■オールラウンダーのスポーツ性能をじっくり堪能
ヤマハのスポーツネイキッド「MT-09」から派生したスポーツツアラーが「TRACER(トレーサー)」です。「MT-09トレーサー」(2015年)、「トレーサー」「トレーサーGT」(2018年)と進化してきたわけですが、2021年型でフルモデルチェンジを受け「TRACER9 GT(トレーサー・ナイン・ジーティー)」としてデビュー。その試乗会がクローズドコースで開催されました。
ヤマハ「MT-09 SP」2021年モデル公開 「R1M」譲りのカラーリングと専用装備でスポーティさを向上
新型の開発にあたり「Multirole Fighter of the Motorcycle」というコンセプトが掲げられたそうです。「多目的戦闘機のバイク版」と訳すとなにやら物騒ですが、要するに1台で何にでも使えるオールラウンダーに仕立てられていることを意味し、「スポーツにもツーリングにもアドベンチャーにもどうぞ」というわけです。
それゆえ、機能はほとんど“全部載せ”状態です。大型スクリーンとシート、ハンドル、ステップはいずれも高さ調整が可能なほか、グリップヒーター(10段階という執念めいた調整幅がユニーク)、コーナリングライト、クルーズコントロール、クイックシフター(シフトアップにもダウンにも対応)、ダンパー内蔵のサイドケース用ステーなどを標準装備。購入時に必要なオプションは、ETC車載器くらいでしょう。
シート高は810mm(従来モデル比で40mmも低い)と825mmに切り換えることができ、アドベンチャーモデルとしては高くありません。そのぶん、ひざが窮屈になるわけでもなく、ライディングポジションは快適そのもの。シート座面には適度な張りがあり、座り心地も上々です。
またがった時に目に飛び込んでくる風景は、従来モデルとまるで違います。3.5インチのフルカラーTFTディスプレイが左右に独立して配置され、コックピットという表現にふさわし意匠を実現。戦闘機っぽさにあふれ、メカ好きならグッとくるポイントに違いありません。
トルクフルな水冷4ストローク直列3気筒エンジンは、従来型の846ccから888ccに排気量が引き上げられ、120PS/10000rpmの最高出力と9.5kgf・m/7000rpmの最大トルクを得ています。車重は「MT-09」より30kgほど重くなっているものの、それがフロントまわりの接地感や直進安定性に貢献。男性の平均体格なら取り回しや引き起こしも不安なく行なえるはずです。
電子デバイスもほぼ全部載せ状態と言ってよく、これ以上の制御を求めるユーザーはそれほどいないでしょう。D-MODEと呼ばれるエンジンモードには4パターンが設定され、数字が大きくなるほど、マイルドなキャラクターに変化。それとは別に「トラクションコントロールシステム」、「スライドコントロールシステム」、「リフトコントロールシステム(ウィリーコントロール)」も機能し、車体のスタビリティが保たれているのです。
また、この新型から採用されているのが前後の電子制御サスペンションです。KYB製のそれは車体姿勢を検知するIMUと連動し、減衰力を自動的に最適化してくれるシステムです。スポーティな走りに対応する「A1」と、快適性を優先した「A2」の2パターンが用意され、路面状況や好みよって簡単に切り換えることができるのです。
今回の試乗は公道ではなかったため、荒れた路面を通過するようなシチュエーションはありませんでした。とはいえ、急激な減速や素早い切り返しでも適切なストローク感が保たれ、「A1」でもいたずらに硬くなることはありません。この日、併せて試乗した「MT-09 SP」よりは硬質ながら、突き上げの余韻を残すことなくショックを素早く吸収。シャキッとメリハリを効かせた動きは、ロングツーリングで距離が伸びれば伸びるほど、有難く感じるのではないでしょうか。
基本的にはスポーツツアラー、もしくはアドベンチャーではありますが、純正装着されるブリヂストンの専用タイヤ「T32」はアスファルト上でかなりのグリップ力を発揮し、スーパースポーツさながらの深いバンク角にも対応。それでいてハンドリングは軽快ですから、サイドケースに荷物を満載したまま、ワインディングをスポーティに駆け抜けるような使い方にも応えてくれるはずです。
日本人の体格と日本の道路事情に添った車体サイズに収まり、それでいて必要な機能のほとんどを網羅している「トレーサー9 GT」は、確かにオールラウンダーとしての高い資質を備えています。価格も含め、価値ある選択になるのではないでしょうか。
※ ※ ※
ヤマハ「TRACER9 GT」の発売日は2021年7月28日、車体価格(消費税10%込み)は145万2000円です。
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