ミニバンというと家族のための実用車、そんな見方が一般的かもしれない。だが実際には、広さや快適性、そして長距離移動のしやすさまで含めると、クルマとしての奥深さがかなり詰まったジャンルでもある。数多くのクルマを乗り継いできたなかで、レーシングドライバーが「すげえ」と強く感じた1台があった。今回は、その記憶に残るミニバンについて振り返ってみたい。
文:中谷明彦/画像:ダッジ、シボレー
【画像ギャラリー】まさに現代ミニバンのルーツ! 今では激レアな初代アストロと、豪華絢爛な2代目コンバージョン仕様の“極上リビング”を一挙公開(17枚)
こんなクルマがあったのか!? 北米で受けた衝撃!
長年レーシングドライバーとして活動し、モータージャーナリストとして数多くの車に乗ってきたが、実はミニバンというカテゴリーには個人的に強い関心を抱いている。一般的にはファミリーカーとして認識されることが多いミニバンだが、パッケージングという観点から見れば極めて興味深いジャンルである。
自身が初めてミニバンという存在に触れたのは、1990年代初頭のアメリカだった。あるレーシングチームを訪ねた際、移動用の車として用意されていたのが当時北米で流行し始めていた3列シートのミニバンだったのだ。その車に乗り込んだ瞬間、強い衝撃を受けた。
室内は驚くほど広く、装備も充実している。乗り心地も良く、走行性能やスタイリングを含めすべてが実用車として極めて高い完成度を持っていた。当時の日本ではセダンやクーペが自動車の中心だった時代だ。そうした状況の中で、この新しいパッケージングは非常に魅力的に映った。
日本に戻りしばらくすると、その車が某国産自動車メーカーの地下駐車場に置かれているのを見かけた。聞けば、研究用の参考車として輸入されたという。後にそのメーカーがミニバンを開発したことを考えると、当時の北米ミニバンが日本の自動車業界に与えた影響は決して小さくなかったはずだ。
実はレーサーにとっても便利だった!?
実はレーシングカートを始めた高校生の頃、所属していたチームではキャブオーバーのワンボックス型バンを移動の実用的な道具として活用していた。レーシングカートを4~5台積み込み、東京と菅生のレース会場を往復していた。
さらに自分の車としても軽ワンボックスのバンを購入し、車内にレーシングカートを積みながら、日常の足として使っていた時期もある。こうしたワンボックス型の車は、荷物を大量に積み込み、人も運べるという点で当時から非常に合理的な存在だった。セダン中心の時代にあって、この実用性は多くの人に自然と使い勝手の良さを与えてくれていたわけだ。
そんな私が長く愛用したミニバンがある。それが米国車のシボレー アストロのスタークラフト仕様。いわゆるコンバージョンモデルである。ベースとなるアストロは本来商用バンであり、乗用車としての快適性を重視した車ではない。
平成前からミニバンはすでにほぼ完成形だった!?
しかしこれを手がけたスタークラフトが、豪華なコンバージョン仕様として仕立て上げていた。ハイルーフ化されたボディにはキャプテンシートが配置され、3列シートの最後部はフラットなベッドとして使用できる。
セカンドシートは回転式で対座レイアウトが可能となり、フルリクライニングも備えていた。天井スペースにはテレビが収納され、ウィンドウにはスライド式のシェードカーテンが装備されている。今では当たり前の装備かもしれないが、当時としては非常にゴージャスなものだった。
サーキットでは、この車が大いに役立った。着替えや休憩ができるパーソナルスペースとして機能し、パドックに居場所の少なかった時代にはまさに理想的な移動基地だったのである。パワートレーンは4.3リッターV6自然吸気エンジンと4速ATの組み合わせで、駆動方式はFR。
サスペンションはフロントがWウイッシュボーン、リアはリーフスプリングのリジッド式という極めて伝統的な構造だった。理屈だけを見れば、快適な乗り心地や優れたハンドリングを期待するような構成ではない。しかし実際に走らせてみると、その印象は大きく覆される。
アメリカ製ミニバンが走りに向かないは偏見だった!?
一般にアメリカ車は直線では快適だがコーナリング性能は低いというイメージを持たれがちだだが、それは必ずしも正確ではない。実際のアメリカ車は、レーシングカーから乗用車まで含めて非常に完成度の高いシャシーを持っているものが多い。
アストロも例外ではなかった。箱根ターンパイクをはじめとする山岳路でも、驚くほど軽快な走りを見せた。富士スピードウェイからの帰路でワインディングを走る際には、チーム関係者のスポーツカーがついて来られないほどのペースで走ることができたほどだ。FRレイアウトによる自然なハンドリング、そして意外なほど小さい最小回転半径によって、日本の狭い道路でも取り回しは良好だった。
室内の快適性、走行安定性、運転のしやすさ。どれを取っても、このアストロ・スタークラフトは極めて完成度の高いミニバンだったと言える。
時代的制約はあったけれども……なかなか先進的だった
もちろん欠点がなかったわけではない。当時のエアコン性能は現在ほど高くなく、サーキットのパドックでは夏場の暑さが厳しかった。またエンジンを長時間かけ続けるわけにもいかない。もし現在の電動車のように大容量バッテリーでエアコンを稼働できる仕組みがあったなら、この車はさらに理想的な移動空間になっていただろう。
私はこの車を約4年間所有し、走行距離は約10万kmに達した。それでも大きなトラブルは一度もなかった。燃費は都内で約6km/L程度だったが、燃料タンクは101L入るため航続距離は約600kmに達する。しかもレギュラーガソリンが使用できるため、経済性もそれほど悪くはなかった。
ウォークスルー構造によって車内を自由に移動できるレイアウトや、長距離移動を前提に設計されたコックピットの操作性など、アメリカの自動車文化が生み出した合理性を強く感じさせる車だった。さらに印象的だったのは内装の質感である。
ウォールナットなどの天然木材を用いた装飾や、柔らかなライティングはまるでクルーザーのキャビンのようだった。豪華ヨットを作る文化を持つアメリカらしい空間演出であり、現在の日本製ミニバンでもこの雰囲気を完全に超えられたモデルはまだ少ない。
日本もなかなかミニバンは尖っていたけれども……!
日本にも優れたミニバンは数多く存在する。例えばトヨタ・アルファードの先祖ともいえる初期モデルであるグランビアは、広い2列目空間と豪華装備で強い存在感を示した。当時はまだ片側スライドドアだったが、そのパッケージングは非常に魅力的だった。
しかし「すげえミニバン」と言われてまず思い浮かぶのは、やはりアストロ・スタークラフトなのである。この選択は意外に思われるかもしれない。国産モデルではなくて恐縮だが、実際に乗ったことのある人なら理解してもらえるはずだ。
あの車は単なるミニバンではなかった。移動するリビングであり、レーシングドライバーの拠点であり、そして長距離移動を楽しませてくれる極めて魅力的な手本とすべきモデルだったのである。
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みんなのコメント
それはアストロのポテンシャルもさることながら、ドライバーが中谷さんだったからという理由が9割以上を占めると思う。