脱線事故から半年、復旧未定
千葉県の外房線、大原駅から上総中野駅を結ぶいすみ鉄道が長期にわたって運休している。運休の原因は、2024年10月に発生した脱線事故だ。この事故以降、運休が続いている。
【画像】「えぇぇぇ?」 これが60年前の「上総中野駅」です! 画像で見る!(計12枚)
2024年4月には、いすみ鉄道が「修繕工事や全線の安全点検を行うなど、まずは利用者の多い大原~大多喜間の復旧に向けて取り組んでおります」と発表したが、具体的な復旧予定は明らかになっていない。
脱線事故は2024年10月4日、国吉駅と上総中川駅の間で発生した。この事故では、車輪8軸のうち6軸が脱線した。幸い負傷者はなかったが、事故原因は経年劣化した木製枕木が疑われている。そのため、全線で運転が直ちに休止され、調査と復旧作業が続いている。
復旧が遅れている原因は、複数の要因が絡み合っていることだ。まず、脱線の規模が大きく、事故現場だけでなく広範囲にわたる修理が必要になった。さらに、運輸安全委員会の事故調査が完了するまで、本格的な復旧工事に着手できないという規制がある。
この間、いすみ鉄道では部分的な補修や安全点検が進められているが、復旧開始の明確なスケジュールを提示できないことに対して、沿線住民や鉄道ファンの苛立ちが強まっている。
自己資本比率13%台の危機
いすみ鉄道の経営課題には深刻な背景がある。
現在、いすみ鉄道の経営状況はどうなっているのだろうか。千葉県が公表した「いすみ鉄道株式会社の経営状況等の評価に係る調査票(令和5年度決算)」を見てみよう。ここでは、2022年度と2023年度を比較する。
・売上高:1億4960万8000円 → 1億584万5000円(▲29.25%)
・売上総利益:1億2174万5000円 → 8881万9000円(▲27.05%)
・営業利益:▲1億8705万2000円 → ▲3億6040万2000円(▲92.67%)
・販売費および一般管理費:3億879万7000円 → 4億4922万1000円(+45.5%)
・営業外費用:66万7000円 → 207万3000円(+210.79%)
・純資産合計:5836万7000円 → 3470万7000円(▲40.54%)
・有利子負債:6816万円 → 1億3,550万7000円(98.81%)
・自己資本比率:36.01% → 13.44%
事故や災害による運休で鉄道収入や売店収入が大幅に落ち込んだのは、ある意味仕方のないことだ。しかし、それに対応する形で支出が減少したわけではなく、むしろ支出は増加している。例えば、2023年度(令和5年度)の決算では、売上が約3割減少した一方で、「販売費および一般管理費」は災害復旧工事費が原因で、前年度比約1.5倍に膨れ上がった。千葉県の評価シートには、
「経営健全化方針に沿った取組に努めているが、経常損益は赤字基調であり、依然として財務状況は大変厳しいものと言わざるを得ない。関与方針に基づく取組が進捗していないため、団体と県で連携して一層の経営改善を進め、引き続き、団体の設立目的や県が関与している意義に沿った事業展開を図っていただきたい」
とコメントがついている。千葉県が求めているのは、経営見直しとコスト削減だろう。しかし、この状況で「経営努力」を求めるのは、現実的に見て非常に厳しいといわざるを得ない。
財務状況は一段と悪化している。有利子負債はわずか1年で約2倍に膨れ上がった。自己資本比率は36.01%から13.44%へと急落した。企業の体力を示す内部留保も、すでに枯渇寸前の水準にある。
削減予算で守る赤字路線
行政も無策というわけではない。沿線自治体のひとつである大多喜町は、いすみ鉄道に対して多くの支出を行っている。予算書を見ると、同町は2024年度に6266万円、2025年度には6854万5000円を「いすみ鉄道対策事業」として計上している。
今後、復旧には多額の費用が必要とされる。それにもかかわらず、予算の増額幅は小さい。ただし、予算書全体を見渡すと、他の事業予算を削って財源を捻出しようとする姿勢がうかがえる。例えば、地域公共交通対策事業は2024年度の3370万3000円から、2025年度には3339万円へと削減されている。
地方財政が逼迫するなかで、こうした対応は決して容易ではない。それでも千葉県は、最大3億円とされる復旧費用のうち1億円を支援として計上している。さらに、大多喜町以外の沿線自治体も予算化や基金の取り崩しを行っている。限られた財源のなかで、行政はできる限りの支援を行っている。
このような実態を踏まえれば、復旧の遅れを一方的に責めるのは適切ではない。むしろ、限られた人員と予算のなかで、
・安全確保
・経営再建
の両立を目指す現場や行政の苦闘こそ、正しく理解されるべきである。
「成功モデル」神話の終焉
そもそも、いすみ鉄道が全国から注目されたきっかけは、2009(平成21)年に就任した鳥塚亮前社長の存在だった。
