2023年10月28日(土)から一般公開が始まったジャパンモビリティショーで、ひときわ個性的なプロトタイプEVが発表された。グローバルで活躍するサプライヤーと、量産モデルの作り方を知り尽くしたデザイナーがタッグを組んだTHK LSR-05は、見た目も中身も単なるショーカーとは思えないリアリティで魅せてくれた。
機能装備も走行性能も、しっかり作りこまれたプロトタイプ
ジャパンモビリティショー2023では、バッテリーEVを中心に次世代モビリティを牽引する、さまざまなコンセプトモデルが出品されている。自動車メーカーだけでなく、部品メーカーなどからも多彩な個性を持った「オリジナルモデル」たちが提案されていた。
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中でも注目を浴びていたのが、THK株式会社のEVプロトタイプ「LSR-05」だ。グローバルで活躍する機械要素部品メーカーTHKが、初めて丸ごと開発を手掛けた1台・・・その第一印象には、単なるコンセプトカーとは違った「リアリティ」が感じられた。
「クロスオーバー4シータークーペ」を謳うそのフォルムは、ダイナミックさとエレガンスの融合をテーマとする。艶やかでありながらソリッドさも兼ね備えた、独特のラグジュアリー感が漂う。
観音開き式のパワードアが開くと、広々とした空間にクリーンな印象のキャビンが広がる。こちらのテーマは「モダン&コンフォート」で、シンプルな中にも機能性に富んだ新しいユーザーエクスペリエンスを提供する。
しかもこのLSR-05、ただ美しいデザインを誇るだけではない。走行することも可能な、基本的なハードウェアはすべてそろっているのだ。
実はこのショー出展車とは別に「LSR-04」というもう1台のプロトタイプモデルが存在しており、日本自動車研究所のテストコースにおいて実走テストが進められている。LSR-05も最新の「プロトタイプ」として、これからのBEVに求められる技術についての考え方を提案するとともに、ショーの後にも商品価値の向上につながるさまざまな検証・実証を行うという。今後、さらにもう1台、テスト用のプロトが製作される可能性もあるという。
名前の由来は世界初の「直線運動案内」・・・って何?
LSR-05は、フロントに配した最高出力220kWの電気モーターが前輪を駆動、後輪はそれぞれに93kW(800V仕様)のインホイールモーターを搭載する3モーターレイアウトを採用する。
4輪のトルクを電子的に最適制御するインテリジェントな4WDシステムと4WDS機構の採用によって、さまざまなシーンでアクティブな走りを楽しむことができるという。
特筆すべきは、足まわりに関する傑出した制御技術の数々だろう。アクティブサスペンション、可変ダンピングシステムなど、快適性と運動性能を両立するための最新技術が惜しみなく盛り込まれている。
一つひとつを採り上げていくと本が一冊できてしまいそうなほど多種多彩な技術提案の数々は、THKがこれまでに培ってきた技術群の集大成に他ならない。たとえば1972年に世界で初めて開発した「直線運動案内」(ベアリングの回転運動に対して、直線運動をする転がり軸受)である初代LMガイド(リニアモーションガイド:製品名「LSR」は、車名の由来となっている)は、そのひとつ。
他にも「高剛性ボールねじスプライン」といった、機械要素部品に関するTHKの最新テクノロジー群をまとめあげて、理想の次世代BEVとして仕立てられた。
中身がリアルだからこそ、デザインにもいわゆる「ショーカー」とは一線を画した本物感が与えられているという。そういう意味でも、「市販化に向けた第一歩」という第一印象は、けっして間違っていなかった。
自社開発にこだわりながら、スキルアップを図る
開発を統括した産業機器統括本部 技術開発統括部 技術開発第二部の部長 西出哲弘氏によれば、この部署は、LSR系プロトタイプの開発・研究に携わるために立ち上げられたという。
27名が所属しているとのことだが、そのうちの3分の1ほどは、このクルマを作るために集められたキャリア雇用によるもの。部品製造のスペシャリストとしてはやや不得手な領域のノウハウを補うために、優秀な経験者が不可欠なのだそうだ。
そんな取り組みからもこのLSR-05は、単なる技術PR用モデルではなく、自社技術を駆使して作られた本気の1台であることが伝わってくる。なにしろ、構成部品のほとんどはこだわりの自社開発だ。なにより自分たちのノウハウを蓄積し、スキルアップを図るために取り組んでいる。将来的には、すべての構成部品を自社製にしたい、と考えている。
もちろん1台のクルマを作り上げる作業は、一筋縄ではいかない。だからこそ、たとえばデザイナーとのやりとりひとつとっても、貴重な体験を積み重ねることができたという。
さらには「単なるデモンストレーション用ではなく、そこで使われている技術の一つひとつを、しっかり熟成させることを考えています」と西出氏。今回発表されたプロトタイプですら、一見して市販目前!と言ってもいいほどの仕上がりだが、アクチュエーター群や走行部品の完成度、信頼性向上に今後も取り組んでいくという。
自由なアイデアを生かすために「大きさ」にこだわった
LSR-05開発の根底に流れているのは、「世にない新しいものを提案し、世に新しい風を吹き込み、豊かな社会作りに貢献する」というTHKの経営理念だ。
代表取締役社長である寺町彰博氏はこのプロトタイプを通じて「安全・安心・高品質といった常識的な要素に最初から当てはめようとするのではなく、好きなように自由なアイデアを出しながら取り組んでもらいたい」と考えたそうだ。
