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なぜBYDは「最大34%値下げ」に踏み切るのか? EV王者を追い詰める“飽和する7万元市場”の深層、BYD株続落で考える

掲載 更新 101
なぜBYDは「最大34%値下げ」に踏み切るのか? EV王者を追い詰める“飽和する7万元市場”の深層、BYD株続落で考える

最大34%値下げの波紋

 2025年5月27日、香港株式市場で中国の電気自動車(EV)メーカー、比亜迪(BYD)の株価が続落した。前日に8.6%安を記録し、2日間で10%超の下落となった。

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 株価急落の背景には、BYDが前週に発表した今年3回目の値下げがある。BYDはEVおよびプラグインハイブリッド車(PHV)22車種を対象に、6月30日までの期間限定で値下げを実施。値引率は最大34%に達する。

 中国のEV市場は競争が激しい。今回の値下げを受け、さらなる値引き合戦が続くとの懸念が広がり、BYDの株価は売りに押されたとみられる。

 本稿では、BYDの相次ぐ値下げが意味するものを検証する。さらなる成長の序章なのか、それとも過熱する価格競争からの防衛策か。新たなEV価格戦の帰結を読み解く。

25%達成の壁と価格戦略の矛盾」

 2025年4月のBYDの新エネルギー車販売台数は約38万台で、前年同期比21%増となった。販売シェア1位は維持したが、シェアは前年の37.5%から29.7%に低下した。

 今回の値下げ額は1.4万元から5.3万元(約28万円から105万円)に及ぶ。PHV「シーライオン7」は約34%値下げされ、価格は15万5800元(約310万円)から10万2800元(約206万円)となった。

 BYDは3月と4月にも値下げを実施したが、販売増にはつながっていない。2025年1月から4月までの販売台数は約138万台で、年間販売目標550万台に対する進捗率は25%にとどまる。このペースでは目標達成は困難であり、継続的な値下げでシェア拡大を目指さざるを得ない状況だ。

 一方、中国商務省は、走行記録のないBYDなどの乗用車が中古車として販売されている問題について、自動車メーカーや中国汽車工業協会と協議を行うとロイターが報じている。BYDが販売水増しに利用した可能性もあり、販売底上げに必死な事情が浮かび上がっている。

コンパクトEVの飽和と激戦

 中国EV市場は、多数の新興ブランドを含むメーカーがひしめく過当競争の状態にある。ウォールストリートジャーナルによると、2023年の中国のエコカーブランド数は123に達した。一方で、年間40万台以上を販売したのは

・BYD
・テスラ
・アイオン
・五菱

の4ブランドに限られる。中国市場の群雄割拠ぶりを示す一方で、モデル数は増加の一途をたどり、過剰な投資と生産能力には危うさが潜む。

 とりわけ、手頃な価格帯のコンパクトEVセグメントはすでに飽和状態にある。性能面での差別化が困難なため、類似モデルが次々と投入され、価格競争から抜け出せていない。この厳しい競争のなかで、吉利汽車の「星願」がBYDの「シーガル(海鴎)」を抜き、2025年4月のベストセラーとなった。星願は

「BYDキラー」

と称され、2024年10月に発売された。価格は約7万元から10万元(約140万円~200万円)で、若年層を狙ったデザインとスマートフォン連携機能が好評を呼び、販売を伸ばしている。

 一方、BYDはシーガルの価格を約20%値下げし、5万5800元(約112万円)で星願に対抗する姿勢を示している。価格戦争は一層激化している。

中堅EVメーカー淘汰の連鎖

 メーカー各社は、値引きによる販売促進策に躍起になっている。短期的にはシェア拡大や在庫圧縮といった効果が見込める。しかし、値引き販売が常態化すれば、収益に直接的な悪影響を与える。価格競争の出口は見えていない。

 過去にも値下げの連鎖は、業界に厳しい結末をもたらしてきた。1970年代の米国では、GM、フォード、クライスラーのビッグスリーがシェア争いを展開。石油危機の影響で市場が冷え込むなか、各社は値下げ合戦に陥った。その隙を突いたのが、日本からの安価で高性能な車両だった。日本車は市場を席巻し、米国内では日本車バッシングが起きた。このときの構図は、現在の中国EV市場と重なる部分が多い。

