真夏の湿気を多分に含んだ風がコースを通り抜ける。鈴鹿サーキットのピットロードには、これからコースへと飛び出していくクルマたちがずらりと並んでいた。
本格的にサーキット仕様へと仕上げられたマシンもあれば、普段街中でも見かけるようなクルマもある。メーカーも車種も、そしてドライバーたちの経験値もさまざまだ。
8月4日、ここ鈴鹿サーキットで開催されたのが、TOYO TIRES(トーヨータイヤ)による「PROXES DRIVING PLEASURE」だ。
2023年に鈴鹿サーキットでスタートしたこのイベントは、今回で7回目となる。初開催時には54台だった参加車両は回を重ねるごとに増え、今回は200台を超えた。その数字だけを見ても、このイベントが着実に支持を広げてきたことが分かる。
だが、PROXES DRIVING PLEASUREの面白さは、単に規模の大きなサーキット走行会になったことではない。
そもそも「鈴鹿を走る」と聞いて、どんな光景を思い浮かべるだろう。日本を代表する国際レーシングコース。F1をはじめ、数々の名勝負が繰り広げられてきた場所である。筆者がここを訪れるのは初だったが、「サーキットの聖地」という気がしてわくわくしていた。
自分のクルマで一度は走ってみたい。でも、いきなりそこへ飛び込むには少し怖い。そんな人にも鈴鹿のコースを開こうとしているのが、このイベントだ。走行経験豊富なドライバーがタイムアップを目指す「エキスパート」カテゴリがある一方で、自分のペースでスポーツ走行を楽しめるクラスや、プロドライバーからレクチャーを受けられるプログラムも用意されている。
さらに今回は、サーキットを走らずに愛車とともにイベントを楽しむ「サーキットビジット」も新設された。速く走れることを参加条件にはしない。それどころか、まだ走らなくてもいい。まずは鈴鹿という場所へ来て、クルマのある時間を楽しむことから始めればいい。
しかも、参加できるのはPROXESを履いたクルマだけではない。会場にはさまざまなブランドのタイヤを装着したクルマが集まり、それぞれのドライバーが思い思いのサーキットタイムを楽しんでいた。
「PROXESを知ってほしい」というブランドイベントでありながら、最初からPROXESを選んでいることを求めない。まず走ってみる。クルマそのものを楽しんでみる。その体験の先で、いつかタイヤを選ぶときに「PROXES」という名前を思い出してもらえたら。
そこには、商品を一方的に訴求するだけではない、トーヨータイヤらしいクルマ好きとの向き合い方が見えてくる。では、彼らがここで味わう「DRIVING PLEASURE」とはいったい何なのだろうか。その答えのひとつは、この日鈴鹿に集まったプロドライバーの言葉の中にもあった。
◆怖さの先にある、走る楽しさ
この日行われたトークショーには、TOYO TIRES with Ring Racingからニュル耐久シリーズ(NLS)に参戦するだけでなく、国内外のレースで活躍するプロドライバー5人(中山雄一選手、小高一斗選手、小山美姫選手、奥本隼士選手、宮園拓真選手)が登壇した。華やかなレースの世界に身を置き、限界域でマシンを操る彼らの口から意外なほど何度も聞こえてきた言葉が「怖い」だった。
話題となったのは、トーヨータイヤがタイヤ開発の舞台として挑戦を続けているニュルブルクリンクだ。全長約25km、高低差が大きく、かつ狭いコースをハイスピードで駆け抜ける。さらに耐久レースでは、多くのカテゴリーが混走する。
小山美姫(こやま・みき)選手は、その舞台を率直に「怖い」と表現した。一方、小高一斗(こたか・かずと)選手も初めて走ったときには「怖くて攻められなかった」と振り返る。しかしコースを理解していくにつれ、少しずつ怖さは薄れ、攻められるようになったという。
「怖さを楽しさに変えられるようにしなければならない」そんな言葉が飛び出した。
もちろん、鈴鹿を走る一般参加者と、ニュルブルクリンクを戦うプロドライバーでは、速度も置かれている状況もまったく違う。けれど、未知の領域へ踏み込み、少しずつクルマと自分を理解し、その先に楽しさを見つけていく。その感覚には、共通するものがあるのかもしれない。
