欧州車のほうが疲れないというユーザーは多い
とかくドライブのあと、その疲労を簡単にシートのせいにしがちである。もちろん、シートのクッションやスプリングは大切で、その性能が疲労度をも左右する。しかし、仮にシート設計が疲労度を軽減する解決策のすべてならば、日本で、日本人が乗って走るには国産車のシートがベストであるべきだと言えるだろう。
高齢ドライバーの安全には「シート選び」が大切だった! 形状だけでなく「素材」も要チェック
また、コンピュータが設計をリードするのが当たり前の時代である。つまり、どこの国のどんなメーカーのシートも、ある程度までは同じような性能になるはずだ。それでも欧州車のシートが優れているという人は多い。一体どこが違うのかにスポットを当て、まずその理由の概要を、次いでメルセデス・ベンツを例にとって具体的に紹介する。
欧州車のシートは何故疲れないのか?
欧州にはクルマの先輩である馬車があり、乗り物の歴史において一日の長があると言える。さらに、古くから高速道路を完備し、人々の長距離旅行の経験も豊富だ。つまり、歴史と経験との差、加えて椅子生活の文化がある。それを基本にしたセンスのある味付けこそが、シートの性能を左右する。「欧州車のシートは疲れない」と日本で評価されているとすれば、日本人もなかなか「違いのわかるドライブ通」になってきた証拠だと言える。
ある年配の先輩は学生のころ、トラックの裸のシャーシをボディ工場に陸送するアルバイトをされていた。曰く、「プロのドライバーは、ミカン箱を運転席のシート代わりに置いていたが、それではやたらと身体が飛び跳ねた。そこで、古タイヤからチューブを抜き出して敷いてみると、案外これが良かった。でも、風の抵抗、振動、騒音は強烈だったよ!」。そこで言えることは、シートだけでクルマの乗り心地は語れない。
基本的にクルマの設計は、第一にシャーシ、フレームなどの基礎がしっかりして、それにシート、サスペンション、タイヤがうまく配置されて機能しなければならないと言える。クルマを走らせるには、「全体のバランス」がうまくとれていることが重要である。
よく、ホールドの優れたレカロ社のシートをデスク用に改造したモデルを仕事で使っている例を見受けられる。筆者は、度々そのシートに座らせてもらって長話をした経験があるが、返って身体をしっかり支え過ぎて自由に見動きが取れず、どうも窮屈であったと感じとったのは筆者だけだろうか。クルマ用シートは、やっぱりクルマに装着して初めて性能を発揮すると言える。つまり、欧州車が疲れないのは、シートの味付けの良さもさることながら、ロングドライブに乗員の快適な乗り心地を保持する様、クルマ全体のバランスが優れているからだ。
これらを踏まえた上で、筆者が「ロングドライブ時に疲れを少なくするチェックポント」挙げてみると次の通りである。まず、ドライバーはシート、ハンドル、ペダルの配置をはじめとする快適なドライビングポジションを得て、各種操作が自然にできるのか? 身体とシートの接し心地が爽やかであるのか? 室内の温度、湿度、換気が快適であるのか? そして、いつでも簡単に身動きが出来るのか? この4つだ。
メルセデス・ベンツの疲れないシート設計
昔からメルセデス・ベンツのエンジニアたちは、適度な硬さのシートに正しく座らせることが、「シート設計」語録として語り継がれている。シート自体もメルセデス・ベンツは人間工学(エルゴノミクス)に限らず、生理学、心理学を取り入れ、人間を中心に安全設計している。
正しく座る設計
室内空間の寸法の中心は何と言ってもやや高めにセットしたシート。この高めのシート位置と広くて優れた視界が、メルセデス・ベンツでは安全運転に不可欠だと考えている。しかも室内空間を設計する重要なポイントは人間を最優先し、この室内空間を決める際、メルセデス・ベンツのエンジニアたちは「95%の男性」と「5%の女性」を重視。95%の男性とは100人中5番目に背の高い男性で、5%の女性とは100人中5番目に背の低い女性を意味している。つまり、このふたつのデーターを基に最高と最低の寸法を割り出している。
さらに身体の上下運動のデータなどを加え、「ドライバーの腰部」を最重要ポイントとしてシートを設計。解剖学的にドライバーの背中をシートに密着させ、「正しい姿勢」で座ることを最重要視している。
適度な硬さのシート
以前から、メルセデス・ベンツのシートは硬すぎるとよく言われている。しかし、メルセデス・ベンツエンジニアたちのシート設計からすれば、メルセデス・ベンツのシートの硬さと一般のシートを比べた場合、一般のシートが柔らかすぎるのだ。