 価格下落の連鎖は、サプライチェーンにも深刻な影響を与える。電池、原材料、素材、物流など、あらゆる分野でコスト圧力が強まっている。結果として、供給側では淘汰が進行中だ。EVメーカーも例外ではない。特に中堅以下の企業は、市場から排除されるリスクが高まっている。

 本来、販売価格は技術革新によって徐々に下がっていくものだ。そこには学習効果や量産効果、設計の最適化といったプロセスが作用する。しかし現在の価格下落は、そうした積み上げによるものではない。企業が損益分岐点を割ることを承知のうえで実施する、“逆転型コスト構造”の産物である。

生産と販売のあいだに確かな需要の裏付けがなく、出荷台数を過剰に演出することで企業価値を取り繕う。この行為は、かつてのバブル経済に見られた近視眼的成長指標への依存と酷似している。

政策失効後のEV産業漂流

 企業淘汰と産業集約は本来、産業構造を洗練させる機能を持つ。だが、中国EV市場では、それが戦略なき破壊へと傾いている。競争優位性を決めるのは技術力ではなく、値下げの限界をどこまで掘れるかという一点に集約されつつある。その先に残るのは、

・技術革新の停滞
・ブランド価値の形骸化

である。かつて市場を牽引してきた政策支援も力を失ってきた。EV購入補助金は段階的に廃止され、地方政府の支援策も効果が薄れている。中国政府は、EV産業の自律化に舵を切りつつある。制度的な保護が揺らいだことで、各社は政策に守られた産業からリスクに晒される市場へと押し出され、競争の本質に直面している。

 この構造転換は、一見すれば健全な市場原理への回帰にも映る。だが、実態はそうではない。売上や成長を過剰に追求し、資本市場に最適化された経営判断がもたらした帰結にすぎない。いま進行しているのは、価格競争ではない。逃げ場のない消耗戦である。

 産業が抱えるのは、

・過剰資本
・過剰供給
・過剰競争

という三重苦だ。そのなかで耐久力を欠く企業から脱落していく構図は避けられない。問われているのは価格の安さではなく、それを支える経営の持続可能性と将来への再投資能力である。

 BYDの値下げが象徴するように、価格はもはや政策によって管理される領域ではない。市場の論理に晒される段階へと移行しつつある。中国EV市場は今、政策経済から市場経済へと踏み出そうとしている。

EV市場の寡占化と再編動向

 消耗戦による利益率の低下が促すのは、市場の寡占化と資本の統合である。過度な価格競争は業界再編や淘汰の引き金となる。利益なき成長が続けば、EVの価値は毀損し、コモディティ化が避けられない。ブランド価値より価格が優先され、薄利多売のビジネスモデルが定着する。そして、液晶テレビやスマートフォンに見られたような淘汰が進む。

 その先にあるのは、中国EVの「家電化」という未来であり、既視感でもある。すでに経営が厳しいEVメーカーは多く、体力が尽きた先にその未来は近づいている。

 テスラや外資系メーカーにとっては、間接的なメリットとなるだろう。中国EVとの価格差が広がる一方で、プレミアムブランドとしての地位を維持し、一層の差別化が進むと見られる。

 BYDの強みは、電池から車体までを一貫して自社で開発・生産できる体制にある。この垂直統合モデルがコスト競争力の源泉であり、これまでの値下げを可能にした構造を生み出している。

 しかし、BYDの値下げは販売増に寄与していない。株価急落は投資家の期待値崩壊を示し、構造的疲労への懸念も浮上している。投資家が恐れるのは、過度な価格下落と市場飽和の相互作用である。さらなる値下げでも販売が回復しなければ、BYDは成長株の地位を失う可能性が高い。

 中国EV市場の消耗戦を生き残るのは、豊富な資金力を持ち、付加価値を訴求できる限られたメーカーだろう。価格戦に何らかの意味を見出しても、それは限界の兆候に過ぎない。

 臨界点がどこにあるかは誰にも分からないが、成長基調にあったBYDは転換点を迎えている。新たな価格戦は始まったばかりだ。BYDの動向を今後も注意深く見守る必要がある。(成家千春(自動車経済ライター))

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みんなのコメント

101件
  • t03********
    >なぜBYDは「最大34%値下げ」に踏み切るのか?

    所詮その程度の価値しか無いから。
  • 彩乃
    中華EV購入奨励するようなエコカー減税制度は一刻も早く廃止されるべきです。
    EVってそもそも、リサイクル考えてないでしょ
※コメントは個人の見解であり、記事提供社と関係はありません。

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