この記事をまとめると
■第2世代GT-Rと呼ばれるモデルが世界中で大人気で中古車価格が高騰し続けている
【ニッポンの名車】ボディ拡大で走りは劇的進化! 日産スカイラインR33GT-R
■市販されなかった幻のGT-Rとして「NISMO GT-R LM」というモデルが存在する
■ル・マン24時間耐久レースに出るためのホモロゲーションモデルであった
世界に1台しかない幻のGT-R
日本は島国ながら、世界に誇る自動車大国といわれていた。なかでもスポーツカーは高く評価されており、そのなかでももっともエモーショナルかつ象徴的な1台が、日産のスカイラインGT-Rだろう。俗に第2世代GT-Rと呼ばれるモデルは、1989年に誕生したR32からはじまり、その後継モデルとして1995年に誕生したR33、2002年に販売を終了したR34までの3モデルを指す。
日本のスポーツカーを象徴する1台であるのはもちろん、映画やアニメなどでも活躍したクルマということもあり、いまや北米を筆頭に、世界中にファンを抱えている。これらのGT-Rには各世代、さまざまなグレードや限定車が存在しているのだが、中古車であれば一般的なカタログモデルでコンディションを問わなければ500万円前後から、極上車で1000万円前後、限定車などではそれ以上、よりスペシャルなモデルでは1億円近いプライスになることも珍しくなくなってきた。天井知らずとはこのことである。
とはいえ極論をいえば、どんなに値上がりしようとも、お金さえあればいくらになろうとも買えるのが実際のところ。しかし、そんな第2世代GT-Rの世界において、どう足掻いても一般人が買うことができないモデルが、レーシングカー以外で存在する。それがこの記事で紹介する「NISMO GT-R LM」だ。
この「NISMO GT-R LM」は、見てのとおりBCNR33、通称R33GT-Rをベースにしていることは、なんとなくおわかりいただけるはず。しかし、どこからどう見ても形が歪だ。それもそのはず。この超がつくほどのワイドボディは、もととなるR33GT-Rがもつ1770mmから片側50mm、合計で約100mmワイドとなる1880mmという車幅であった。収まるホイールは前後とも純正より1インチアップの、18インチ9Jとなっている。
しかし、このクルマは一体何を目的に作られたのか。それは、世界三大レースのひとつであるル・マン24時間耐久レースのGT1というカテゴリーに出場するためにほかならない。このGT1というカテゴリーが重要で、これは市販車(ロードカー)をベースとしたマシンで戦うカテゴリーであったためだ。この当時、日産は、4ドアセダンを使うJTCC(全日本ツーリングカー選手権)や、JGTC(全日本GT選手権・現在のSUPER GT)、N1耐久レース(現在のスーパー耐久)しか戦える場所がなく、ほかに戦いの場を求めていた。
とくにJTCCはそもそもGT-Rは2ドアクーペなので問題外(プライベーターがECR33という4ドアセダンで参戦した記録はあるが)。そこでターゲットに定めたのが、ル・マンのこのカテゴリーだったというわけだ。さらには日産は、参戦3年以内にR33GT-Rでル・マンの表彰台に上がるという目標も掲げていた。
とはいえ、「はいR33をもってきました。これで出させてください」とならないのがレースの世界。当時のル・マンにおけるGT1カテゴリーの特別規則(ルール)には、車両規定についてこのように書かれていた。 ●車両は一般公道走行のために、また主催者が認めた国の行政機関によって正式に公認されるため、ヨーロッパの基準等によって定められた規則に例外なく従うように設計されていなければならない。
●サスペンション/ステアリングに関しても、部材の連接点の数や位置が維持されていることや、最大20mmの公差を限度としてオリジナルの位置を保たなければならない。 この条件にあうように作られたホモロゲーションモデルこそ、「NISMO GT-R LM」だったというわけだ。しかし本来、FIAの規定ではGT1規格に沿う市販モデルが25台必要だったそうだが、ル・マンでは1台でOKとした。ハードルを下げて、参加台数を増やしたいという狙いがあったといわれている。
レースに挑むために生まれたスペシャルマシン