よく姿勢の悪い人は疲れやすいと言われている。その理由は内臓が圧迫されているからだ。と言えば、筆者も含めすぐピンと背筋を伸ばして正しい姿勢に座り直す。意外と長く座っていられるものだ。これはつまり、内臓に負担が掛かっていないからで、あとは筋肉が慣れていく。
確かにメルセデス・ベンツのシートは硬めだ。しかし、硬すぎることはない。しかも、人の乗り降りを想定して、機械でシ-トの耐久テストを実施している。反対に座面や背もたれが柔らか過ぎるシートは、まず身体が沈み込みしっかりと安定しない。応接間の柔らかいソファが良い例である。
ところで人間には「自律神経」というものが働き、つねに正しい姿勢に戻そうと自然と神経を使っている。姿勢がいったん崩れると、修正するのにかなりの力を必要とする。この微妙な動作が続くと疲労が早まり蓄積する。
これに対し、適度な硬さに設計したメルセデス・ベンツのシートは、身体が安定して姿勢が一定に保たれ疲れにくい。しかもシート自体のホールド性も良い。ドライバーはもちろん、家族がロングドライブで疲れを感じたときには、ぜひもう一度、深く座り直してみるといい。そしてシートの形状にすんなり身体を預けてみる。そのときこそ、メルセデス・ベンツのシート本来の実力が発揮されるのがよくわかる。つまり、シート自体が適度な硬さなのでクルマの動きに合わせて少しずつ身体が自然移動し、「血液の循環」も良くなりロングドライブでも疲れなく安全だ。
呼吸するメルセデス・ベンツのシート
乗馬をされる方は周知の通りだと思う。手綱をぎゅっと握り締めて走っていると手に汗をかく。馬の「たてがみ」で手をさっと拭くと汗がよく取れる。当初、メルセデス・ベンツのシートはスプリングやパッドの間に動物の毛(馬の毛から豚の毛)を採用し、各層が目詰まりをしないように造られていた。その後、ヤシの実の繊維を採用し、今では環境の問題からウレタンスポンジでシートが構成されている。一部C/E/Sクラスではシートベンチレーターを装備し、ファンで除湿もできる(モデルにより異なる)。
本来、メルセデス・ベンツのシートは各層の材質が重なり合っても目詰まりを起こさない構造になっている。しかもシートのなかの空気循環を良くし、身体の汗と湿気をうまく吸収し発散。そのためロングドライブしても疲労が少なく、フレッシュな気分でドライブできるとよく言われる。このことが「メルセデス・ベンツのシートが呼吸」している理由だ。
疲れないペダルを踏む角度は120度
ドライバーズシートに座って、ペダルを踏む最適な角度を見出してみよう。しかし、意外とわからないものだ。メルセデス・ベンツではドライバーの膝の曲がる角度を120度になるよう設計し、疲れないもっともペダルを踏みやすい角度としている。座る面が膝の裏まで長いと「血液の循環」が圧迫され好ましくないからだ。とくにロングドライブの場合、血液の循環は重要である。
しかし、このメルセデス・ベンツのシート設計の話はすでに古い話かもしれない。現代では、すべてがコンピュータ設計へと進化し、快適で安全性の高い革新技術が開発されている。その意味でもメルセデス・ベンツのシートはエンジニアたちが如何にして人間を中心に設計してきたのか、そして語り継いできたかを言い表している。
メルセデス・ベンツの名句「シャーシはエンジンよりも速く」
ロングドライブで疲れないのは、シートだけが理由ではない。メルセデス・ベンツのエンジニアたちがつねに心に打ち込んできた名句、「シャーシはエンジンよりも速く」が語り継がれている。つまり、「走る・曲がる・止まる」という自動車の基本性能を永年に亘り研究と開発を重ね、メルセデス・ベンツのエンジニアたちが到達した独自の走行安全設計哲学だ。
バランスが取れた走行安全性
メルセデス・ベンツの走行安全性は、ひと言で言えば、「シャーシはエンジンよりも速く」の設計哲学。メルセデス・ベンツがいう高性能車とは、ただ単にエンジンパワーが強すぎてコントロールの難しいクルマではなく、バランスのとれたクルマ。つまり、エンジン性能をフルに発揮し最高速度で走っても、シャーシを構成するサスペンション、ステアリング、ブレーキ、タイヤなどすべての要素は十分余裕を持たせた設計をし、つねに誰にでもコントロールできるクルマであるということを第1条件としている。
「走る性能・曲がる性能・止まる性能」がそれぞれ確実に効果を発揮するバランスの取れたクルマ、言い換えればクルマと人間がうまくマッチした「トータルセーフティ・ファッション」だ。
ポルシェには「ポルシェを着る」と言う言葉がある。一度思う存分ポルシェを裸にすれば、目に見えない隠れた所まで美しい仕上げと塗装が入念に施してあると言われている。メルセデス・ベンツは強いて言えば、「メルセデス・ベンツを履く」。ハンドルを握りドライビングしなければ、つまり、履いてみなければメルセデス・ベンツの安全な運転のしやすさは理解できないだろう。「リヤシートに座っているだけでは到底その真価が解らない」。これはベテランのSクラスオーナーの名言だ。
