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“煙を売る” 自動車ビジネスで世界最高のPRマン──イタリアを巡る物語 VOL.03

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“煙を売る” 自動車ビジネスで世界最高のPRマン──イタリアを巡る物語 VOL.03

数々の名車を送り続けるイタリア。そんなイタリアのクルマたちにまつわる人や出来事など、素晴らしき“イタリアン・コネクション”を巡る物語。第3回はデ・トマソの創始者、アレッサンドロが如何にフォードと “前代未聞”のパンテーラ・プロジェクトを進めていったかをお伝えしよう。

パンテーラを年間2000台生産

今だからこそ“最近のイイクルマ”を思い起こす──心に残っているクルマ達 2019-2020 Vol.3

デ・トマソの代表的モデルと言えば、多くの読者の頭に浮かぶのはパンテーラであろう。パンテーラは1970年4月にデビューを飾った2座のミッドマウントエンジン・スポーツカーだ。スタイリングはカロッツェリア・ギアに在籍したトム・チャーダの手によるもので、低く幅広く、そしてクリーンなディテールを特徴とした。そのボディはデ・トマソ傘下となったカロッツェリア・ギア、カロッツェリア・ヴィニヤーレにて開発・製造されたもので、モデナ地区生まれのスポーツカーとしては初めて採用された本格的モノコックボディであった。エンジンは”351クリーブランド”、そう、マスタング等に搭載されていたフォード製5.8リッターV8 OHVエンジンだ。そして、そのパンテーラは北米マーケットにおいてフォードのマーキュリー・ディーラーに於いて販売された。これは画期的なことであった。

デ・トマソ・アウトモビリ(以下デ・トマソ)は当時ジウジアーロのデザインによるマングスタの製造・販売を行っていたが、他モデルと併せても年間生産台数は100台にも満たないごく少量生産のメーカーであった。そのデ・トマソがフォードより200万ドルの債務保証を受け、ニューモデルのパンテーラを年間2000台生産することになった。モデナ地区では誰もチャレンジしたことのなかった前代未聞のプロジェクトであった。これはまさに自動車ビジネスに関わる者として世界最高のPRマンという男のビジネススキルとさまざまな偶然から生み出された奇跡の物語なのである。

フォードから誘われたパンテーラ・プロジェクト

連載前回で述べたように、アレッサンドロは敵も多かった。金払いは悪いし、無理を言い続けてきたサプライヤーとの契約を気まぐれで突然切ったり……と。しかし、なぜか新しいトレンドの中心に、いつもアレッサンドロは居た。英国に、コリン・チャップマンという天才が居ると聞けば直ぐに出かけて行った。そして、モデナに戻ると早速、チャップマンがモノにしたミッドマウントエンジン・レイアウトやバックボーン・フレームを自前のクルマに採用し、デ・トマソの“看板”とした。また、政治的な動きにも目ざとかった。過激な労働運動に翻弄されていた当時のイタリアにおいて、雇用の維持こそが政治の一大プライオリティであった。そこでアレッサンドロは問題を抱えた企業の再建を請け負い、多額の補助金を獲得した。彼は公的資金を巧みに利用し、ベネッリやモト・グッツィ、カロッツェリア・ギアそして後のマセラティなどを手中に収めていったのだ。

そもそもアレッサンドロはデ・トマソを普通の自動車メーカーに仕立てようとは考えていなかったようだ。あくまでも開発メーカーとしてプロトタイプを完成させ、それをメーカーに提案するビジネスを考えた。プロトタイプをスピーディかつ安価に作りあげることのできるカロッツェリア・ギアを手に入れたのは、そんな想いからであったし、そのブランドを武器に、世界の自動車メーカーへとデ・トマソの名を売り込む算段であった。

もちろんアレッサンドロが娶った妻であるイザベル・ハスケルは北米の富豪ファミリー生まれの人物であるから、そのコネクションを最大減に利用する。攻めるのはデトロイトであった。マングスタも、その前作であるヴァレルンガも、そういった意図で作られたモデルであったのだが、どちらもそのミッションを達成することは出来ず、自らの手で細々と作ることになった。そんなところに突然、降って湧いたのがパンテーラ・プロジェクトであった。それもアレッサンドロが売り込んだのではなく、なんとフォードからのお誘いであった。そこには幾つもの伏線が存在し、それが奇跡のように絡み合っていった。

