30年前のマクラーレン「F1 GTR」を発見
1990年代のハイパーカー黄金期を象徴し、モータースポーツ史にその名を刻む歴史的名車がオークションの舞台に姿を現します。
【画像】オークションに登場するスゴいマクラーレン「F1 GTR」を写真で見る(19枚)
2026年8月にRMサザビーズが開催する「モントレー・オークション2026」にて、1996年式マクラーレン「F1 GTR」(シャシ番号:10R)が出品されることが発表されました。
天才エンジニアのゴードン・マレー氏の手によるマクラーレンF1は、本来純粋なロードカーとして開発されました。
しかし圧倒的な基本性能の高さからレース仕様の「F1 GTR」が仕立てられ、1995年のル・マン24時間耐久レースにおいて初参戦で総合優勝という偉業を達成します。翌1996年シーズン、ライバル陣営の台頭に対抗すべく開発されたのが、さらに過激な進化を遂げた1996年仕様のF1 GTRです。
1996年仕様は、前後ボディワークの延長や大型フロントスプリッターの装着によりダウンフォースを大幅に増強しました。
さらにマグネシウム製トランスミッションケースの採用などにより、前年型から約38kgもの軽量化を果たしています。
結果として、後年のロングテール仕様(1997年型)をも凌ぐ「史上最速のF1 GTR」として君臨することとなりました。
この1996年仕様はわずか9台のみが製作されましたが、その記念すべき第1号車であり、開発用プロトタイプ(XPカー)としてマクラーレン自社で保有された個体こそがシャシ10Rです。元ル・マン覇者のJJ・レート氏やデイビッド・ブラバム氏らの手により、マニクールでの冬季テストやサルト・サーキットでの事前テストを駆け抜けました。
このシャシ10Rを唯一無二の存在に押し上げているのが、その刺激的なカラーリングです。「ブラッド・レッド」のボディに黄色い「96 GTR」のグラフィックが映えるデザインは、1990年代英国のポップアート文化を象徴しており、「ポップアートF1」の異名で親しまれてきました。
開発やプロモーションでの役割を終えた後、10Rは1999年に伝説的ロックバンド「ピンク・フロイド」のドラマーであり、世界屈指のコレクターであるニック・メイスン氏へ直接売却されました。
1995年にル・マンを制した「国際開発レーシング」のチーム代表ポール・ランザンテ氏らによって公道仕様へコンバートされ、ナンバープレート(K40 MCL)を取得。公道を走れるレーシングカーへと生まれ変わったのです。
メイスン氏は2024年春に譲渡するまでの25年間にわたり本車を所有し、グッドウッドなどのイベントで精力的に走らせました。メンテナンスには一切の妥協を排し、ランザンテの手で常に完璧な状態が保たれ続けました。
1995年覇者「01R」と並び、わずか2台しか存在しないショートテール・プロトタイプであること。ファクトリー独自の鮮烈なカラー、史上最速の1996年スペック、世界的人気バンドのメンバーによる卓越したヒストリー、そして公道走行可能なコンディション。GTハイパーカーから派生してル・マンを制した時代の終焉を象徴するこのモデルは、フェラーリ「250 GTO」にも匹敵する自動車文化の至宝といえます。
予想落札価格は3500万ドル(USD)超(日本円で約52億5000万円以上)とされています。(VAGUE編集部)
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