「リアエンジン」と聞けば、多くの人がポルシェやフォルクスワーゲン ビートルを思い浮かべるだろう。しかし実は、メルセデス・ベンツにもリアエンジン車が存在したことをご存じだろうか。
その歴史は1934年のベルリンモーターショーにさかのぼる。当時のダイムラー・ベンツ社は小型乗用車130Hを発表した。「H」はドイツ語のHeckmotor(リアエンジン)の頭文字である。
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ダイムラー・ベンツ社は1934年のベルリンモーターショーで突如、リアにエンジンを搭載した小型で可愛らしいモデル130Hを発表した。Photo:Mercedes-Benz Mediaこの130Hは太い鋼管バックボーン・フレームのリアアクスルより後方の車体後部に1,3リッター、水冷直列4気筒エンジン(26ps)を搭載する意欲作であった。続けて、ひとまわり大きなスポーツ・ロードスターの1,5リッターの150H(55ps)も少量生産、さらに1935年には1,7リッターの170H(38ps)へと発展し、セダンタイプの他にカブリオレも生産された。
130Hよりもひとまわり大きな150Hと呼ばれる1.5リッター(55ps)のスポーツ・ロードスターも少量生産された。Photo:Mercedes-Benz Mediaこのリアエンジン構想の源流には、1923年から1928年まで当時のダイムラー・ベンツ社に在籍したフェルディナンド・ポルシェ博士の存在がある。小型リアエンジン車の構想は1927年頃から始まっており、実際に130H、150H、170Hを完成へ導いたのは、ポルシェ博士の後継者であるハンス・ニーベル博士だった。そして、フェルディナンド・ポルシェ博士のこの思想は、やがて1937年のフォルクスワーゲン・ビートルとして実を結ぶのである。
筆者にとって170Hは、単なる歴史上の一台ではない。1972年、当時のメルセデス・ベンツ輸入元であったウエスタン自動車へ入社した頃、会社の片隅には1936年式170Hカブリオレが静かに保管されていた(黒色)。洗車や清掃を任され、後年にはレストアにも携わった思い出深い一台である。
筆者は当時のメルセデス・ベンツ輸入元であったウエスタン自動車の横浜ニューデポーで、大先輩の指導の元、1951年の170Sカブリオレのレストア作業に携わった。写真の右側で眼鏡をかけてフロント足回りをチェックしているのが筆者。Photo:妻谷コレクションその170Hカブリオレは小型の130H同様太い鋼管バックボーン・フレームのリアアクスルより後方の車体後部に水冷直列1,7リッター、4気筒サイドバルブエンジンを搭載した後輪レイアウトで、サスペンションはフロントが横置き上下リーフスプリング、リアがコイルスプリングであることが、フォルクスワーゲン・ビートルと違う所だ(VWのエンジンは空冷水平対向4気筒、サスペンションは前後トーショウンバー)。
130Hは太い鋼管バックボーン・フレームのリアアクスルより後方に水冷直列1,3リッター、4気筒エンジン(26ps)を搭載した後輪駆動車のレイアウト。4輪独立サスペンションを採用している。Photo:Mercedes-Benz Mediaこの希少な170Hカブリオレはサイドのピラーや窓枠をも残してルーフの幌のみ簡単に開閉できる。つまり、幌自身にはシャフトは無く、2本の横置き取り外し可能なシャフトで支えている。オープン時にはこのシャフトを取り外して幌と共に後方に畳み込み、トノカバーを被せるという趣向だ。
レストアされた170Hカブリオレの3ヘッドライト(1936年式)はメルセデス・ベンツ唯一のRR(リアエンジンリアドライブ)。レストア後は各地の展示会で大活躍した。Photo:妻谷コレクションエンジンはは38psと数値は少ないが低回転で粘るトルキーなサイドバルブエンジンと3速+オーバードライブのミッションがついた実用車であった。
170Hカブリオレのリアエンジン。水冷直列1.7リッター、4気筒サイドバルブエンジンを搭載(エンジンもレストアした)。Photo:妻谷コレクション室内は高めの着座位置が特徴の4座で、材質やクッション、アームレストの位置や頼りになる「つり革」の質感等、贅沢な仕上げのアイテムと共に上等な乗り心地を味わえた。
1939年の同じ1,7リッターエンジンをフロントに搭載した170V(ドイツ語Vornmotor=フロントエンジンの頭文字)が成功するに従って、このリアエンジンの170Hは自然とラインドロップした。
筆者が携わった170Hカブリオレは1990年代には本格的なレストアによってエンジ色で美しく蘇り、現在はヤナセクラシックカーセンターの管理のもと、メルセデス・ベンツ唯一のリアエンジンモデルとして各地のイベントで活躍している。
横から見ると、フロントオーバーハングが極めて短いのがわかる。ヘッドライトは大きく、タイヤホイールは17インチとこれまた意外に大きい。Photo:妻谷コレクション。フェルディナント・ポルシェ博士は、後にフォルクスワーゲン・ビートルやポルシェの礎を築いたことで知られている。しかし、その発想の原点の一つは、当時のダイムラー・ベンツ社時代のリアエンジン小型車構想にあったともいえるのである。
今日、メルセデス・ベンツとポルシェはそれぞれ異なる個性を持つブランドとなった。しかし1930年代には、その歴史は一つの設計思想から枝分かれしていたのである。130H、150H、170Hは、その貴重な証人として今なおメルセデス・ベンツの歴史に刻まれている。
筆者が170Sカブリオレのフロントサイドボディ間で恥ずかしそうに顔を出している図。今となれば良い想いでだ。Photo:妻谷コレクションText:妻谷裕二
【筆者の紹介】妻谷裕二(Hiroji Tsumatani)1949年生まれ。幼少の頃から車に興味を持ち、1972年ヤナセに入社以来、40年間に亘り販売促進・営業管理・教育訓練に従事。特に輸入販売促進企画やセールスの経験を生かし、メーカーに基づいた日本版カタログや販売教育資料等を制作。また、メルセデス・ベンツよもやま話全88話の執筆と安全性の独自講演会も実施。趣味はクラシックカーとプラモデル。現在は大阪日独協会会員。
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みんなのコメント
というか、かぶと虫の空冷エンジンを水冷の
直4サイドバルブエンジンに置き換えたという風情…
はて、水冷とならばラジエーターが要るが、いったいどこに…
実はエンジンでかぶと虫同様奥の冷却ファンを回し、その風は
ダクトを通ってエンジン本体右横にある箱形のラジエーターを
強制冷却する…という凝った構造。
またこの冷却ファンの風は一方でバイパスされ、排気マニホールド周りを
冷却し、冬場にはレバー切り替えでこの冷却した風を温風として
車内に送り込むことまでやっている。
実は自分もこの実車を6年前のオートモビルカウンシルで
拝見したが、ポルシェ博士の思想がふんだんに盛り込まれた
その設計に大変感銘を受けた。