マエストロ達が集結してあっという間に完成させた

パンテーラは当時のハイパフォーマンスカーとして異例の台数が世に出ていった為、そのウィークポイントに関しても少なからず語られているが、根本的な設計は至極良く出来た素晴らしいモデルだ。フェラーリ、マセラティ、ランボルギーニを生み出したモデナ地区の才能が終結して作りあげたのだから……。パンテーラ・プロジェクトの誕生当時は、フェラーリですら年間600台ほどの生産が限界であった。そんな時代にデ・トマソは、車両の設計からはじまって、年間2000台を想定した生産システムの構築までの計画を、何と9カ月間の短期間で仕上げてしまった。これはデトロイトからしてみればありえない“魔法”であった。

ボディはトリノのカロッツェリアが持つ技術の集大成であった。トリノにはモノコックボディの設計、製造において多くのノウハウを持ったフィアット人脈も存在していたから、彼らは生産性に優れ、充分な剛性をもったボディをわけなく作りあげた。ドライブトレインやサスペンションなどのレイアウトを仕上げるエンジニアリングはモデナ地区の天才が担当した。ジャンパオロ・ダラーラである。ランボルギーニ・ミウラにおいてミッドマウントエンジンのロードカーを一から作りあげるという希有な経験を積んだ彼ほどの適材は他に存在しなかったであろう。

そう、そういったマエストロ達が集結してあっという間に完成させたのがパンテーラなのだ。スタイリングを担当したチャーダも生前にこう語ってくれた。「アレッサンドロは気難しいところはあったが、任せたら細かいことは言わなかった。パンテーラのスタイリングは、誰からも物言いはつかず、あっという間に決まってしまったのさ」と。アレッサンドロはこう言った才能を上手く集めることが出来たまさに希有な”人たらし”なのだ。

デトロイトではミッドマウントエンジン・スポーツカーの開発競争が

では、なぜフォードはデ・トマソにスポーツカー開発を任せたのであろうか? 一つには、当時のデトロイトはスタイリッシュなミッドマウントエンジン・スポーツカー開発の熱いブームの中にあった。誰が最初にそれを世に出すかという狂ったような競争であった。カーマニアの関心をフェラーリやランボルギーニといったモデナ地区の弱小メーカーに独り占めさせておくことは彼らのプライドが許さなかったのだ。

それなら自分たちで作ってしまえば良いと思われるかもしれないが、それは思いのほか難しい仕事だった。なぜならデトロイトにはこういった特殊なモデルを少量生産するリソースが存在せず、一から企画を立ち上げて年間2000台あまりというデトロイトのいうところの少量生産モデルを素早く立ち上げるには多くの困難が立ちはだかっていた。これぞモデナのみが出来る神業だったのだ。

中でもフォードは特にこの戦いに真剣であった。彼らにはフェラーリをル・マンで破ったGT40というアイコンが存在した。その後、このレースカーをベースとして“GT44”のようなロードカーのプロジェクトが何回となく企画されたが、いずれもビジネスとして成立しないという結論が、失意の内に出されていたのだった。また、当時フォード会長であったヘンリー・フォード2世は個人的な想いからも、このプロジェクトにご執心であった。最愛のイタリア人の妻、クリスティーナのために美しいイタリアンテイストのスポーツカーを自らの手で世に出すことには大きな価値があったに違いない。

GT40誕生のストーリーでも良く知られるように、フォードはフェラーリを手に入れ損ねている。実はフェラーリの次に彼らが狙ったのはマセラティであった。その手引きをしたのが、ほかならぬアレッサンドロでもあった。しかし、結果的にこちらも破談となり、シトロエンの手中に落ちてしまった。こうなれば、何の力を借りてでもモデナ産のブランドを手中に収めたいと思うのも不思議ではない。

当時、フォードからデ・トマソへ派遣されたドン・コールマンはこう語っている。「アレッサンドロは“煙を売る男”だった。少なくとも自動車ビジネスに関わる者として世界最高のPRマンであったことは間違いない。彼は誇らしげに美しい12気筒4カムエンジンを私達に披露した。レースバージョンは7800rpmで512psを発揮するという。しかし、誰もそのエンジンにはバルブもなければピストンすら存在しなかったことを知らない。まさに美しい彫刻、美術品であったのだ」と。

そう、彼はそんな才能を駆使して、フォードとパンテーラ・プロジェクトを進めていったのだ。なぜパンテーラ・プロジェクトを無事、受注出来たか? この続きは次号にて。

文と写真・越湖信一、EKKO PROJECT 編集・iconic
Special Thanks・Santiago DeTomaso archive

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みんなのコメント

1件
  • デ・トマソ・パンテーラは最高時速330Km/hで、フェラーリ512BB、ランボルギーニ・カウンタックより早かった思い出。
※コメントは個人の見解であり、記事提供社と関係はありません。

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