JAF(日本自動車連盟)は2016年から、信号機のない横断歩道の手前で歩行者が渡ろうとしているときに、通過する自動車が一時停止するかどうかを定期的に調査しています。2021年の調査(8月11日~8月30日のうち、月曜日から金曜日の平日のみ、全国合計8,281台)によると、一時停止したクルマは30.6%。つまり約7割のクルマが、歩行者が渡ろうとしているにも関わらず横断歩道の手前で一時停止していないことになります。
これはもちろん道交法違反。
あなたは大丈夫? あおり運転と誤解されないための正しい運転術
なぜでしょう…なぜ止まらないのか。もちろん、止まらないドライバーにはもう一度教習所へ行ってしっかり講習を受けていただきたいのですが、それとは別に、実に7割におよぶ「横断歩道の手前で歩行者が渡ろうとしているのに止まらないドライバー」の心理とその行動に至る原因、さらにクルマをめぐる社会環境についても考えてみたいと思います。
文/諸星陽一
写真/JAF、Adobe Stock(アイキャッチ写真は@milatas)、警察庁
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■渡ろうとしている歩行者または横断中の歩行者を妨害する行為は禁止
自動車の運転免許を持っている人なら、誰しもが「横断歩道では歩行者が優先である」ということは知っているでしょう。というよりも、日本では多くの場合「歩行者が優先」というかたちで道路交通法が運用されています。たとえば、「横断歩道における歩行者の優先」という項目について、車両が違反した場合は以下の罰則が設けられています。
・罰則:3カ月以下の懲役または5万円以下の罰金
・反則金:9000円(普通車)
・基礎点数:2点
では、「横断歩道のない交差点における歩行者の優先」についてはどうでしょう。
これについては以下の罰則となります。
・罰則:3カ月以下の懲役または5万円以下の罰金
・反則金:9000円(普通車)
・基礎点数:2点
まったく同じです。しかし、この2つには微妙な違いがあります。
横断歩道においては「渡ろうとしている歩行者」を妨害する行為が禁止されていますが、横断歩道のない交差点では「横断中の歩行者」の妨害をしてはならないのです。つまり、横断歩道がある場合は、「横断しようとしているかどうか」をドライバーが判別しなくてはならないことになります。実際は、歩行者が横断しようとしているかどうか、つまり他人がどう考えているかまでは不明なので、運用としては「もし横断歩道の近くに人がいたら、クルマは一時停止して確認を行う必要がある」ということになります。
「(特別な規制速度のない道路で)法定速度の60km/hで走っていたら、いちいち一時停止などできない」ということは言い訳になりません。横断歩道の手前には道路標識や道路ペイントによって横断歩道があることが示されています。つまり一般道を走るドライバーには「それ」を確認する必要があり、確認した時点で横断歩道の手前で停止できるよう速度を調整しないとならないからです。
■日本は法治国家であるのに法律を厳格に適用しない風習がある
「いちいち速度を緩めていたら、後続車が追い抜いていってかえって危険なケースも……」と思う人もいると思います。たしかに、世の中には前走車が速度を緩めたとたん追い越しを仕掛けてくるクルマはいて、危険極まりありません。しかし道路交通法では横断歩道の手前30mでの追い越しが禁止されているので、これは追い抜いたほうが悪いということになります。
このように問題が起きるのは後続車が存在する場合が多くなります。
後続車がいなければ、歩行者を見つけるたびに止まればいいのですが、後続車がいる場合にこれを繰り返すと、あおり運転の原因を作る可能性もあります。もし、夜の時間帯などで、後続車が1台しかいないのであれば、一度道をゆずってしまったほうが、歩行者がいる際にきちんと止まって安全に横断を促すことができることでしょう。
この法律自体は昔から変わっていないのですが、信号のない横断歩道で歩行者がいる際に、止まるクルマは少し前までは非常に少なかったのです。
JAFの調査によれば(※)2016年の全国平均では7.6%だったものが、2021年には30.6%まで向上しています。
全国平均グラフ
