消滅した風景
アニメ『ドラえもん』に登場する昭和風の遊び場、土管のある空き地は、もはや現実には存在しない空想の産物だ。建物が建つ予定もなく、柵がわずかにある程度で管理もされていない。近隣住民が自由に使っている場所など、2025年現在ではほとんど見つからない。
【画像】「えぇぇぇぇ!」 これが35年前の「品川駅」周辺です! 今と全然違う!? 画像で見る(計14枚)
しかし、こうした「使われていない空間」は、1970年代頃までは都市の日常風景として当たり前に存在していた(『ドラえもん』の連載開始は1969年12月)。今では奇跡のように思えるその光景は、なぜ失われてしまったのか。
急騰地価で消えた遊休スペース
1970年代以降、空き地の消失を定量的に証明することは難しい。統計上、「空き地」という分類が存在しないためだ。国の土地管理では「宅地」「農地」「山林」「その他」と利用目的ごとに分類されているが、空き地は区分に含まれていない。
ひとつの指標となるのは、国土交通省が公開している「東京圏における地価の累積変動率」である。1975(昭和50)年を100とした指数は、1990(平成2)年には
・商業地:450.6
・住宅地:438.4
まで上昇している。
地価の急騰は都市の空間の意味を大きく変えた。かつては特に用途がなくても放置されていた空き地が、この時期を境に収益を生まないリスク資産と見なされるようになったのだ。土地価格の高騰により、建物が建っていない未利用地は
「機会損失」
とされ、空き地をそのままにすることが社会的・経済的に悪と認識された。
こうして都市内の未利用地は次々に開発され、空き地が残ることは難しくなったのである。
再開発促進制度による空白地消失
1970年代まで空き地が残存できた主な理由は、これらが都市計画の周縁部(都市や地域の中心部から離れた外側の部分や縁辺のエリア)に位置していたためだ。郊外の農地に隣接するエリアや、古い工場や建物が取り壊された後、使い道が決まらない場所は「いつか何かになるかもしれない」という曖昧な状態で放置されていた。しかし土地価格の上昇が、その放置を許さなくなった。
さらに1990年代以降、都市再開発を促進する制度が急速に整備された。空き地は再開発の名目で次々と消失していった。例えば2002(平成14)年に導入された
「再開発促進区域制度」
は、都市の低未利用地を面的に指定し、高度利用と土地集約を一体的に推進する方針を明確化した。加えて土地区画整理事業、市街地再開発事業といった従来の手法も活発化した。狭く使いにくい空白地まで埋め尽くし、都市の未達成領域を塗りつぶす役割を果たしたのである。
具体例として豊島区東池袋4丁目や渋谷駅桜丘口周辺が挙げられる。2000年代初頭までは
・木賃住宅
・小さな工場
・雑居ビル
・駐車場
などが混在していた。バブル期に地上げされたまま放置された土地も含まれる。しかし2000年代以降の大規模再開発で、これらはタワーマンションや高層オフィスが集積する巨大複合空間へと変貌した。
こうした事例は、雑多で用途の定まらなかった隙間が、都市の最適化という名のもとに計画に組み込まれ、偶発性や柔軟性を失っていった実態を示している。
空き地収益化を促すREITの波
制度に組み込まれた空き地は、金融の論理によっても大きく変質した。
2000年代以降、日本でも不動産の金融商品化が急速に進展した。代表例は
・REIT(不動産投資信託)
・私募ファンド
である。
REITは、投資家から集めた資金を基に多数の不動産を一括購入・運用する金融商品だ。投資家はREITの持分を証券として売買でき、不動産の賃料収入や売却益が分配される仕組みである。私募ファンドは、限られた投資家から資金を集め、特定の不動産や事業に投資・運用する非公開の投資ファンドだ。運用内容は柔軟で、高リターンを狙う一方、リスクも高い。
これらの仕組みによって、活用が難しい小さな土地や道路沿いの狭い空き地、古いアパートなども収益源として見直された。
例えば、数十平方メートルの土地でもコインパーキングやトランクルームに転用すれば、月数万円の収益を上げられる。古い木造住宅も簡易改装し、シェアハウスや民泊施設として運用すれば、立派な収益物件となる。こうした小規模物件はファンドによってまとめて購入され、
「年間○%の利回りが見込める資産」
として投資対象となる。都市空間は居住や利用の場から、投資家の利益装置へと変貌し、あらゆる隙間が収益源として扱われるようになった。
471自治体が導入した空き地規制
空き地が都市から急速に姿を消した背景には、もうひとつ大きな要因がある。それは、空き地が「放置された空間」として地域社会から忌避される対象になっていったことだ。都市インフラの整備が進み、住民の防犯意識や美観意識が高まるにつれて、空き地は問題視されるようになった。