実際、会場で出会ったGT-Rオーナーのサトシさんも、サーキットを走ることについて「楽しいですけど、怖いです」と笑う。サーキット走行を楽しむために手を入れた日産『GT-R』(R35)で、この日は「PROXES R888R」を装着して鈴鹿へやってきた。
興味深かったのは、タイヤ幅についての話だ。これまでは285幅にこだわり、周囲からより太いタイヤを勧められても「そんなの関係ないだろ」と走り続けてきた。ところが今回、実際に315幅に変えて鈴鹿を走ってみると、その違いを実感し、ベストタイムも記録したそうだ。
どのタイヤを選び、どんなセッティングで走るのか。試して、走って、自分なりの最適解を探していくこともまた、サーキット走行の面白さなのだろう。プロもアマチュアも、怖いものは怖い。それでも、もう一度走りたくなる。どうやら、「DRIVING PLEASURE」とは、ただ気持ちよく走ることだけではなさそうだ。
◆極限で鍛える。その先にある日常へ
そしてもうひとつ、この日のトークショーから見えてきたのが、トーヨータイヤがモータースポーツに挑み続ける理由だった。その象徴ともいえるのが、ドイツ・ニュルブルクリンクでのタイヤ開発だ。
トーヨータイヤは2020年からニュルブルクリンク耐久シリーズへの挑戦を続け、今年で7年目を迎えた。参戦クラスを段階的に上げながら、現在は最高峰のSP9クラスで戦っている。
中山雄一(なかやま・ゆういち)選手が語ったのは、その裏側にある開発のスピードだった。昨年は上位クラスを走る中でタイヤに課題が生じ、予定していた距離を走りきれないこともあったそうだ。しかし、そこからわずか半年ほどでタイヤはうんと進化し、今年はさらに上のSP9クラスで規定距離を走り切り、ニュル24時間耐久レースも総合17位で完走した。
なぜ、そこまで過酷な場所でタイヤを鍛えるのか。ニュルブルクリンクは、タイヤにとって多様な条件にさらされる舞台だ。極限の環境で性能を磨き、レースに挑み、そこで得た知見を市販タイヤへつなげていく。鈴鹿を走る200台を超えるクルマと、ニュルブルクリンクを限界域で走るレーシングカー。走る場所も速度も違う。しかし、その足元には一本の道がつながっている。
◆走る楽しさを、もっと多くの人と
その道がつながる場所のひとつが、この「PROXES DRIVING PLEASURE」なのだろう。この日は、プロドライバーによる同乗走行やドライビングレッスンも行われていた。
普段はレースでその走りを見る側にいるプロから直接アドバイスを受け、自分のクルマで実践してみる。それも、このイベントならではの醍醐味だ。
素人は躊躇してしまいそうなカーブに、果敢に攻め込んでいくプロのドライビングスキルに圧倒されたと話す人もいた。でもほんの少しコツを掴むと、自分にもできるかも?という感覚に変わっていくのだそうだ。その瞬間が楽しい、と笑顔で話す参加者がいた。
もちろん、楽しみ方はそれだけではない。少しでもタイムを縮めようと挑戦する人もいれば、初めての鈴鹿を自分のペースで走る人もいる。走行を終えたピットでは、仲間同士で言葉を交わしながらクルマを囲む姿があった。そして、今回は走らずにサーキットという場所そのものを楽しむ人もいれば、シミュレーションゲームブースでバーチャル走行に挑戦する姿もあった。
そこにあるのは、誰が一番速いかではなく、それぞれの「走る楽しさ」だ。トークショーの最後、中山選手はこう話していた。「僕らはクルマが大好きで、運転が大好き。自分たちが知っている“クルマで走るって楽しい”を、もっと多くの人と感じたい」と。
ニュルブルクリンクでは、限界に挑みながらPROXESを鍛える。そして鈴鹿では、その先にあるDRIVING PLEASUREを、一人ひとりが自分なりの方法で体験する。クルマを走らせることが好きなら、その楽しみ方に正解はひとつじゃない。200台を超えるクルマが集まった真夏の鈴鹿には、そのことを何より雄弁に物語る光景が広がっていた。
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