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都心「巨大再開発」もういらない? 新宿駅南口プロジェクト「工期未定」の大波紋――建設費1.4倍が示す“都市開発モデル”の限界

掲載 更新 56
都心「巨大再開発」もういらない? 新宿駅南口プロジェクト「工期未定」の大波紋――建設費1.4倍が示す“都市開発モデル”の限界

“未定”となった完成時期

 新宿駅南口の大規模再開発プロジェクトが暗礁に乗り上げている。施工会社が決まらず、2028年度を予定していた完成時期は「未定」となった。2024年12月の着工も、いまだ施工業者が決まらず見通しが立たない。

【画像】「えぇぇぇ!」 これが35年前の「新宿歌舞伎町」です! 画像で見る(計12枚)

 遅延の主因は、建設資材の価格高騰と慢性的な人手不足にある。この再開発は、新宿駅周辺の再整備における中核事業として位置づけられてきた。計画の停滞は、他の関連プロジェクトにも波及する可能性が高い。

 建設コストの増大と人材不足を理由に、再開発計画の見直しを迫られるケースは全国で相次いでいる。

施工会社が集まらない理由

 建設資材の価格上昇が深刻化している。建設物価調査会の建築費指数(2015年 = 100)は、2025年5月時点で集合住宅(SRC造)が137.2、事務所(S造)が137.0と、10年間で約1.4倍に達した。つまり、同じ建物を建てるのにかかるコストは3~4割増しになった計算だ。この結果、長期プロジェクトでは当初予算との乖離リスクが高まり、ゼネコンは収益性の見通しを立てにくくなっている。

 人手不足も深刻さを増している。国土交通省によると、建設業者数は2021年時点で約48万業者と、1999(平成11)年のピークから約21%減少。就業者数も2022年に約479万人まで減り、1997年比で約30%の落ち込みとなった。

 賃金の上昇率は2023年で3.6%と全産業平均(2.9%)を上回るものの、

・賃金水準の低さ
・長時間労働

が障壁となり、人材確保は依然として困難な状況が続く。年齢構成も偏りが顕著で、55歳以上が36.6%、29歳以下はわずか11.6%と高齢化が進行。技術承継も大きな課題となっている。

 こうした状況を受け、ゼネコンは事業戦略の見直しを迫られている。長期型の大型再開発は、資材や労務費の変動リスクが大きく、収益見通しを立てづらいためだ。

 建設専門ポータル「アーキブック」が公表した2024年度版「ゼネコンの手持ち工事月数ランキング」によれば、手持ち工事は平均18.3か月に達する。大成建設が23.9か月、清水建設が18.4か月、大林組が18.2か月といずれも長期化傾向にあり、新規案件への対応余力は限られている。結果として、リスクの高い大型案件からの撤退や受注の選別が進んでいる。一方、建設投資は拡大基調を維持しており、需給のミスマッチが深まっている。大規模な都市開発プロジェクトが

「計画はあるが施工会社が決まらない」

という事態に陥るケースが各地で目立っている。

JR東・京王の“投資判断の変化”

 新宿再開発は、プロジェクト全体の抜本的な見直しに入る可能性がある。背景には、事業主体である

「鉄道会社の投資戦略の転換」

がある。まず、オフィス市場の二面性が事業判断を難しくしている。現時点では、東京のビジネス地区における賃料は1坪あたり2万481円で、前年比+3.56%と堅調。空室率も3.94%にとどまり、需給バランスは良好とされる。一方で、2025年以降は大型開発の集中により空室率が6.7%まで上昇し、賃料の下落も予測されている。

 ホテル需要も先行きが読みにくい。インバウンド(訪日外国人)需要は回復傾向にあり、2025年には4000万人を超えると見込まれている。しかし、

・ウクライナ情勢
・中東の不安定化
・為替の不透明性

といった外的要因の影響を受けやすく、長期的な需要見通しは立てづらい。こうした状況から、オフィスとホテルという異なる市場リスクを併せ持つ複合開発は、事業性評価が一段と複雑化している。