・伸びっぱなしの草
・ごみの不法投棄
・不審者のたまり場
といった事態が起こり、空き地そのものが治安・景観の管理不全エリアと見なされるようになった。
こうした社会的な認識の変化に対応し、全国の自治体では空き地に関する条例整備が進んだ。例えば川崎市や千葉市では、空き地の草刈りやごみの除去、防犯措置を所有者に義務づける条例を施行している。
2024年時点で、空き地条例を定める市区町村は471にのぼる。その多くが「助言・指導」にとどまらず、「勧告」「命令」「代執行」「罰則」までを含んだ実効性の高い構成になっている。
このような制度化の背景には、住民からの強い要望と社会的圧力の高まりがある。国土交通省が2018年までに行った調査「空き地等に関する自治体アンケート結果(速報版)」によると、59.3%の市区町村が「住民から空き地に対する苦情がある」と回答している。しかも、その件数は年々増加傾向にある。苦情の主な内容は
・草木の繁茂・ごみ
・悪臭
・治安悪化
など。住民の声により行政も対応を迫られ、結果として空き地は、周辺環境を悪化させる厄介な存在と見なされるようになった。こうして空き地の自然消滅が加速していったのである。
可処分時間を奪う通塾圧力
『ドラえもん』に登場するような、放課後に毎日集まり遊ぶ子どもたちの姿は、現代の都市ではほとんど見られなくなった。
2016年に実施された小学校高学年向けの調査によると、子どもの外遊び時間は1981(昭和56)年の2時間11分から、2001(平成13)年には1時間47分、2016年には1時間12分まで減少している。35年間で外遊びの時間は
「30%以上」
減った(シチズン時計調べ)。
さらに、2009年度から2018年度にかけて行われた別の調査では、1~6歳の保育園児の外遊び時間は平均で30分以下にとどまった。降園後に60分以上遊ぶ幼児は10~20%にすぎず、多くの子どもが屋外で過ごす時間を持てていない(高橋昌美「幼児の生活と余暇時間の過ごし方および健康管理上の課題」)。
背景には、習い事の普及がある。ベネッセ教育総合研究所の長期調査では、小学生の約8割、中学生の5割、高校生の2割が何らかの習い事を行っている。学習塾への通塾も増加傾向にある。中学生の通塾率は5割、小学4~6年生と高校生は3割、小学1~3年生でも2割弱に達する。受験を見据えた通塾が広がっている。
この結果、子どもの可処分時間(自由に使える時間)は大きく圧迫されている。限られた時間の多くは、デジタル機器による遊びに費やされている。MM総研の2024年9月の調査では、18歳未満のスマートフォン所有率は47.9%。利用時間は週あたり1219分(約20時間)に達する。
こうした状況のなか、空き地で遊ぶ子どもの姿は、現実にはほとんど消え、『ドラえもん』の世界にのみ残された情景となっている。
都市と地方に広がる空白
皮肉なことに、都市圏で空き地が減少する一方、地方都市では空き地が増加している。空き地の件数に関する統計はないが、全国の空き家総数は2018年の849万戸から2023年には900万戸へと約6%増加した。過去最多の水準である。この数字から、未利用地が全国的に拡大していると推測できる。
しかし、地方で増える空き地は人口減少や商店街の衰退により
「活用が困難な空間」
である。『ドラえもん』に描かれる「使われる空き地」とは性質が大きく異なる。管理されず放置された土地は治安や景観を悪化させ、子どもが自由に遊べる場所ではない。
都市では空き地が不足し、地方では余っている。この非対称性が現代日本の都市空間の歪みを象徴している。
近年は、商業施設や住宅の間にある余白空間に新たな公共的価値を見出す動きが活発化している。行政主導の社会実験的なオープンカフェもその一例だ。すべての空間を埋め尽くす従来型の都市計画から、余白を再評価する方向への転換が静かに進行している。
しかし、コミュニティー機能や交流促進を目的に意図的に設計された余白空間は、最初から計算された管理された空間に過ぎない。そのため、どれほど巧妙に都市計画が練られても、計画された空き地はかつての都市の余白としての空き地にはなり得ない。この「演出」をいかに自然に馴染ませるかが、今後の都市計画に求められる課題である。(星野正子(20世紀研究家))
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みんなのコメント
子供とは言え問題になるからかな
昔は空き地に土管、誰でも自由に出入りしていて
それを何とも思わなかったね
何か所もの空き地で遊んだけども、怒られる事はほとんど無く「気を付けて遊べ」って声がかかるくらい。
今は同じ空き地でも、入っただけで「危ないので入らないで下さい」って言われるからね。