「伝説の名車」と呼ばれるクルマがある。時の流れとともに、その真の姿は徐々に曖昧になり、靄(もや)がかかって実像が見えにくくなる。ゆえに伝説は、より伝説と化していく。
そんな伝説の名車の真実と、現在のありようを明らかにしていくのが、この連載の目的だ。ベテラン自動車評論家の清水草一が、往時の体験を振り返りながら、その魅力を語る。
「明治維新前」のベスト・クラウンはどれ? 俺に言わせればコイツだぜ! 14代目クラウンマジェスタの魅力と知られざる真実
文/清水草一
写真/トヨタ
■壮大なクラウンの歴史を眺めてわかること!
新型クラウンが、猛烈に話題を集めている。
「次のクラウンはSUVになる」という報道を目にした時は、「信じられない」「クラウンをSUVにするくらいなら、いっそ消滅させるべきだ!」と思ったが、フタを開ければ「クラウン クロスオーバー」は、見たことのない、不思議なカッコよさを持っていた。
今後1年半以内に順次登場する予定の「スポーツ」「エステート」も、斬新で素敵じゃないか! 「セダン」はセダンだけに最も保守的だが、決して悪くない。
トヨタ様に脱帽である。ここまで変身すると、「クラウン」という名門のプレッシャーも感じないし、完全に新しい、カッコいいクルマとして受け入れられる。豊田章男社長のおっしゃるとおり、クラウンの明治維新である。
グローバルモデルとなった新型(16代目)クラウンは、従来どおりのセダン(写真)だけでなく、クロスオーバー(SUV)、スポーツ(ハッチバック)、エステート(ワゴン)の4モデルを設定する
では、クラウンの15代にわたる江戸時代が暗黒だったかといえば、そんなことはない。なにしろクラウンは初の国産乗用車。徳川家康どころか、アマテラスオオミカミみたいなものだ。
が、カーマニア的見地に立つと、少なくとも私が乗った経験のある5代目以降、ほとんどのクラウンは「暗黒」だった。それは、ぶわんぶわんにソフトな足まわりと、「昭和の応接間」的なダサい内装を持つ、超絶おっさん臭いセダンであり続けた。
徳大寺有恒巨匠の『間違いだらけのクルマ選び(1984年版)』は、7代目クラウンを「日本の交通事情が育てた奇型的高級車」と評している。クラウンは、メルセデスやBMWなど、アウトバーンで鍛えられたドイツ製高級車とは対極の存在で、カーマニアにとっては、「古き悪しきニッポンの象徴」であり続けた。
しかし、2003年に登場した12代目クラウン、通称「ゼロクラウン」以降は、カーマニア目線でも、かなりまともなクルマになった。それと引き換えに、やたらソフトな足まわりなど、かつてのクラウンらしさは大幅に失われたが、かなりしっかり走るようになり、デザインもスポーティに変身した。このゼロクラウン、徳川幕府で言えば、『暴れん坊将軍』吉宗にあたるだろう。
■筆者が選ぶ”ベスト・クラウン”は!?
では、ゼロクラウン以降、まともになった江戸時代のクラウンの中で、最大の名車はどれか? 私は、2012年に登場した14代目を推す。キャッチコピーは「CROWN Re BORN」だったが、あえて愛称をつければ、アスリート系のグリル形状から「イナズマクラウン」でしょうか?
2012年12月に登場した12代目モデルは、クラウンらしい乗り心地や静粛性にこだわって開発された。当初はロイヤルサルーンとアスリート(写真)がラインナップされた
12代目「ゼロクラウン」は、デザインも走りもスポーティだったが、スポーティに振ろうとしたあまり、サスペンションがしなやかに動かず、乗り心地の面で物足りなさがあった。13代目はその反省から、かなりソフトな乗り心地に戻ったが、デザインもおっさん系に退化した。
そして14代目は、走りのバランスがクラウン史上ベストだった。クラウンらしい、ふわっとした感覚を保ちながら、適度に接地感があり、ステアリングを切れば、それなりにしっかり曲がってくれる。このあたりは好みの問題だが、「クラウン」という車名に期待されるものを8割満たしつつ、ドイツ車的な走りもまあまあイケる、というイメージである。
デザイン面では、アスリート系に前述の「イナズマグリル」を採用し、大胆なチャレンジを行っている。このイナズマグリルは大いに物議をかもし、「気持ち悪い」とか「どうしても受け入れられない」という声も多数あったが、見れば見るほど味が出るデザインで、私はすぐに引き込まれた。イナズマグリルは、レクサスのスピンドグルリルとともに、トヨタのデザイン革命の象徴だっただけに、一代限りで消滅したのは惜しい。
そして、この14代目クラウンの中で最も素晴らしかったのは、約1年遅れて追加されたクラウン・マジェスタだ。
それまでマジェスタは、車名に「クラウン」はつくものの、クラウンとは独立したモデルだった。ところがこの14代目は、クラウンのロングホイールベース版(75ミリ延長)に変身。一種の縮小統合だったが、しかしその走りは、究極のクラウンと呼ぶにふさわしいものだった。
■マジェスタの情緒たっぷりな乗り心地
マジェスタのみ、ベースのクラウンから遅れて、2013年9月に発売開始。14代目モデルの最上級グレードという位置付けで、基本性能を高め、さまざまな先進装備が搭載された
14代目クラウン・マジェスタは、「ロイヤル」をベースにしていたため、イナズマグリルではなく「象さんグリル」を装着している。ただし、クラウンロイヤルのグリルが横桟なのに対して、マジェスタは縦桟。その顔は、どことなくシロナガスクジラを思わせた。横から見ると、ロングホイールベースだけあって、見た目の印象はリムジン的に伸びやかだ。まさにシロナガスクジラ。
このマジェスタ、それまでのマジェスタにあったV8エンジンや縦型リアコンビネーションランプ、エアサスペンション、本木目パネルを廃止し、リアシートの冷温庫などのオプションも消滅。ゴージャス感は大幅に削がれている。
しかし、クラウンのバリエーションとして見ると、乗り味は絶品そのものだった。パワーユニットは、レクサスGS450hと共通の3.5L V6ハイブリッド。それまでのV8に比べると一見物足りなく思えるが、実際には、スムーズさでもパワー/トルクでも、V8に引けを取らなかった。もちろん燃費は段違い(JC08で18.2km/L)である。
そして、何よりも素晴らしかったのが、ウットリするような乗り心地だ。それは、クラウン的なフンワリの極致でありながら、深いロールは抑えられ、ハンドリングにも妥協していなかった。ステアリングフィールは蕩けるように甘美。ねっとりまとわりつくように切れるが、レスポンスは適度にシャープという、相反する要素を実現していた。
これぞ究極のクラウン・ワールド! 私は首都高を流しながら、「クラウンもここまで来たか……」と、深い感銘に打たれた。
続いて登場した15代目は、ニュルブルクリンクで走りを鍛えるなど、ドイツ車のコピー路線に向かいながら、結局そっちではドイツ車とは勝負にならず、クラウンらしさも大幅に失っていた。もう一度「ゼロクラウン」を作っても、そこにバリューはなかった。
14代目クラウン・マジェスタ。これこそが、全15代にわたる「江戸時代のクラウン」中、ベストの名車であると認定したい。
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