鉄道ファン出身の鳥塚氏は、国鉄型気動車の導入など、次々と斬新な企画を打ち出した。情報発信力とマーケティングの手腕を活かし、観光鉄道としてのブランドを築いた。とくに鉄道ファンからの熱烈な支持を集め、「赤字ローカル線再生の成功モデル」として一時期は全国的に脚光を浴びた。
しかし、2025年現在、いすみ鉄道は事故による長期運休と経営悪化に直面している。なぜあの輝きは失われたのかと疑問を呈する声も少なくない。復旧の遅れや財政危機に対する苛立ちは、「あの頃はよかった」という記憶と結びつき、現経営陣への批判へと向かっている。
だが、ここで冷静に見ておきたいのは、鳥塚氏時代の成功も補助金と特別な熱量に支えられた一時的な反転攻勢にすぎなかったという点だ。
・鉄道ファンの支援
・限定的な観光需要
・全国メディアの注目
といった外的要因が重なって初めて成り立った成功だった。それを持続可能な経営モデルに昇華させるには、別種の制度的・資本的なバックアップが不可欠だった。
結局のところ、問題は個人の有能・無能ではない。老朽インフラの更新、人材の確保、安全投資といった現実的な課題。そして、それらを乗り越える制度設計の難しさが、いすみ鉄道の歩みから浮かび上がってくる。
地方鉄道「64%」公有の重圧
この現実をどう捉えるか。いすみ鉄道が直面しているのは、単なる経営の巧拙や収支改善といった表層の話ではない。問題の本質は、公共性と収益性の均衡が崩れた時代に、何を「運び続けるべきもの」と定義するかという根源的な問いにある。
現行の制度では、輸送需要が減少した地域鉄道に対し、公的支援で赤字を補いながら最低限の運行を続ける形が一般化している。しかし、この仕組みが長期的に機能する保証はない。人口の減少と自動車依存の進行、都市部への人材と消費の集中が進むなか、自治体の財政も決して安定していない。つまり、支える側の体力も確実に細っていく。
いすみ鉄道の出資構成を見ると、千葉県・大多喜町・いすみ市の3自治体で
「約64%」
を占めている。公共主体による所有が過半を占める形だ。ただし、この構成は、最終的な責任の所在が曖昧なまま、短期的な延命措置を繰り返す要因にもなりうる。鉄道事業の収益力が根本から回復しない限り、どれだけ復旧を図っても、同じ問いが繰り返し突きつけられる。仮に運行を再開できたとしても、その先の道に持続性が見いだせなければ、将来的な廃線は避けられない。
運賃収入には限界がある。これは、いすみ鉄道に限らない。沿線人口の密度が低く、可処分所得も限られている地域では、公共交通が独立採算で成立する余地はほとんどない。鉄道は人を運ぶ装置である以上、移動の対象が少なく、その移動に対する対価の支払い意欲が低い地域では、収入が細るのは避けられない。いすみ鉄道は、現在、
・物販やグッズ販売
・観光連携型のイベント列車
・支援会員制度
などを展開し、収益の多角化を図っている。ただし、これらの事業も一過性で終わるなら、本質的な課題の解決にはつながらない。本当に必要なのは、鉄道を走らせ続けること自体が何らかの外部的な経済効果を生み、それが地域全体の価値として評価され、還元されるような仕組みである。
鉄道存続が支える地価圏
仮に、鉄道本体が永続的に収益を生まないとしても、その存在が周辺の観光施設や宿泊業、さらには地価・居住誘引力に波及効果をもたらしているならば、その経済効果を定量的に把握し、持続的な資金投入の「投資対象」として再定義するべきだ。
赤字であること自体を問題視するのではなく、赤字を抱えつつ地域にどれだけの経済的反射効果を残しているか。その評価軸を更新する必要がある。
そのためには、行政や地元企業との間で、鉄道が生み出す波及効果を貨幣価値として見積もり、予算措置や民間投資と接続する手法が不可欠だ。例えば、地域の不動産業者が鉄道が存続していることによって物件の価値が下支えされていると見なすならば、その維持費の一部を負担するスキームは十分に検討に値する。公共交通を「社会のコストセンター」から
「地域活性のプラットフォーム」
へと再定義できるかどうか。そこに分岐点がある。
いま試されているのは、収支の帳尻を合わせる手法ではない。地域の人々が、たとえ経済的に正当化できない運行であっても、それを続ける価値があると判断するのかどうか。そしてその判断を、目先の予算ではなく、長期的な地域戦略と連動させることができるか。公共交通の未来とは、技術の進化や制度改革だけでなく、
「何を残すか」
という社会の選択そのものなのである。
申込み最短3時間後に最大20社から
愛車の査定結果をWebでお知らせ!
申込み最短3時間後に最大20社から
愛車の査定結果をWebでお知らせ!
愛車管理はマイカーページで!
登録してお得なクーポンを獲得しよう
申込み最短3時間後に最大20社から
愛車の査定結果をWebでお知らせ!
申込み最短3時間後に最大20社から
愛車の査定結果をWebでお知らせ!
店舗に行かずにお家でカンタン新車見積り。まずはネットで地域や希望車種を入力!
みんなのコメント