確実となった。3代目となるミラージュのデビューは、1987年10月。ほぼ同時期にフルモデルチェンジした兄貴分のギャランとそっくりのフロントフェイスを持つが、「ロングウェイビングルーフ」と名付けられたシルエットは当時人気だったシビックを模したものだと推測される。 このミラージュでは廉価版のTに加えて、SWIFT(スイフト)/CYBORG(サイボーグ)/FABIO(ファビオ)/XYVVX(ザイビクス)という、合計5つのバリエーション展開を行なったことが特徴。街乗りならばスイフト、女性ユーザー向けのファビオ、2シーターのザイビクスという差別化を図ったが、走り屋向けに用意されたのがサイボーグだった。 なかでも1.6リッターDOHCにインタークーラーターボをプラスした「16V-T」が最強モデルで、145psを発揮する新開発サイクロンエンジンを搭載。フロントのスタビライザーと前後ショックアブソーバの減衰を同時に可変できる、世界初のデュアルモードサスペンションを採用した。

ラリーやダートトライアルで大活躍

【マーチ・スーパーターボ】

 最後に紹介したいのが、1989年に登場した日産マーチの「スーパーターボ(EK10型)」。1982年10月に登場したK10系初代マーチのなかでも、まさに究極のホットモデルだ。 リッターカーとして登場したマーチの排気量は987cc。1985年から追加されたターボ仕様もそれに準じていたため、モータースポーツでは規定により1.7のターボ係数をかけられて”1678cc”となり、いわゆる2リッターと同じクラスになってしまった。そこで1.6リッタークラスのマシンと同じ土俵で戦うため、1988年8月にボアを2mm縮小、排気量を970ccとして発売されたのが「マーチR」だ。

 驚くことにマーチRには新開発のMA09ERT型エンジンを搭載。ターボだけでなく、スーパーチャージャーを搭載するダブルチャージ仕様。車重740kgに対して140psのパワーは超強力なもので、フロントのビスカスLSDやクロスレシオを5速ミッションを装備し、ラリーやダートトライアルで大活躍した。 ただし、マーチRはあくまで競技専用だったため、市販バージョンでもというリクエストでリリースされたのが、このスーパーターボ。マーチRには設定のなかった3速AT仕様も用意された。

 以上がベスト5だが、当時はいすゞも乗用車を作っていたし、スズキやダイハツからも魅力的なボーイズレーサーが世に送り出されている。

【番外編】

 1985年10月にFRからFFとなり、「街の遊撃手」の広告コピーで記憶に残る2代目のジェミニには、1988年3月に「ZZハンドリング by ロータス(写真はセダン)」というホットバージョンを追加。バランスの取れた名車の1台だった。

 また、1986年6月に登場したスズキの「カルタス1300GT-i」もNAエンジンの名車と言える。さらにダイハツから1987年1月に登場した「シャレードGT-Ti」も小粒だが、きりりと辛いボーイズレーサーの1台だった。

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