小さいクルマだから、広さも走りもほどほどでいい……そんな空気を一変させた1台があった。1999年に登場した初代トヨタ ヴィッツである。限られたサイズの中に実用性、燃費、デザイン、走りを詰め込み、世界のBセグメントに大きな刺激を与え、日本だけでなく欧州でも支持されたその凄みを、改めて振り返ってみよう。
文:中谷明彦/写真:ベストカーWeb編集部ほか
【画像ギャラリー】ヴィッツ、K11マーチ、フィット、シャレード……ベストカーが撮った!! 日本が誇るなつかしのコンパクトカーフォトを一挙蔵出し公開!(29枚)
日本といえばコンパクトカーだが……
コンパクトカーというカテゴリーは、日本の自動車産業が最も得意としてきた分野の一つと言える。欧州ではAセグメント、Bセグメントとして古くから生活に根差したカテゴリーとして発展してきたが、日本においても、初代スターレット、マーチ、デミオ、シャレードそしてフィットなど、多くの名車が誕生してきた。
限られた寸法の中に、どれだけ高い実用性と経済性、そして走行性能を凝縮できるか。その技術競争は日本メーカーが世界に誇るべき分野だったと言えるだろう。
その中で、「すげえ」と思わされたコンパクトカーは何かと問われれば、迷わずトヨタの初代ヴィッツを挙げる。
実は「ヤリス」だったの覚えてる!?
トヨタ ヴィッツは、1999年に登場した。欧州では「ヤリス」の名称で販売され、日本国内ではヴィッツとして導入されたが、後に世界統一名称としてヤリスへ移行したことからも、このクルマがいかにグローバル戦略車であったかが分かる。
それまでトヨタには、スターレットやターセル/コルサといった優れたコンパクトモデルが存在していた。しかし、ヴィッツはそれらとは根本思想が異なっていたのである。それは単なる小型車ではなかった。現代のBセグメントの基準となる、新世代パッケージングカーだった。
全長3610mm、全幅1660mmという極めてコンパクトなボディでありながら、ホイールベースは2370mmを確保。エンジンルーム、キャビン、ラゲージの配分を徹底的に見直し、人間のための空間を最優先に設計していた。当時、このヴィッツがクラウンの横に並ぶと、むしろクラウンの車体が小さく見えるほどだった。
もちろん実寸ではクラウンの方が大きい。しかし、ヴィッツはキャビンの存在感が圧倒的だったのである。それまでのコンパクトカーは、小さい車だから狭いのは仕方がないという妥協が存在していた。しかしヴィッツは、その常識を打ち砕いた。コンパクトカーでも、ここまで快適な居住空間を実現できる。その事実は衝撃的だった。
決して安いだけのクルマではない工夫
さらに驚かされたのはデザインである。この初代ヴィッツを手掛けたのは、ギリシャ人デザイナーのソティリス・コヴォス。センターメーターを採用した未来的なインパネデザイン、丸みを帯びた有機的フォルム、そしてプラスチック素材を巧みに活かしたインテリアデザインは、それまでの国産コンパクトカーには存在しない清潔感のような感性を持っていた。
単なる廉価車ではなかった。所有する喜びをきちんと持っていたのである。合理性そのものがデザインされていたわけだ。
搭載される1SZ-FE型997cc直列4気筒DOHCエンジンも優秀だった。最高出力70ps、最大トルク9.7kgmという数値だけ見れば平凡だが、このエンジンは極めて実用域に優れていた。
しかも燃費性能が驚異的だった。当時の10・15モード燃費では20km/Lを超え、実用燃費でも20km/L前後を安定して記録した。40リッタータンクとの組み合わせによって、理論上800km近い航続距離を実現していたのである。これは現代のハイブリッド車にも通じる思想だった。
つまり、燃費競争ではなく、実用効率を追求していたのである。月に一度しかガソリンスタンドへ行かなくて済むようになったというユーザーの声が多く広がった。
そんな装備でニュル大丈夫なのか!? という衝撃
そして、このクルマが本当に凄かったのは、単なる燃費性能だけではない。走りそのものが非常に洗練されていたことだ。サスペンション形式は、フロントストラット、リアトーションビームという現在ではBセグメントの定番となっている構成だ。
当時、このリアトーションビームは決して高級な形式とは見なされていなかった。むしろ簡素で、コスト重視の設計と考えられていたのである。
しかしトヨタは違った。このサスペンションを、パッケージングと走行性能の両立という観点から徹底的に煮詰めていた。リアサスペンションをコンパクト化することで、室内空間を最大化しながら、十分な操縦安定性を確保していたのである。
