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藤倉麻子がデジタルと色で鮮やかにあぶり出す都市や郊外の断片──GQ クリエイティビティ・アワード2025

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藤倉麻子がデジタルと色で鮮やかにあぶり出す都市や郊外の断片──GQ クリエイティビティ・アワード2025

あらゆる分野で時代を切り拓く先駆者たちを称える「GQ Creativity Awards(クリエイティビティ・アワード)」。2025年の受賞者のひとり、アーティスト・藤倉麻子のクリエイティビティの源とは?

砂漠のような殺風景な大地に突然現れる無機質な大型投光器。遠浅の海辺に転がっていく蛍光色に彩られた小石。オレンジやショッキングピンクに塗られた鉄骨や建造物、高速道路、金網フェンスに落ちる影。3面の大型スクリーンに映し出された3DCGの風景動画に沿って、あるときは波の音が、あるときはショッピングモールで聞こえてきそうな軽快な音楽が流れる─。森美術館で開催中(6月8日まで)の展覧会『マシン・ラブ:ビデオゲーム、AIと現代アート』に出展された藤倉麻子の作品《インパクト・トラッカー》は異彩を放っている。

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「これは青森県下北半島でのリサーチをもとに制作された作品の続編です。六ヶ所村を含むこの地域には江戸時代から現在に至るまで、何度も持ち上がっては頓挫するという運河計画がありました。1960年代以降の『むつ小川原開発計画』では大規模開発のために土地が買い占められましたが、計画が頓挫し、現在では多くの原野が残されています。そこに都市部で使われるエネルギーを供給する施設、たとえば石油タンクやソーラーパネル、風力発電所や原子燃料サイクル施設などが建てられていて、その風景を目にしたとき衝撃を覚えました。何百年も前から繰り返されてきた人間社会の採取・採掘行動、グローバル・サプライチェーンの拡大に伴う地表面の改変を、人智を超えた存在が目撃していたとしたらどうだろう? そんな想像から生まれた『インパクト(衝撃)をトラッキング(追跡)する存在』について考察する作品です」

つくり上げた架空の風景の中で日常の断片を観察藤倉は埼玉県出身、大学進学で上京するまで典型的な郊外の街で生まれ育った。

「エネルギーや食糧を都市部へと運ぶトラックがひっきりなしに走る国道や高速道路、沿道に立ち並ぶ外食チェーン店や安価な衣料店など画一的な構造の建物、土地と何の脈絡も持たず立ち現れる物流倉庫。そうしたロジスティクスが背景にあるインフラストラクチャーなどの構造体をずっと眺めていました。無機質な壁の質感やフェンスに落ちる影などをもっとじっくり眺めてたくて作品制作を始めました。現実には扱えないサイズや重量の建造物や物体、都市的・土木的スケールが必要な景観も、3DCG上であれば自分一人で自由に動かすことができますから」

確かに《インパクト・トラッカー》だけでなく藤倉の作品には水道や電気の、動脈を思わせる管やコード、コンテナを彷彿とさせる幾何学体などがよく登場する。都市から抽出したそれらの断片的な形をモデリングし、色や質感をつけて配置した3DCG空間の中にカメラを設置すると、現実のカメラと同じようにアングルやレンズ倍率を設定してその風景を見渡すことができると藤倉は言う。自分でつくり上げた架空の風景の中で、日常の断片を心ゆくまで観察できるのだと。極彩色や蛍光色に彩られた、属性や文化圏を特定できない仮想の風景には椰子の木が登場し、どこか“オアシス”的な雰囲気が漂う。

「東京藝術大学大学院に進む前に、東京外国語大学でペルシア語を学びました。もともとイスラム庭園など乾燥地帯の庭園やそこに建てられた建築に興味があったんです。まずは思想や文化を理解するのがよいかと思いましたが、やがて実践・制作をしたほうが対象についてより考えが深まると思いました。日本には浄土信仰があり、極楽浄土に見立てた庭園がつくられたように、イスラム文化圏においても庭は楽園や死生観とリンクしています。庭はここにありながらも日常から逸脱していて、地続きではない場所とつながっていることを想像させます。また乾燥地帯では水は非常に重要なので、水路や噴水など水にまつわる表現も面白いのです。

イスラム庭園への興味は、私が郊外の街でスポット的に感じる感覚と近いものがあります。フェンスで囲われた空き地も都市における一種の庭であり、現実とは異なる時空間とつながっているのではないか。そんな妄想が作品制作へと駆り立てます」

“絵空事”の風景が、現実と地続きであることを予感させる圧倒的にカラフルな色使いも魅力の一つだが、色彩に関しては参照する美術史上のレファレンスなどは特にないと言う。

「パソコンで色の調整をし続けて、正しい色はこれだと自分で納得したらそこでやめます」

藤倉の作品は映像だけではなく、実空間のオブジェと組み合わせたものもある。森美術館の『マシン・ラブ:ビデオゲーム、AIと現代アート』展での展示でも、大型3面スクリーンの傍らには簡易な木材で組み立てられた立体物にモニターが7台取り付けられて、それぞれ動画が流れている。建築家の大村高広と共同制作することも多く、建築的な思考や制作方法が作品の随所に表れるのも特徴だ。

