この記事をまとめると
■トヨタは2003年から2016年まで北米で「サイオン」ブランドを展開していた
アメリカは「庶民の若者」がスポーツカーに乗りづらい! 高額な「自動車保険」とイマドキの「ハイテク対応」
■「サイオン」は日本車の改造カルチャーを背景に誕生したブランドだった
■低価格と個性でヒットをさせたが市場変化によりトヨタ本体に統合された
若い世代に「トヨタ」をアピールするために誕生した「サイオン」
「Scion」と書いて「サイオン」と呼ぶ。2003年から2016年まで北米を中心に存在した、トヨタのブランドのひとつだ。なぜサイオンは誕生し、そしてなぜ10年ちょっとという自動車ブランドとしては短命で 消滅してしまったのか。
その背景を知るために、時計の針を少し戻そう。
時は1990年代末、場所はカリフォルニア州ロサンゼルス界隈。若い世代の東洋系アメリカ人たちが、「シビック」や「インテグラ」など日本車の中古車を使ったストリートドラッグレースやクルマのドレスアップを楽しむ光景が広がり始めていた。当初は仲間うちの遊びであり、またプライベートパーティだったが、水面下で人気が出てきたため、「ショー」と呼ばれる有料イベントが定期的に開催されるようになった。
当時、そうした場に何度も足を運んだ。非合法な案件も見受けられたが、そうしたアングラな雰囲気が逆に若い世代を刺激し人気が上昇するというサイクルになっていく。また、公道でのストリートドラッグや、集団でのツーリング行為に対して当局の取締りが厳しくなったことを受けて、新たなレース団体を立ち上げてロサンゼルス北部のドラッグレース施設で公式戦が開催されるようになった。
ブームに対して、ホンダの現地法人であるアメリカンホンダは「あくまでもアフターマーケットでのブームであり、メーカーとしては直接的に関与しない」という姿勢を貫いていた。
こうした日本車の改造車ブームの様子をドキュメンタリータッチで描いたのが映画「The Fast and Furious(邦題:ワイルドスピード)」だ。その後、同作はシリーズ化され現在に至るわけだが、初作公開の時点でじつはアメリカでの日本車改造車ブームは急激に下降していた。
そうした過度なブームの終焉をビジネスとして好機だと判断したトヨタのアメリカ法人が、トヨタ車の若い世代に対するアピール方法のひとつとして「サイオン」を企画したというわけだ。
ただし、レクサスのように独自店舗は設けず、既存のトヨタ販売店と隣接しており、またはトヨタ店舗内にサイオンコーナーを設けるといった、簡易的な対応を試みた。
モデルとして「xA(istベース)」、「xB(bBベース」、「tC」などをラインアップすると、リーズナブルな価格設定であったことから若い世代以外の幅広い層で受けた。また「86」を「FR-S」として導入。
だが、北米の変化に伴いサイオンの存在価値の再構築が必要となり、サイオンブランドはトヨタブランドに吸収されることで消滅した。
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