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起こるべくして起きたマクラーレンの同士討ち。映画『F1』の高すぎる没入度と初体験の字幕監修【中野信治のF1分析/第10戦】

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起こるべくして起きたマクラーレンの同士討ち。映画『F1』の高すぎる没入度と初体験の字幕監修【中野信治のF1分析/第10戦】

 ジル・ビルヌーブ・サーキットを舞台に開催された2025年F1第10戦カナダGPは、ジョージ・ラッセル(メルセデス)がポール・トゥ・ウインで今季初/自身通算4勝目を飾りました。

 今回は、ついに起きてしまったマクラーレンの同士討ち、アンドレア・キミ・アントネッリ(メルセデス)の初表彰台登壇、そして映画『F1/エフワン』日本語版字幕の監修を担当したことについて、元F1ドライバーでホンダの若手ドライバー育成を担当する中野信治氏が独自の視点で綴ります。

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 予選でミディアムタイヤ(イエロー/C5)を履いてポールポジションを獲得したラッセルが首位を守ったまま今季初優勝を飾ったカナダGPは、レース終盤に起きたマクラーレンのランド・ノリスによるオスカー・ピアストリへの追突が大きなトピックスとなりました。

 私はあのアクシデントについては起こるべくして起きたという印象です。終盤ノリスは4番手ピアストリの背後に迫ると、66周目のヘアピン(ターン10)でピアストリのインに飛び込み前に出ました。ただ、ピアストリはラインをクロスさせて、続く緩やかな右コーナーのターン11で前に出ますが、バックストレートではトウ(スリップストリーム)を使ったノリスがわずかに前に出ていました(編註:2台の前にアントネッリがいたため、2台ともにDRSを使えた)。

 そうして、左側にノリス、右側にピアストリという位置取りでシケイン(ターン13~14)へのブレーキング勝負を迎えると、ピアストリが素晴らしいブレーキングでノリスの行手を阻みました。シケインひとつめのターン13は右コーナーですので、右側にいるピアストリは不利なポジションでした。ブレーキングを遅らせて、本当に減速仕切れるのかと思うほどでしたが、ピアストリはしっかりと減速しきり、タイトなラインながらターン14の出口できっちりとトラクションをかけて立ち上がりも加速してポジションを守りました。

 ピアストリのターン14の立ち上がりの加速が鈍ければ、ノリスがラインをクロスさせてホームストレートで再び前に出ていたと思います。ただ、ピアストリはシケインのターンインも立ち上がりも完璧にまとめ、対するノリスはピアストリに比べればベストなレコードラインを走れたのにも関わらず、ターン14の立ち上がりでミスがあり、理想的な立ち上がり加速ではありませんでした。

 ただターン14からホームストレートもDRS区間なので、ノリスはピアストリのトウを使いつつ、加速を伸ばすことはできました。それが結果的に同士討ちというアクシデントに繋がります。ノリスはピアストリとのバトルの最中、冷静さを失っていましたね。ピアストリが見せた完璧なターン13でのブレーキングは、ノリスのイライラが最高潮に達する要因としては十分だったのかもしれません。冷静な考えを持っていれば、あのようなアクシデントは起きません。

 ジル・ビルヌーブ・サーキットのホームストレートは途中から右に曲がって、左コーナーのターン1を迎えるというレイアウトです。そのため、アクシデントが起きる寸前に先行するピアストリがわずかに右に動くそぶりがありました。それに対しノリスが『左が開くかな?』と楽観視した結果、左側にスペースは残されておらず。ノリスのフロントウイングがピアストリのリヤと接触し、ノリスはそのままウォールにヒットしてレースを終えることになりました。

 シンプルに、ノリスが冷静であれば避けることができたアクシデントでした。それはノリス本人が痛いほどわかっていることでもあるでしょう。だからこそ、ノリスはメディアペンで取材を受けているピアストリに直接謝罪しています(メディアペン:表彰式登壇ドライバー以外が決勝を終えてパルクフェルメを出た直後、メディアの取材に応える場所/メディアミックスゾーンと呼ぶレースカテゴリーもある)。それに、もし謝罪しなければノリスは自分の立場を追い込んでしまうことにも繋がりますから、すぐにピアストリ、そしてチームに対し自分の非を認めたノリスのアクションは正しかったと思います。

 この経験を経て、ノリスには吹っ切れてくれたらいいなと私は思います。今回のアクシデントはノリスにとって、恥ずかしい出来事ではあったと思います。ただ、これくらい大きな出来事がなければ人間は変わることができません。今回のアクシデントが、今後ノリスが激しい戦いのなかでも冷静さを保ち続けるように変わるきっかけとなれば、鋼のメンタルの持ち主であるピアストリとのチャンピオンシップ争いはもっと面白くなると思います。