 加えて、鉄道会社側の経営方針も変化している。京王電鉄は、鉄道事業の収益悪化を受けて不動産事業を強化する一方、

「大規模投資に耐える財務基盤の構築」

を掲げている。私募ファンドを活用した資産流動化によって、資金調達手法を多様化し、投資リスクの抑制に動いている。

 JR東日本も同様に、複数の大型開発を抱えるなかで資金効率の最大化を志向している。たとえば、高輪ゲートウェイシティには総額6000億円を投じつつ、2022年からは「回転型ビジネスモデル」を導入。開発物件をファンドに売却し、得た資金を成長分野に再投資するという戦略を進めている。

 すでに巨額の資金を投じている事業を多数抱えるなかで、新宿のような新たな超大型再開発は、キャッシュフローの観点からも慎重な姿勢を取らざるを得ない。両社に共通するのは、鉄道以外の収益源を模索する一方で、コスト高と需要不確実性を抱える

「超大型プロジェクトに対する投資リスクへの警戒感」

である。新宿再開発は、まさにそのリスクの象徴となりつつある。

空白が生む経済・都市的インパクト

 新宿の事例は、全国で広がる現象の一端にすぎない。建設コストの高騰と人手不足を背景に、各地で再開発計画の見直しが相次いでいる。

 東京都中野区では、中野サンプラザ跡地の再開発で総事業費が当初の1810億円から3500億円に膨張。代表事業者の野村不動産が見直し案を提示したが合意に至らず、2025年3月に事業者選定をやり直す事態となった。2024年には、東京・五反田のTOCビルがテナント退去後の建て替えを延期するという異例の判断を下した。このほかにも、再開発や大規模建て替えの延期・見直しは枚挙にいとまがない。

 こうした環境下で、発注者と受注者の力関係に変化が生じている。かつては発注者が優位に立っていたが、いまやゼネコン側が「主導権」を握りつつある。

・工期が短く、単価の高いデータセンター
・価格転嫁しやすい工場

を優先的に受注する選別姿勢が定着した。数年に及ぶ大型再開発は、資材価格の変動リスクが大きく、収益予測も困難。加えて、長期間にわたる人的リソースの拘束も重荷となる。こうした背景から、ゼネコンが大規模案件を敬遠する傾向が強まっている。

 都内でも注目を集めた新宿駅の再開発すら停滞したことで、2000年代以降に隆盛を極めた都市開発モデルは、すでに転機を迎えていると考える。

 駅前の一等地を取得し、超高層ビルで商業・オフィス・住宅を複合展開する手法は、都市再生政策と経済回復を追い風に成立してきた。しかし、建設費の高騰と人材不足により、この巨大プロジェクト型の開発は採算が見込めなくなった。

 施工体制のひっ迫により、ゼネコンは選別受注を強化。発注者よりも施工側が優位に立つ構造へと変わりつつある。テレワークの普及でオフィス需要が不透明な今、数千億円規模の再開発は過大なリスクをともなう投資になった。

 このため、都市開発のあり方そのものが変わらざるを得ない。今後は、大規模な一括開発に代わって、

「段階的な小規模開発」

が主流になる。用途を柔軟に変更できる建物設計など、市況変化に対応できる機動性が重視される時代が来る。

収益確保の「見えざる仕組み」

 これまで、デベロッパーにとって巨額再開発は利潤最大化の装置だった。準備組合段階から関与し、

・権利調整
・事業調整

を通じてマージンを膨らませてきた。極端な例では、建物が完成しなくても、計画・調整段階で十分な収益を確保できる構造が存在した。この仕組みが、

「似たような複合高層ビルを各地に乱立させた要因」

でもある。しかし、ここまで列挙した制約により、この開発手法そのものが行き詰まりを見せている。

 もはや、広大な敷地に高層ビルを建てるという旧来型の再開発は、時代にそぐわない手法となった。(昼間たかし(ルポライター))

文:Merkmal 昼間たかし(ルポライター)

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