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「天井を走れる」EV誕生? アクション映画が現実に?──F1超えのダウンフォース制御が拓く未来の走行革命とは

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「天井を走れる」EV誕生? アクション映画が現実に?──F1超えのダウンフォース制御が拓く未来の走行革命とは

映画が現実化

 映画『MIB(メン・イン・ブラック)』には、主人公のスーパーカーがトンネルの天井を走る印象的なシーンがある。あくまでフィクションとして描かれた、非現実的なカーチェイスの一幕だ。しかし、上下逆さまに走る車が、現実に存在するとしたらどうだろうか。画像の「マクマートリー・スピアリング」は、CGやAI生成ではない。実際に行われた走行デモンストレーションの映像である。

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 マクマートリー・オートモーティブは、2016年に英国で設立された新興EVメーカーだ。革新的な構造と性能をもつスーパーカーの開発・製造を手がけている。同社が2022年に発表した1人乗りの電動スポーツカーが「スピアリング」である。2025年4月、スピアリングの性能をアピールするために、上下逆さまの走行を実演した。

 画像だけを見ると、車体が天井に固定されているようにも見える。だが、公開された動画では、天井のボード上をスピアリングが前後に自走している様子が確認できる。同社の公式映像によれば、スピアリングは屋外に設置された回転台の上に自力で乗り込み、そのまま逆さまの状態で走行を開始する。

 注目すべきは、吸着装置などに頼らず、車両の空力性能と機構のみで“天井走行”を実現している点だ。あまりに非現実的な光景に、筆者(青弓茂、自動車ライター)も最初は目を疑ったほどである。

F1が生んだ重力超越の力

 クルマは上下逆さまでも走行できるのか?──この問いはかつて真剣に議論されたことがある。なかでも、F1マシンなら天井を走れるという都市伝説は、モータースポーツ界隈で長く語り継がれてきた。この議論に欠かせないのが

「ダウンフォース」

という概念だ。ダウンフォースとは、車体を地面に押しつける空力による力を指す。

 F1マシンのようなレーシングカーは、高速走行時の空気抵抗を減らすため、流線型のフォルムを持つ。ただし、この形状は飛行機の翼と同じく、車体を浮き上がらせる作用を生む。そこで浮き上がりを防ぎ、地面に押しつけるために必要なのがダウンフォースだ。

 レーシングカーは、車体前後のウイングや車体下部の空力効果を使ってダウンフォースを発生させる。初期のF1マシンでは補助的な役割に過ぎなかったが、高速化と安定性の向上にともない、ダウンフォースの重要性は年々高まってきた。

 現在のF1マシンは、車重がわずか800kg程度と軽量だ。一方で、走行スピードによっては車重の2~3倍ものダウンフォースが発生する。これが都市伝説の根拠となった。

「車重以上の力で路面に押しつけられているのなら、逆さまになっても走れるのではないか」

と考えられたのだ。ただし、F1のダウンフォースは速度に比例して高まる性質を持つ。車体と同程度のダウンフォースを発生させるには、少なくとも時速150km以上のスピードが必要となる。仮に天井走行を本気で試みるなら、十分な直線距離を持つトンネルと、危険を覚悟した実験環境が求められる。理論上は可能でも、これまでは誰も実際に試すことはなかった。

 こうした課題に対し、マクマートリー・スピアリングは別のアプローチで挑んだ。そしてついに、理論を実証に変えてみせたのである。

ファンカー技術の集大成

 マクマートリー・スピアリングは、天井走行を実現するために車体を路面(あるいは天井)に強く押しつけている。ただし、それは空力によるダウンフォースではない。スピアリングが発生させているのは

「車体を地面に吸い付ける力」

だ。この車両が注目されたのは、天井走行がきっかけではない。2022年の登場時に話題となったのは、圧倒的な走行性能であった。たとえば、英国グッドウッド・フェスティバルのヒルクライムでは歴代記録を大幅に更新。さらに、一部のサーキットではF1マシンを上回るタイムを叩き出している。

 この性能を支えているのが「ダウンフォース・オン・デマンド」と呼ばれる走行システムだ。車体に搭載されたファンが車体下の空気を吸い出し、下部の気圧を低下させる。これによって車体は路面に吸着するように押しつけられ、強いダウンフォースを得る。

 この仕組みは、かつて「ファンカー」としていくつかのレーシングカーに搭載された実績がある。1960~1970年代には、Can-Amシリーズのシャパラル2JやF1のブラバム・BT46が同様の機構を採用し、圧倒的なパフォーマンスを発揮した。しかし、性能が突出しすぎたため、規則によって使用が制限され、レース界では短命に終わった。