■ピアストリに似て、メンタル面で波がないアントネッリ

 そして、今回のカナダGPではアントネッリがF1初表彰台獲得となる3位に入賞しました。4番グリッドスタートから序盤にピアストリをオーバーテイク。その後もピアストリを背後に従えて、大きなプレッシャーを受け続けながらもミスなく、3位を守り切る大仕事を成し遂げました。

 スピードの部分でチームメイトのラッセルに届かない部分は残るものの、彼はまだ18歳。それにアントネッリはピアストリに似ていてメンタル面で波がなく、そういうドライバーは絶対的に強くなります。この初表彰台をきっかけに、更なる成長も大いに期待できるので、今後も楽しみですね。あと、高校の卒業試験を無事終えることができたのかな、という点は個人的に気になっています(笑)。

 そして角田裕毅(レッドブル)は土曜日からマックス・フェルスタッペン(レッドブル)と同じフロアを装着できましたが、フリー走行3回目はトラブルでほとんど満足に走れず、ぶっつけ気味に迎えた予選で12番手は仕方がないことだと思いますし、むしろあの状況下でよくやったなと思います。決勝はペナルティで18番グリッドからのスタートになり、後方からの追い上げに挑みましたが、抜けそうで抜けないジル・ビルヌーブ・サーキットだけに厳しい戦いでした。

 裕毅はエミリア・ロマーニャGP予選での自身のクラッシュがきっかけで、ここまでフェルスタッペンとは違うマシンでの戦いが続いてしまいましたが、次戦オーストリアGPはFP1から同じマシンとなります。レッドブルの2025年型マシン『RB21』は決して簡単なクルマではなく、裕毅にとっても引き続き学びながらの戦いとなると思います。その学びが実を結ぶことを待ちたいなと思いますね。


■映画『F1/エフワン』日本語版字幕監修で追求したバランス

 さて、ブラッド・ピット主演の映画『F1/エフワン』が6月27日に公開されます。大変嬉しいことに、日本語版の字幕を私が監修させていただきました。字幕の監修は初めての経験ですので、オファーをいただいた際には『自分でいいのかな?』とも思いましたが、新しいことには積極的にチャレンジしていきたいタイプなので、すぐにお受けしました。

 字幕の監修といっても何をするのか、なかなかイメージしにくいかもしれませんね。具体的には映画を観た上で、翻訳家さんが制作した日本語訳を照らし合わせ、ストーリーの流れのなかでその日本語訳が視聴者さんにとってわかりやすいものなのか、そしてレース用語について直訳するべきなのか意訳するべきか。意訳する場合はどこまで意訳するべきなのかを私の方で、細かくチェックさせていただきました。

 同じシーンを何度も見て、登場人物の発する言葉の背景にある感情を汲んだりするなど、かなり長い時間をかけて監修しています。また、最終稿まで何度もチェックを重ねる必要があり、想像以上に大変な作業でした。というのも、この映画はF1やレースを普段観ているF1ファンやレースファン以外の方も観賞されます。

 レースやF1に触れる機会がなかった人たちが、この映画で初めてその世界に触れた際に言葉や用語がわかりやすいようにしつつも、レースファンにとって違和感がありすぎるのもよくないので、そのバランス取りがすごく難しく、相当苦労がありました。ただ、この経験で得た知見も少なくなく、素晴らしい経験をさせていただいたと感じています。

 ぜひ劇場で観ていただき、映画『F1/エフワン』のリアリティ、迫力をまずは感じていただきたいですね。IMAXの大きな画面、優れた音響でこの映画を観ると、没入度合いが半端なく、迫力が今までのクルマ映画とは段違いでした。また、今作にはF1の協力もあってフェルスタッペンや裕毅といった実際のF1ドライバーが少し登場したり、本物のF1の現場が映し出されます。

 普通の映画では体感できない、そして実際のレース観戦では見ることができない部分がこの映画では実現されています。ぜひ、劇場でこの映画の迫力と、製作陣やF1の本気度を感じて頂きたいです。チームワークや組織の大切さ、レースはドライバーひとりでは勝てないというF1やモータースポーツには欠かせない大切なこともストーリーに盛り込まれており、私たちモータースポーツ業界の人間が伝えたいことも織り交ぜながら、しっかりとエンターテイメント性が高い作品です。

 この映画をきっかけに、これからF1やモータースポーツを観てみよう、触れてみようという方が増えたら嬉しいですね。


【プロフィール】中野信治(なかの しんじ)

1971年生まれ、大阪府出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。スーパーGT、スーパーフォーミュラでチームの監督を務め、現在はホンダレーシングスクール鈴鹿(HRS鈴鹿)のカートクラスとフォーミュラクラスにおいてエグゼクティブディレクターとして後進の育成に携わり、インターネット中継DAZNのF1解説を担当。

・公式HP:https://www.c-shinji.com/
・公式Twitter:https://twitter.com/shinjinakano24

[オートスポーツweb 2025年06月21日]

文:AUTOSPORT web
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