現在位置: carview! > ニュース > 業界ニュース > アマゾン翌日配達「全国展開」は誰のため? 見え隠れする「スピードの呪縛」──なぜ“待てない消費”に飲み込まれるのか

ここから本文です

アマゾン翌日配達「全国展開」は誰のため? 見え隠れする「スピードの呪縛」──なぜ“待てない消費”に飲み込まれるのか

掲載 更新 88
アマゾン翌日配達「全国展開」は誰のため? 見え隠れする「スピードの呪縛」──なぜ“待てない消費”に飲み込まれるのか

過剰最適化する宅配網

 2025年7月1日、Amazonは日本国内に新しく全国6か所のデリバリーステーションと16か所の即日配送拠点を設けることを発表した。これにより、EC物流の仕組みがこれまでにない規模で再編されつつある。

【画像】「えぇぇぇぇ!」 これがトラック運転手の「平均年収」です! 驚きの数字を画像で見る(12枚)

 今回の計画では、23時59分までに受けた注文を、翌日に届ける体制を全国に広げようとしている。物流網をさらに細かく整え、対応の速さを高めることで、日本の宅配市場における影響力を一段と強めようとしている。

 しかし、本当にすべての人が「翌日配送」を求めているのだろうか。

利便幻想が生む供給主導型消費

 多くの消費者は、欲しいものをできるだけ早く手に入れたいと考える。それはごく自然なことのように見える。たしかに、子育て中の家庭や、急に生活必需品が必要になるような状況では、すぐに届くことが重要である。そのようなニーズに対応できる仕組みが整えられること自体を否定する理由はない。

 しかし、日常的に買われる商品――例えば書籍、文具、日用品の多くは、翌日に届かなくても特に問題はない。それにもかかわらず、翌日配送のサービスが当たり前になると、消費者の行動も変わっていく。「急ぎではないが、早く届くならその方がよい」と考えるようになり、即達を前提にした消費が広がっていく。ここには、需要が先にあったのではなく、

「整備された配送インフラに人々の期待が合わせられていく」

という逆転現象がある。

 配送スピードが上がれば上がるほど、人は待つことへの耐性を失っていく。その結果、本来は急がない消費者までもが、急がざるをえない状況に取り込まれていく。もしこれが利便性という名目のもとで進んでいるとすれば、問いが浮かび上がる。

「このスピードは、誰のためのものなのか」
「スピードの呪縛ではないのか」

 Amazonが行う物流への投資には、単に利便性の向上だけでなく、市場再編という意図も含まれている。他のネット通販業者との差を広げ、模倣が困難な配送網を築くことで、消費者を囲い込もうとしている。スピードという優位性を確立すれば、価格や商品の魅力で勝負する小規模な競合は、選ばれにくくなる。

 とりわけ重要なのは、急がない商品に対しても過剰なスピードでの配送が行われた場合である。そのような状況では、他社もそのスピードに追従せざるをえなくなる。たとえ他社が「ゆっくり配送」によって物流コストを削減し、価格を下げようとしても、多くの消費者が翌日配送を当然と考えてしまえば、その戦略は届かなくなる。こうしてスピード競争が進むことで、市場の多様性は失われる。

 本来、配送の速さはサービスのひとつにすぎない。しかし、それが最低限の前提のように扱われるようになると、競争の軸は一方向に偏る。その結果、市場の流動性は損なわれ、支配的な企業の立場はより強くなる。

拡大する即配の副作用

 スピード配送の広がりは、都市の消費者にとって便利になるという話だけでは終わらない。地方都市や過疎地域でも「都会と同じ速さで届くこと」が当然とされれば、物流を支える側は大きな負担を抱えることになる。大量の移動や人手が必要となるからである。過去には、宅配業者の一部で再配達や夜間配送の負荷が限界に達し、社会問題として注目された例もある。

 Amazonはロボット技術や自動の仕分けシステムを導入している。作業を効率化するのが目的である。しかし、運転手や倉庫での作業員が必要なくなるわけではない。むしろ即日や翌日といった厳しい時間制限のなかでは、正確で速い人の作業がより求められる。その結果、物流業界では働き手が足りなくなり、不安定な雇用がさらに広がるおそれがある。