「街角の作業場や民家の敷地内に雑な感じで角材が組んであったりするのもインフラストラクチャーで、それを作品に取り入れました。モニターには緑色に塗られた手が箒でタイルの上を掃いていたり、ボラード(船を繫留する杭)にロープをもやいでいる情景などが映し出されます。これらは個人的なこだわりのある動きを象徴しています。道路の敷設工事の際に神木の祟りを恐れて道が迂回したり、立ち退きを拒否した1軒のために開発が一時ストップしたりすることがありますが、個人の力では抗えない開発などに対して、極めてささやかな事情や昔からの伝承がものをいうこともあることを示唆しています」

フィジカルな立体作品が添えられることで、スクリーンの中にある、鮮やかな色とつるりとした質感の“絵空事”の風景が、現実と地続きであることを予感させる。藤倉はただひたすら、目の前にある都市や郊外の断片を凝視したいという欲求が制作動機だと語るが、その背景には、目には見えないものへの探究や懐疑があるのだろう。都市部の生活を支える物流やエネルギー供給、交通網など、あまりにも巨大すぎて注意を払うことがなかった流れのようなもの。供給する側(郊外・後背地)とされる側(都市)の対峙、その間に横たわる経済的格差や環境汚染などの諸問題。そうした資本主義社会の見えざる断面が、実にあっけらかんと明るい、パラダイス的色彩のもとにあぶり出される。それこそが見る人々を魅了する、藤倉ならではの個性なのだろう。

【藤倉麻子に影響を与えた3つのもの】

港湾地帯の工事現場「首都圏の郊外に生まれ育ち、画一的に建設された高速道路や工事現場、港湾の景観などに幼い頃から興味を持っていました。鋼鉄の梁を持ち上げるクレーンの動きや重機の無機質な存在感は映像作品に生かされています」

イスラム建築「中東の庭園や建築に興味があり、ペルシア語を学んだ大学時代にはイランを旅しました。鮮やかで精密なモザイクタイル装飾や、過酷な砂漠で生きる人々の水への渇望が顕在化した庭園の要素に興味があります」

『はてしない物語』(ミヒャエル・エンデ)「幻想的な児童文学やSF小説が好きで、幼い頃はもちろん大人になっても度々読み返します。ここではないどこか別の時空間とつながっているかもしれないという思いは、こうした本からの影響なのかもしれません」

【藤倉の一貫したテーマは、「ロジスティクス」「インフラ」「庭園」】

港湾の風景に現れる非日常の石文化庁主催の展覧会『CULTURE GATE to JAPAN』にて展示された、立体作品《ミッドウェイ石》 2021年。展示場所は東京国際クルーズターミナルの4階、屋外の海と京浜工業地帯を臨む場所だった。過去の文化と未来への方向性との間で思考を巡らせながら、新しいメディア芸術の可能性を発信するというテーマのもと、メディア芸術のフィールドで活躍する藤倉を含めた6組のアーティストが参加した。藤倉の作品《ミッドウェイ石》のモチーフは、日本庭園。和の要素を鮮やかな色彩でモダンに昇華した。

物に当たる光と影を凝視した、先に訪れる癒やし《Never Ending Sunlights》2024年。ギャラリーWAITINGROOMで開催された藤倉の個展『Sunlight Announcements / 日当たりの予告群』より。3DCGによるアニメーション作品で一貫して作家が追い続けるテーマ「日当たり」と「予告」をテーマにした展覧会。何気ない風景を陽の光が照らし、影の長さが刻々と変わっていくさまは、太陽の軌道の変化とともに明日がやってくることを「予告」する。「予告」を感知することで人間の心の回復や癒やしになるという作家自身の個人的な経験がベースになっている。CG上に太陽を設置し、自然光の強さやアングルをコントロールできるという手法が存分に生かされている。

参加者が“貨物”となる物流型展覧会《手前の崖のバンプール》2022年。藤倉が主催し、ダンサーのAokid、建築設計・意匠論の大村高広、ランドスケープ研究の近藤亮介、建築設計・都市論の齋藤直紀と共に制作した2日間・各日5回の“物流型展覧会”。参加者には事前にチケットとして長さ20cmほどの角材が送られ、当日は東京湾岸で水上タクシーに乗り物流拠点を巡り、最後に倉庫内で藤倉の映像作品を鑑賞。参加者自らが貨物となって運ばれる体験を通してロジスティクスに思いを馳せる。

山の向こう側が想起させる楽園や死後の世界SusHi Tech Squareで開かれた『都市にひそむミエナイモノ展』に出展された作品、《あの山の裏》2023年。幼少期から遠景に見える山のこちら側には陽が当たり、影となる向こう側のこの世を超越した世界を意識することがあったという藤倉の感覚を3DCGで映像化したもの。アニメーションが流れる大型スクリーンには鑑賞者が通り抜けられるスリットが入っており、虚構の世界と現実の風景が視界で交わる。

藤倉麻子/Asako Fujikura1992年埼玉県生まれ。2018年、東京藝術大学大学院メディア映像専攻修了。個展『Sunlight Announcements / 日当たりの予告群』(2024)、グループ展『エナジー・イン・ルーラル[展覧会第二期]』(2023)など。5月に開幕する第19回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館に建築家・大村高広とのユニットで出展。

写真・永禮賢  文・松原麻理 編集・橋田真木(GQ)

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