そこには、グローバルでものづくりに関わった経験値が生きている。海外では、「まずはやってみよう」「使ってみよう」という取り組みが大切にされている、と寺町氏は語る。本当に価値ある革新につながるのは、そうした失敗を恐れない姿勢だ、と。
車両開発を企画した当初は、より手ごろに作れそうなコンパクトモデルにしたらどうか、という意見もあったそうだが、寺町氏は大きなクルマにこだわった。小さいクルマはコストや技術要件なの面で、どうしても量産前提で考えることになる。つまり新しいアイデアをなかなか生かすことができない、と考えたからだった。
LSR-05の開発途上でも、実は難しい判断を迫られるシーンがいくつもあったそうだ。
たとえばアクティブサスペンションシステムに関しては当初、より高度な制御が可能な機構の採用も検討したそう。だが以前、そうした新しいシステムを提案したところ「あまりにも乗り心地が良すぎて、ドライバーとクルマとの対話が希薄になってしまった」のだとか。
そのため今回採用されたシステムは、ステアフィールを通じて人がクルマと対話することができる感性を大切する方向で選ばれたという。もっとも「乗り心地が良すぎた」仕様は、将来的にレベル5クラスでの自動運転車に採用するなら、ベストな選択肢のひとつとして期待してもいいように思える。ちょっと乗ってみたいような気もする。
市販を前提としたデザインに、こだわりあり
「本物の技術革新」とともに、このLSR-05にリアルな存在感を与えているのが、きわめて完成度が高い内外装のデザインだ。担当したのは「株式会社SNDP(SN DESIGN PLATROM)」。いすゞ自動車や日産自動車で数多くの人気車を手掛けてきたデザイナー 中村史郎氏が2020年立ち上げたデザイン会社だ。
中村氏は、約1年半前からこのコンセプトカーのプロジェクトに加わってきた。興味深いのは中村氏もまた、このクルマを単なるショーモデルではなく、市販を前提とした要件にこだわりながらデザインしてきた、というところだろう。
たとえば全長はほぼ5m、ホイールベースが3.2mに達する大型ラグジュアリーカーというジャンルを選んだのは、THKの優れた技術をリアルに採用するための必然だった。高出力なインホイールモーター、4輪ステア機構、アクティブサスペンションなどは「小さいクルマではメリットが伝わらない」と考えたからだ。
またフロントボンネットの高さは、しっかりとしたストロークを確保できるサスペンションの装着を前提とした。ホイールアーチ内の熱を逃がすためのスリットを配するなど、機能性も考慮したデザインが与えられている。
インテリアデザインについても、新たな素材や見せ方を採り入れながら、見るからに心地よい先進性を演出している。近年、湾曲したワイドディスプレイはトレンドになりつつあるが、それすらもデザイン性に洗練された味を持たせることで、上質感を高めることに成功している。
ボディカラーからデジタルメーターの表示といった細部に至るまでSNDPがオリジナルとしてデザインする一方で、中村氏のデザイナー魂を刺激したのが、ほかならぬ「LMガイド」だった。
クルマづくりの原点に立ち返り、革新へとつなげる
LSR-05では、直線方向の移動運動をベアリングによってスムーズかつ高精度に行うことを可能にしたLMガイドをシート座面部と台座部に配置。専用のアクチュエーターで動かすシステムによって、前後方向にシームレスにスライドさせることができる。
コンパクト化されたユニットのおかげでシートレールが姿を消し、すっきりとフラットな床面とクリーンなゆとりを感じさせる足元を実現している。滑らにストロークする動きもまた、LSR-05のラグジュアリーなイメージに良く似合う。
「ステルスシートスライドシステム(SLES)」と名付けられたこの技術を、中村氏は絶賛する。自動車デザイナーにとって「夢」だった、「シートレールのない空間」を実現することができるからだ。優れた技術の価値がデザインの理想に寄り添う。これもまた、LSR-05の魅力と言えるかもしれない。
クルマとしての市販可能性には、もちろん期待している。同時に、モデルベース開発としての基礎的なデータを収集する取り組み(MBD)についても、今後の展開が気になる。開発を統括した西出氏によれば、どんなスペックを求められても対応できるパラメーターの構築もまた、LSR-05開発に当たっての大きなテーマとなっているそうだ。
MBDを背景に将来的には、EVによるスタートアップを考えている企業とのコラボレーションも視野に入れているという。もしかすると数年後のJMSでは、THKの技術を満載した「元気なクルマ」たちが、あちらこちらのブースで見かけられるかもしれない。
中村氏は「クルマ作りにおいて市場調査などはもちろん重要です。けれどそれではどうしてもコンセプトが寄ってしまう。LSR-05は、私も寺町社長も、乗りたい!と思うクルマを目指して作りました。結局、これがクルマづくりの原点だと思うんです」と語っていた。
LSR-05を見ていると自動車メーカー主導のそれとは別の意味で、EVを巡る新ビジネスの潮流は。日本の自動車業界そのものを盛り上げていく可能性を秘めているように思えてくる。次世代モビリティの革新がもたらす恩恵のひとつ、になるかもしれないこの稀有なEVプロトタイプを、ジャパンモビリティショー会場(東展示棟7ホール)でぜひチェックして欲しい。(写真:井上雅行)
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