 また、エネルギー効率のよい設備や再生可能エネルギーの導入も進められている。これだけを見ると環境に配慮した取り組みに見える。しかし、実際にはそうとは限らない。配送の回数が増えれば、たとえ一部の車両が電気で動くとしても、全体としての輸送の負担は大きくなる可能性がある。省エネと高速配送は、必ずしも両立しない。

 今のネット通販の仕組みは、

「欲しいときにすぐ買える」

ことを当たり前にした。そして今、すぐ届くことがさらに加速している。この変化を支えているのは、多くの配達員や倉庫で働く人々、そして夜間も動き続ける物流のしくみである。

 だが、こうした人々の働きは十分に見えているだろうか。正しく評価されているだろうか。スピードばかりが強調され、その裏にある苦労が見えなくなっているのなら、その利便性のあり方を見直す必要がある。

 消費者にも選ぶ余地はある。例えば

「配達は3日後でよい」

とあらかじめ設定しておけば、急ぎではない人の存在がはっきりと見えるようになる。こうした多様なニーズが見えるようになれば、物流のしくみも調整できる可能性がある。

配送競争が生む依存構造

 配送の高速化は、消費者にとって好ましい進化であることは確かだ。ただし、それが

「唯一の正解」

として扱われるとき、他の課題が見過ごされるおそれがある。ネット通販の便利さは、時間に余裕のある生活を可能にする。一方で、配送の速さに対する無自覚な依存も生み出している。

 今後、物流の仕組みがさらに変化すれば、スピード以外の価値――例えば環境への配慮や、働く人々にとって持続可能な職場環境――がどれだけ大切にされるかが問われる。その中で、すぐ届くことの意味を改めて考え、「あえて待つこと」を選べる社会のあり方が注目される。

 誰もが急がされない社会をつくること。それこそが、これからの経済を支える新たな基盤となる。(猫柳蓮(フリーライター))

文:Merkmal 猫柳蓮(フリーライター)

関連タグ

【キャンペーン】第2・4金土日は7円/L引き!ガソリン・軽油をお得に給油!(要マイカー登録&特定情報の入力)