走る・曲がる・止まる性能は誰にでもコントロールできる
筆者は1972年に見せられたメルセデス・ベンツの「セーフティ・ファースト」というフィルムに、次の印象的なシーンを今も鮮明に記憶している。当時のダイムラー・ベンツ社トレーニング資料で、今となっては貴重な16mmフィルムだ。
1:1台のメルセデス・ベンツが2車線の道路を高速でぶっ飛んで走ってくる。2:突然、大型トラックが脇道から飛び出してくる。3:メルセデス・ベンツはとっさにブレーキを踏み、急ハンドルを切って隣の車線に逃れる。4:しかし、もう目前には対向車が迫ってきている。5:正面衝突の危険を避けるために、またしてもハンドルを急に切って元の車線に走り込む。
メルセデス・ベンツは、この複雑な「走る・曲がる・止まる」操作を腕の良いテストドライバーではなく、誰にでも簡単にコントロールできるよう独自に設計している。
乗用車からバス・トラックまで徹底的に走り込んで開発
筆者は現役セールス時代、ユーザーからメルセデス・ベンツは「まるでレールの上を走る」ように、思った通り「走り・曲がり・止まる」とよく言われた。つまり、思い描いた通りコーナリングができ、ブレーキは踏力に応じて利き、狙い通りの個所でピタリと停止できる。しかも高速になるほど、足まわりが路面に吸い付き安定すると……。
そこで、この意味することは何であるかをよく考えると、まずメルセデス・ベンツの足まわりは「シャーシはエンジンよりも速く」の通り、長い伝統と経験を基にその硬さ、ステアリング、ブレーキ、タイヤの選定など「すばらしいバランスで接地性能」を仕上げている。
とくに、1931年には世界で初めて四輪独立懸架を量産小型車「170モデル」に採用。当時のレース専用技術だった四輪独立懸架がこの小型車に採用された理由は、「乗り心地や安全性がおろそかにされがちな小型車にこそ、新技術を最優先に採用すべきである」というメルセデス・ベンツ設計者たちの強い意志があったからだ。
また、開通当初のアウトバーンを借り切って繰り返し行われた世界最高スピードへの挑戦(1936~1938年)や総合性能力を試す貴重なテストコースとして、この高速アウトバーンがよく活用され、その性能を鍛えた。メルセデス・ベンツが「アウトバーン育ち」と言われる理由でもある。この時代に、メルセデス・ベンツのエンジニアたちは「エンジン性能を上まわるシャーシ性能こそ、スピードと安全の追求に欠かせない」という事実を確信。研究と革新技術の開発を重ねてその名句、「シャーシはエンジンよりも速く」という独自の設計哲学を確立した。
第2次大戦後、早々にウンタートウルクハイム本社工場内に巨額を投じて総合テストコースを設置。とくに1967年には「高速コーナー90度バンク」を増設し、正に絶壁に沿って走り込んでいくバンク。しかも乗用車やバス・トラックまでテストされ、これがメルセデス・ベンツは総じて高速になればなるほど足まわりがしっかりしている、と言われる理由でもある。さらに、メルセデス・ベンツのエンジニアたちは「コーナリング時はニュートラルに近い弱アンダーステアがもっとも好ましい」と、はっきりと言い切っている。
クルマの基本がしっかりしてこそ優秀なシートで快適性が生まれる
1970年には滑りやすい路面での急ブレーキ時にも、タイヤがロックしないように各輪の制動力を自動的にコントロールするABS(アンチロック・ブレーキングシステム)を開発。
1982年には革新的なシャーシとして、13年の歳月をかけてマルチリンク式リヤサスペンションを完成させた。この年に発表された190シリーズに搭載し、まさに革新的な操縦性と快適性を実現。以来、世界の自動車のベンチマークとなっているシャーシ技術だ。
また最新の走行安全運転支援システムは、メルセデス事故調査の結果から学んだシステム(人間の弱点であるうっかりミスと各個人の技術差を支援)。どんな路面状況においても、タイヤの接地具合、クルマの方向安定性を正確にドライバーに伝えるのがメルセデス・ベンツの足まわりの特徴であると昔から言われている。
いずれにしても早速、マイカーで試してみてはどうだろうか。しかも、ロングドライブで……。そうすれば、疲れないための秘訣はシートだけでなく、クルマ全体の好バランスにあることがきっとわかるはずだ。
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みんなのコメント
適度な硬さとホールド性に加えて、シートキネティクス機能で姿勢をこまめに変えてくれる恩恵が非常に大きい。
腰痛持ちのロングドライバーは是非一度、高速試乗で試してみることをオススメしたい。