 スピアリングはこの技術をバッテリー電気自動車(BEV)として現代に復活させた。搭載するファンシステムが生み出すダウンフォースは最大2000kgに達する。車重1000kg未満の軽量ボディに対しては十分すぎる力であり、逆さまでも落下しない理屈が成り立つ。

 加えて、同システムは車速に依存しない。静止状態でもダウンフォースを発生できるため、今回の天井走行デモンストレーションにも有効だった。

 さらに、BEVであることも天井走行成功の要因である。電動モーターや電子制御システムは、重力方向が反転しても基本的に影響を受けない。一方、内燃機関車の場合、エンジン内部の構造上、逆さ走行は機械的破損を招く可能性が高い。F1マシンによる天井走行が実現しなかった背景には、この点もある。スピアリングはEV化によってこの物理的ハードルをも克服した。

小さなメーカーだから出来る挑戦

 マクマートリー・オートモーティブは、EVスポーツカーに特化した少数精鋭のメーカーである。小規模であることが、今回のような大胆な挑戦を可能にしたともいえる。

 同社は、サー・デイヴィッド・マクマートリーが、元F1技術者のトーマス・イェーツと共に立ち上げた。公式サイトには、「ダウンフォース技術の限界を押し広げ、比類なき運動性能を実現するハイパーカーを設計する」との記述がある。まさにスピアリングのような車両の実現を前提に設立された企業である。

 創業当初から、同社はファンカー技術を中核に据え、最高の走行性能を追求してきた。完成したスピアリングの圧倒的な速さは、その技術の成果といえる。

 今回の“天井走行”も、本来は「ダウンフォース・オン・デマンド」システムの副産物にすぎない。とはいえ、同社の技術力を象徴する強烈なアピールとなったのは間違いない。

 マクマートリーはこれまで、サーキット向けの試作車のみを開発してきた。量産実績はなかったが、2026年にはスピアリングの量産モデルを100台限定で発売すると発表している。今回のデモンストレーションは、その布石として極めて効果的である。

 もちろん、天井走行は実用性のない技術であり、大手メーカーが手を出す領域ではない。だからこそ、マクマートリーのような挑戦的な企業がそれを実現した意義は大きい。技術史に確かなインパクトを残す出来事となった。

ファンカー技術の発展性

 マクマートリー・スピアリングの中核技術である「ダウンフォース・オン・デマンド」システムには、多くの利点がある。スポーツカーの走行性能を大きく高めるだけでなく、新たな応用にもつながる可能性を秘めている。

 このシステムは、車体やウイングの空力性能に依存せずにダウンフォースを発生できる。そのため、車両設計における自由度が大きく向上する。さらに、走行中にウイングが生む空気抵抗も抑えられるため、総合的な走行性能の向上につながる。

 ファンカー技術には、まだ開発の余地がある。実際、マクマートリー以外にも開発の動きが出ている。F1時代にファンカーを設計したエンジニア、ゴードン・マレーが立ち上げた小規模メーカーもその一例だ。同社は2022年ごろから、ファンを搭載したスポーツカー「T.50」を少数生産している。

 日常使用の乗用車にとっては、スピアリングのような極端な走行性能は不要だ。ただし、ファンによる安定性向上といった技術は実用化が可能である。小型のファンでも効果は十分で、騒音を抑えつつ、走行安定性を高めたり、横転リスクを軽減したりできる。空力パーツでは効果の出にくい低速域でも機能する点も強みだ。

 この技術は、自動車以外の分野にも波及し始めている。たとえば、天井走行技術は下水道点検用ドローンにも応用されている。狭い管内では飛行型ドローンの操縦が難しいが、ファンで天井や壁に押し付けて走行させることで、安定した点検が可能になる。

 2025年1月、埼玉県八潮市で発生した道路陥没事故は、老朽化した下水道管が原因だった。こうしたインフラ事故を未然に防ぐには、点検技術の高度化が欠かせない。天井走行型ドローンのような技術は、いまこそ求められている。(青弓茂(自動車ライター))

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みんなのコメント

14件
  • たかびーと
    >注目すべきは、吸着装置などに頼らず、車両の空力性能と機構のみで“天井走行”を実現している点だ。
    >車体に搭載されたファンが車体下の空気を吸い出し、下部の気圧を低下させる。これによって車体は路面に吸着するように押しつけられ、強いダウンフォースを得る。
    これって吸着装置ではないの?
    この人って「天井走行型ドローン」とか変な使い方をしているんだけど、なんちゃってライターなの?
  • ell************
    なぜ人食い用水路のリンクが...?
※コメントは個人の見解であり、記事提供社と関係はありません。

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