8月19~20日、岡山国際サーキットでファナテック・GTワールドチャレンジ・アジア・パワード・バイ・AWSの第5ラウンドが行われ、今回、GT4は初めて『GT4ジャパン』として単独レースとして開催されたが、19日のレース1で大きなドラマが生まれたのは記憶に新しいところだ。ジャパンカップ王座獲得をかけレースを大きくリードしていた、加納政樹/織戸学組YZレーシング・ウィズ・BMW Mチーム・スタディの50号車BMW M4 GT4がチェッカー間際にまさかのスローダウンしたシーンだ。この状況について、織戸本人から話を聞いた。
今季、GT4は加納/織戸組50号車BMW M4 GT4と、大塚直彦/小林翔組チェックショップ・ケイマニア・レーシングの718号車ポルシェ・718ケイマンGT4 RSクラブスポーツとの戦いとなっていた。迎えた第5ラウンドの岡山は、GT4単独のレースとなり新たに5台を交えての戦いとなっていたが、ジャパンカップをかけた2台の争いは土曜のレース1に決しようかとしていた。
“漢”織戸学が魂のチェッカー。BMW M4が優勝目前でGT4ジャパン勝利を逃すも、その姿が感動呼ぶ
「今年は毎戦BoPが苦しくなっていて、スピードがなくなっていたし、富士で失格になってしまった。それがけっこう効いてましたね」という織戸は、このレースでのチャンピオン決定を目指すべく、終盤2番手に33秒ものリードを築き、優勝に向けてひた走っていた。
しかし、ファイナルラップのマイクナイトコーナーに差しかかかったM4 GT4は、トラブルが起き力なくスローダウンしてしまった。なんとか最終コーナーは曲がったが、ストレートでついに停止。その間、ハリダルマ・マノッポ/野中誠太組TGRインドネシアの39号車トヨタGRスープラGT4が通過し、優勝を奪われてしまう。さらに、その後全車が通過。織戸はストレート上に取り残された。
ただ、織戸は「本来あんなことはやるべきではないとは思ったけど、1点でも獲らないとチャンピオンを獲れない可能性があったから」と、全車がチェッカーを受けコース上に誰もいなくなったことを無線で確認すると、チェッカーを受けるべくギアをニュートラルへ。コクピットから下り、1500kgを超えるM4 GT4をひとり押し始めた。
この日の岡山は暑さも厳しかったが、そんななか織戸はクルマのどの場所を押すのが良いかを探りながらM4 GT4を前へと進めていたが、「トランクを押したりするのがいいかな、と思ったんだけど、結局ドアを開けてAピラーを体ごと押すのがいちばん進んだ」とゆっくりと進み続けた。途中からはヘルメットも外し、「めちゃくちゃキツかったよ。暑いし、ホントにクルマが重くて動かない。あれ、映像だと近そうに見えるけど、ものすごく遠いからね」と息も絶え絶え、M4 GT4を前へ進めていった。
■『キミは今夜からSNSの大スターだ』
夕陽が射す岡山のメインストレートを進む織戸の姿に、GT4ジャパンまで観戦していたスタンドのファンからは拍手が送られ、さらに岡山国際サーキットのオフィシャルからも声がかけられる。なんとかフィニッシュラインをくぐり、織戸のために待ち受けたチェッカーフラッグが振られた。「ゴールするときにオフィシャルさんが『バンパーのいちばんうしろまで入らないとダメだよ!』と言うんです。アタマで良いかと思ったんだけど」と織戸は振り返った。
織戸は大の字にコースに倒れ込んだがすぐに起き上がり、チームに迎えられた後、コントロールタワーに呼び出された。ただ「結局その後、スチュワードに呼ばれていろいろ話をしたんだけど、『コース上でヘルメットを脱ぐのはダメ』だと。でも、彼らが『止めなくていい』って言ってくれたらしいんだよね」とヘルメットに関する注意だけで終わったという。
「タワーで握手をしてくれて、『キミは今夜からSNSの大スターだ』って言われたよ(笑)。結局、(オーガナイザーの)SROもそれを狙っていたんだと思う。彼らは本当にメディアの使い方がうまいから。知らない人もあの雰囲気で、観てみたいと思うだろうしね」
事実、織戸がチェッカーを受ける様子はレースのハイライトから取り出され、SROは単独の動画としてYoutubeに掲載。SNSでも動画を出し、日本人のみならず世界中からコメントが寄せられた。さらにBMWモータースポーツ本体すらも動画を掲載している。安全にしっかり配慮されていること、そして何よりも近年のレースでは観ないような、ドラマチックな光景がSROとしては『アリ』だったはずだ。また他のドライバーに聞くと、これは織戸だからこそ喝采を浴びたのではないかと言う。
「昔、マカオでもクルマを押したことがあるんですよ。その時はレース1の最中にミッションが壊れて、リスボア・ベンドを真っ直ぐ行って止めたんですよ。でも、レース1と2の間に10分あったから、Uターンさせて押して、4速くらいでゆっくりスタートさせてピットに戻ったんだ」
「それでミッションを直して、レース2に出て2位だったか、3位だったかになったんだよ。それでマカオは織戸学のものになった(笑)」と織戸は昔を思い出し笑った。
今回の岡山についても「昭和の時代でね(笑)」と織戸。スーパーGT第5戦鈴鹿の際にも「(片山)右京さんにホテルで会ったんだけど、『見たよ! 昔のF1を思い出したよ』って言われた(笑)」と関係者にも大きな反響があったと語った。
結果的に翌日のレースで加納/織戸組はしっかりとチャンピオンを決めた。それも織戸の必死の頑張りがあったからこそだろう。「楽しいシーズンでしたよ」と織戸は一年を振り返った。
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