ただここで、あることに気がつかないだろうか。そう、このクルマ、”スカイライン”とつかないのである。「NISMO GT-R LM」というのがこのクルマの正式名称だ。この背景には、ルールに「同一車種のなかに4ドアモデルが存在する場合、参戦車両として認めない」という条件がある。つまり、スカイラインにすると、4ドアセダンが存在してしまうのだ。よって日産は、このル・マンのためだけに、ヨーロッパで「NISMO GT-R LM」という、R33スカイラインをもとにした新しいクルマをゼロから作って新規登録し、公道走行可能なクルマとして世に出したわけだ。ある意味、第2世代GT-Rとは呼べない異質な1台なのかもしれない。
このクルマのベースは、JGTCにおけるN-GTというカテゴリーに属していたR33GT-Rのシャシーだ。このカテゴリーは市販車をもととしつつもいままでのグループA規格とは異なり、ボディへの大幅な改造も可能であった。なので、サスペンションの形式はそのままに、位置はストラットタワー周辺を切った貼ったで加工し内側へ移動し、アライメントを最適化。駆動方式もアテーサE-TSはオミットしてFR化。見た目の迫力に負けない大改造が施されていた。ただし、補強などはあまりされていなかったとのこと。
こうすることで、当時のル・マンの車両規定はクリアできたという。なお、灯火類はイギリス仕様だ。このクルマから約12年後に登場するR35GT-Rもスカイラインを名乗っていないが、最初にスカイラインを名乗らなかったGT-Rはこの「NISMO GT-R LM」であった。
しかし、意外なことにエンジンは伝家の宝刀であるRB26DETTを、市販車とほぼ変わらない仕様で搭載。この迫力の見た目で、馬力はたったの305馬力、トルクは38kg-m程度であった。これはあくまで、「NISMO GT-R LM」が合法的にヨーロッパの”公道を走れる”ことを証明できればよかったので、エンジンなどはあまり手を加えなかったそうだ。
一説には、前後重量バランスを考えてV6エンジン搭載も考えていたとも言われている。なお、車重は1580kg程度でとくに軽くないどころか、エアロのせいで市販車より若干(Vスペック比で約40kg)重くなっているという。インテリアも市販のR33GT-Rとほぼ同じで、違いはシートやステアリングの変更程度。オーディオも組まれている。定員も4名となり、外見からは拍子抜けするほど普通のクルマというギャップも面白い。
「NISMO GT-R LM」は、このようなイレギュラーな1台であったが、日産はなにを思ったのか、当時このクルマをあたかも商品かのようにカタログまで用意しており、一般に流通していた。バブル崩壊後なので難しかったかもしれないが、もしこれが市販モデルとして販売されていたら、また違った第2世代GT-Rの世界があったのかもしれない。
ただし、代わりといったら誤解を与えるかもしれないが、1996年にル・マン参戦を記念した特別仕様車として、R33GT-RにはLMリミテッドというモデルが設定されていた。このモデルは、レーシングブルーパールという専用色に塗られたほか、カーボン製リヤスポイラーの装備や、Cピラーに貼られた専用デカールを特徴としたGT-Rであった。残念ながらボディサイズや形状は通常モデルと同じだが…‥。
そんな背景から生まれたこの「NISMO GT-R LM」は、ロードカーはこの1台のみが作られ、1995年のレース本番ではレース用のマシンが2台(22号車・23号車)が出走している。22号車にはマッチこと、アイドル歌手として当時大人気であった近藤真彦氏(現:近藤レーシング監督)がステアリングを握っていた。結果は22号車は総合10位(GT1クラス5位)、23号車はメカトラブルでリタイヤとなっている。
翌1996年は23号車が総合15位(クラス10位)、22号車がリタイヤという成績を残した。この1996年より、ポルシェから911GT1などが出場しており、市販車ベースのモノコックボディに限界を感じた日産は、翌1997年からR390GT1を走らせることになる。
余談だがこのR390GT1は8台生産され、うち2台が一般に流通。1台が日本でもお馴染みのレーサー、エリック・コマス氏が所有し、一般公道で走らせているが、これはまたの機会に。もしこのR390GT1が市販されたら、当時1台1億円以上といわれたそうだ。
本番のレースでは思うような結果は残せなかったものの、いまでもイベントの展示などで大勢のファンを惹きつける幻のロードカー、「NISMO GT-R LM」の存在意義は大きいはずだ。
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みんなのコメント
近所のおっちゃんがオフィシャルで家から旗持って出てきたり、コースの隣の家の庭に手作り観覧車があったり。そんな光景がテレビに映るたびにいいなぁってみてました。