なかでも長野県は優秀で、85.2%ものクルマが一時停止しています。いっぽう岡山県は10.3%、東京が12.1%、青森が14.0%、京都が16.8%、和歌山が18.4%、茨城が19.0%、徳島が19.4%と、10%台の都府県もあります。長野県警は2020年から「運転手に横断歩行者を見たら一時停止し、歩行者には手を上げて横断するよう呼び掛ける運動を展開している」とのことで、ドライバーだけでなく歩行者にも明確な意思表示を求めているところが大きな成果となっているのかもしれません。
都道府県別「横断歩道で止まところと止まらないところ」。一番止まるのは長野県で85.2%。一番止まらないのは岡山県で10.3%
※信号機のない横断歩道での歩行者横断時における車の一時停止状況全国調査(2021年調査結果)より
横断歩道で、クルマが途切れるのを待ち、横断しようとしている人がいれば、クルマは一時停止するのは当たり前です。ただそのうえで、歩行者や行政にも問題はあります。
都内などでは、横断歩道のある場所でタクシーを止める人が多く見られます。これではタクシーを止めようとしているのか、横断を待っているのかがわかりません。
しかしたとえばガードレールのある道路でタクシーに乗ろうとした場合、どこでタクシーを止めればいいのでしょうか。横断歩道の前後5m以内や交差点の側端または道路の曲がり角から5m以内などではタクシーを止めることはできません。ところがガードレールのある道路で、ガードレールが途切れているのはこうした場所しかありません。ガードレールのある道路で法律を守ってタクシーに乗るためにはガードレールをまたいで乗るしかないこともあります。では車いすの人はどうすればいいのでしょうか。こうした問題は解決されていません。
日本は法治国家であるにも関わらず、「法律を厳格に適用しない」という風習があります。たとえば、横断歩道で止まらなかったクルマは取り締まりを受けますが、横断禁止の道路で横断歩道以外の場所を横断した歩行者はまず取り締まられません。ドイツなどでは、クルマの違反も歩行者の違反も同様に厳しく取り締まられると言います。このため歩行者もドライバーもきちんと法律を守り、交通がスムーズな流れとなるとのことです。
クルマは取り締まり対象、歩行者や自転車は取り締まり対象外という状況が続く限り、無謀な横断を行う歩行者はいなくなりません。そうなると、ドライバーのほうも正しい横断をしようとしている歩行者を守ろうという気持ちもスポイルしてしまうでしょう。
■違反車両の取り締まりはもちろん! 歩行者も明確に渡る意思表示を
少し違う話となりますが、たとえば南北方向が一時停止、東西方向が一時停止のない十字路があったとします。南から北に走っているクルマと西から東に走っているクルマが出会い頭にぶつかったとします。この際に南から北へ走っているクルマが一時停止を無視していたとしても、両車が動いていたということで、過失相殺がついてしまうことがあります。「違反があったにも関わらず、違反車両以外にも責任がある」という(「喧嘩両成敗」的な)考えも、日本特有のものといわれています。
こうした玉虫色の判断も、法規を厳格に守ろうという気持ちを損なう原因となるでしょう。法律があり、違反をしていないドライバーまでが責任を負わされる状況はよくないのではないでしょうか。
同じように横断禁止の道路を歩行者が渡っているときにクルマがひいてしまっても、やはりドライバーの責任が問われます。前出のドイツでは横断禁止場所を歩行者が渡っていて事故が発生した場合、責任が歩行者にあるばかりでなく、歩行者がクルマの損害も補償する必要があるといいます。
クルマであろうと自転車であろうと歩行者であろうと、法律を守っているものが正しいという世界が一番明確でいいと私は思います。
そのためには法律を守れる行政が必要で、クルマの乗り降りが可能なガードレールの切れ目や乗降スペースを作ることも必要でしょう。横断歩道で止まらないクルマはきちんと取り締まるべきですが、歩行者も手を挙げるなど明確に渡る意思をドライバーに伝えることだって必要でしょう。
クルマだけを諸悪の根源のように扱う社会は間違っています。
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歩行者優先をやめて車優先に変えたほうがいい。