こんな記事も読まれています

BYD「軽EV」参入の衝撃――絶対王者「N-BOX」は安泰か? 価格破壊を超えた戦略に日本勢は本当に対抗できるのか
BYD「軽EV」参入の衝撃――絶対王者「N-BOX」は安泰か? 価格破壊を超えた戦略に日本勢は本当に対抗できるのか
Merkmal
日産「追浜工場」は生き残れるか? 鴻海EV協業で問われる「完成車メーカー」の定義
日産「追浜工場」は生き残れるか? 鴻海EV協業で問われる「完成車メーカー」の定義
Merkmal
トヨタ「KINTO専用グレード」は成功か失敗か――年間67万台超のカーリース市場、限定戦略」を再考する
トヨタ「KINTO専用グレード」は成功か失敗か――年間67万台超のカーリース市場、限定戦略」を再考する
Merkmal
審査通過率90%以上でも普及せず? 「自社ローン」が“最後の選択肢”に甘んじる根本理由
審査通過率90%以上でも普及せず? 「自社ローン」が“最後の選択肢”に甘んじる根本理由
Merkmal
9000億円の再開発は誰のため? 築地プロジェクトが抱える「70年固定」という呪縛――「計画ありき」で失われる都市の“余白”とは
9000億円の再開発は誰のため? 築地プロジェクトが抱える「70年固定」という呪縛――「計画ありき」で失われる都市の“余白”とは
Merkmal
トヨタは「新車依存」を捨てた? 既販1.5億台から収益2兆円の「バリューチェーン戦略」、自動車産業の何が変わるのか
トヨタは「新車依存」を捨てた? 既販1.5億台から収益2兆円の「バリューチェーン戦略」、自動車産業の何が変わるのか
Merkmal
日産・ホンダは再び手を組むのか? 米国での「ピックアップOEM供給」が示す「脱・自前主義」という経済合理性
日産・ホンダは再び手を組むのか? 米国での「ピックアップOEM供給」が示す「脱・自前主義」という経済合理性
Merkmal
ホンダはなぜ「大型EV」を捨てたのか? 北米「11万台の壁」と25%関税――三重苦からの再編戦略とは
ホンダはなぜ「大型EV」を捨てたのか? 北米「11万台の壁」と25%関税――三重苦からの再編戦略とは
Merkmal
「空飛ぶクルマ」のニュースが出るたびに、「クルマと呼ぶな!」という的外れな意見が繰り返される理由
「空飛ぶクルマ」のニュースが出るたびに、「クルマと呼ぶな!」という的外れな意見が繰り返される理由
Merkmal
日産はなぜ「メイド・イン・チャイナ」に賭けるのか? EV「N7」の可能性と「グローバル拠点化」へ挑む28年間、大勝負の行方どうなる
日産はなぜ「メイド・イン・チャイナ」に賭けるのか? EV「N7」の可能性と「グローバル拠点化」へ挑む28年間、大勝負の行方どうなる
Merkmal
「バス = 不便」は日本だけ? 世界ではバス専用レーン増加中、日本だけ逆行──公共交通の異常問題とは
「バス = 不便」は日本だけ? 世界ではバス専用レーン増加中、日本だけ逆行──公共交通の異常問題とは
Merkmal
「中古車が高くて買えない」 輸出1.5兆円市場の功罪──需給の再設計は可能か?
「中古車が高くて買えない」 輸出1.5兆円市場の功罪──需給の再設計は可能か?
Merkmal
「渋滞ゼロ」は幻想か? AI交通の未来と限界を考える
「渋滞ゼロ」は幻想か? AI交通の未来と限界を考える
Merkmal
「外免切替」厳格化の衝撃──インバウンドの「自走」を封じる警察庁の新方針とは? 日本の移動インフラ管理の限界を考える
「外免切替」厳格化の衝撃──インバウンドの「自走」を封じる警察庁の新方針とは? 日本の移動インフラ管理の限界を考える
Merkmal
スズキ初のEVが日本の「EV戦略」を変える? インド発eビターラ、トヨタ協業と1.2兆円投資の勝算とは
スズキ初のEVが日本の「EV戦略」を変える? インド発eビターラ、トヨタ協業と1.2兆円投資の勝算とは
Merkmal
「絶海の孤島」だったお台場が、大人気観光地に変貌した根本理由
「絶海の孤島」だったお台場が、大人気観光地に変貌した根本理由
Merkmal
AIが自動車を「人間化」? テスラ・ウェイモ・トヨタが挑む自動運転2.0──手信号も読む“考えるクルマ”の正体
AIが自動車を「人間化」? テスラ・ウェイモ・トヨタが挑む自動運転2.0──手信号も読む“考えるクルマ”の正体
Merkmal
税関はここまで見ている! 500万円級中古車の「不正輸出」が即バレする理由
税関はここまで見ている! 500万円級中古車の「不正輸出」が即バレする理由
Merkmal

みんなのコメント

88件
  • tanu0513
    別に急いでないけどな…Amazonが勝手に早くもってくるだけ。
  • cha********
    自分も別に急いでないです。当日とか言って夜に置いていかなくてもいいですよ。急ぐ人は別料金にしたらどうでしょう。商品の9割は数日後で構わないものばかりです。Amazonもなんでそんなに慌ててるんでしょう?
※コメントは個人の見解であり、記事提供社と関係はありません。

査定を依頼する

メーカー
モデル
年式
走行距離

おすすめのニュース

愛車管理はマイカーページで!

登録してお得なクーポンを獲得しよう

マイカー登録をする

おすすめのニュース

おすすめをもっと見る

あなたにおすすめのサービス

メーカー
モデル
年式
走行距離

新車見積りサービス

店舗に行かずにお家でカンタン新車見積り。まずはネットで地域や希望車種を入力!

新車見積りサービス
都道府県
市区町村