しかもトヨタは、このヴィッツをドイツ・ニュルブルクリンクでも徹底的にテストしていた。当時テストドライバーだった故・成瀬弘氏は、ヴィッツのリアサスペンションを初めて見せられた時、「こんなのでニュルが走れるのか」と思ったそうだ。
あらゆる「制限」が名車を生んだ
だが結果として、そのトーションビームは全く問題を起こさなかった。むしろ限られたコストの中で、必要十分な性能を成立させていたのである。ここが極めて重要だ。高価な機構を使えば、良いクルマは作れる。しかしヴィッツは違う。限られたコスト、限られたサイズ、限られた排気量の中で、世界基準を成立させていたのである。
それこそが、このクルマの凄みだった。さらにヴィッツは、モータースポーツの世界でも成功を収める。後に1.3リッター、1.5リッターモデルが追加され、5速MT仕様はラリー、ジムカーナ、ダートトライアルなどで大活躍した。
特に1.5RSは現在でも高い人気を持つ。車両重量1トン前後という軽量コンパクトボディに、自然吸気エンジン、素直なシャシー特性、そして扱いやすい5速MTを組み合わせたことで、運転を学べるクルマとして完成度が非常に高かったのである。また、ヴィッツチャレンジなどのワンメイクレースも盛況だった。
優れたコンパクトカーとは、単に安い車ではない。誰もが運転技術を学べる入口でなければならないのである。その意味でもヴィッツは極めて優秀だった。
ヴィッツもまたクルマ界のゲームチェンジャーだった
そして忘れてはならないのが、NBCプラットフォームによる兄弟車展開である。4ドアセダンのプラッツ、そしてトールワゴン型のトヨタファンカーゴ。特にファンカーゴは、現代のコンパクトトールワゴンや小型SUVの思想を先取りしていた。
高い全高、広い後席、優れた積載性。商用にも乗用にも使えるユーティリティ性能は非常に高く、現在のルーミーやライズ、さらにはコンパクトミニバン文化にも繋がっていったように感じる。また4WD仕様も存在したことで、積雪地帯や山岳地でも高い支持を獲得した。
欧州でもヤリス(ヴィッツ)は大成功を収めた。特にイタリア市場での成功は有名で、トヨタ「イタリアの奇跡」とも呼ばれた。フィアット王国とも言えるイタリアのコンパクトカー市場において、日本車が支持されるというのは当時ほとんど不可能だと思われていたのである。
しかしヤリスは、その常識を覆した。自身も当時イタリアを訪れた際、街中を大量に走るヤリスを目撃した。また、アルプス山中ではファンカーゴがファミリーカーとして定着している姿を見て、トヨタのグローバル戦略の強さを実感したものだった。
この初代ヴィッツは、日本国内だけでなく、世界のコンパクトカー市場そのものを変えた一台だったと言える。後にホンダ フィット、三菱 コルトなど、各社が高効率パッケージング型Bセグメントへ本格参入していくが、その流れを決定づけたのは、間違いなく初代ヴィッツだった。
コンパクトカーは、ただ安いだけの車ではない。限られた資源の中で、人間の生活をどこまで豊かにできるかを追求する使命がある。その意味において、初代ヴィッツは極めて完成度の高い1台だった。そして今なお、多くのファンが存在している理由もそこにある。
申込み最短3時間後に最大20社から
愛車の査定結果をWebでお知らせ!
申込み最短3時間後に最大20社から
愛車の査定結果をWebでお知らせ!
愛車管理はマイカーページで!
登録してお得なクーポンを獲得しよう
新型レクサスESのBEVモデルの競争力を分析! 日本では問題ないが中国では強力ライバルにやや苦戦の可能性
【スーパーワン】早くも1万1000台を突破。こんなホンダ車を待っていた!【九島辰也】
泥や小石の跳ね上げを防ぐため……はわかるけど後続車が眩しいステンレス板はなぜ? トラックの「ピカピカの泥よけ」はドレスアップだけじゃない「安全面」の役割も担っていた!
トヨタが生んだ"美しすぎるクーペ"とは?? 想像以上に走りも本格的! セリカの陰に隠れた「カレン」の魅力
ウソのようだがけっこう起こっている「ガソリン車に軽油」「ディーゼル車にガソリン」の誤給油! 知人のクルマやレンタカーなどを借りた際はとくに注意が必要!!
申込み最短3時間後に最大20社から
愛車の査定結果をWebでお知らせ!
申込み最短3時間後に最大20社から
愛車の査定結果をWebでお知らせ!
店舗に行かずにお家でカンタン新車見積り。まずはネットで地域や希望車種を入力!
みんなのコメント
と思う。しかし、2代目以降は駄作に終わったのが残念。