尊敬するふたりのエンジニア
ブリヂストンのイメージは、『ひたすらでかい会社』です。
ブリヂストン、最新ドライビングシミュレーターで年間1万2000本のタイヤを削減 新製品の開発加速へ
あくまでもイメージですが、人の話に耳を貸さず、ある意味、唯我独尊的なタイヤ作りをしているイメージがあります。実際のところは全然違うのでしょうが、なにしろ会社が大きすぎて、中の葛藤が外に漏れないというところはあるかもしれません。
もうひとつ、ボクにこのイメージを植え付けたのは、ボクが尊敬するふたりのエンジニアの存在です。
この話を深く突っ込んでいくと、後半のプロダクトの話にもなってしまうのですが。まあ、とりあえず書きます。
ちょうどボクが、タイヤの仕事をもらうようになって、試乗会に参加させてもらって、いろんな知識を学ばせてもらう、まさにそんなころ。ボクが駆け出しのころにいらしたおふたりなんです。
KさんとYさん。書き進めると、ご本人も関係者もみなさん判ってしまうのですが、あえて、イニシャルにさせていただきます。
ポテンザRE71を作ったKさん
Kさんは、『ポテンザRE71』を作ったエンジニアです。ポルシェ959の開発に合わせて、世界で初めてNコード(N0)を取得したのがポテンザRE71です。その開発を手掛けていたのがKさんだったのです。
それから、様々なクルマにOE採用されたポテンザRE86も、Kさんの仕事でした。
RE86は、確かAE86のトヨタ・カローラレビン/スプリンタートレノにも装着されましたし、Z32の日産フェアレディZにも採用されていました。当時、たぶん11車種くらいに純正採用されていたと記憶しています。
RE71の後、RE71G、RE710、RE710kaiと次々に名作を手掛けていきます。
タイヤを正しく評価するために必要なこと
いつだったか、雑誌独自の『タイヤの定地テスト』という企画が持ち上がって、Kさんに相談したことがあります。Kさんの答えは思いのほか厳しいものでした。路面温度管理はどうするのか、水深は一定を確保できるのか、水深何mmなのか、といったほぼ頭ごなしのダメ出しでした。
ただ、この時、不思議と少しも嫌な気分にはなりませんでした。Kさんの「自分の作ったタイヤを正しく評価してほしい」という本気の思いが伝わってきたからだと思います。
そんな厳しいことを言われても……という反発心はありましたが、1年を通して定期的に実施することを前提にした定地テストを行うためには、環境の整備というか、均一化が重要です。
ドライ路面もウエット路面も、気温が違えば制動距離は違ってくるし、水深の管理はさらに難しい。確かに路面温度によって制御距離は変わりますし、ウエットブレーキでは水深がシビアに制動距離に影響します。
タイヤを作る側からしたら、正確度の低いテストでタイヤを評価されたらたまらん、ということです。結局その企画は、没になってしまいました。
それから20数年経って、タイヤグレーディング制度というものができ、タイヤの転がり抵抗とウエットブレーキの横比較ができるようになったのでした。
ブリザックを作ったYさん
もうひとりの人物、この方も手掛けたタイヤをいえば、関係者には誰だかすぐにわかってしまうのですが、やはりイニシャルで書かせていただきます。
Yさんは、ブリヂストンのスタッドレスの父であり、発泡ゴムのスタッドレスタイヤ『ブリザック』を作った方です。
最初の発泡ゴムのスタッドレスタイヤは、ブリザックPM-10/PM-20。それ以前はホロニックというシリーズでした。
ブリザックは1988年に登場。PM-10が80偏平、PM-20が65と70偏平でした。55、50偏平サイズは、まだホロニックが売られていたと記憶しています。
ボクがフリーになる前年の発売だったのですが、「コンパウンドの中に気泡が入ったスタッドレスタイヤが発売された」と、ずいぶん話題になったのを覚えています。
当時は、他のスタッドレスタイヤも含めて、まだ氷雪上性能はそれなり、タイヤが滑るのが当たり前みたいなところがあったので、まさか今のようなスタッドレスタイヤが登場するなど思いもしなかったわけです。
でも、氷で滑り、磨かれた雪が止まらないなど、ネガティブなイメージはなかなか崩れることがありませんでした。それでもひたすらタイヤの開発を進めていたのがYさんでした。
1990年代に入ってからのスタッドレスタイヤは、それはもう熾烈な性能競争に入ります。
ブリヂストンでいうと、1992年秋に北海道東北限定の極寒地用スタッドレス=ブリザックPM-30が発売され、合わせてハイウエイスタッドレスEW-11が登場します。
ところが、全国的に売れたのは、極寒地用PM-30でした。九州でもPM-30が売れたという話が聞こえてきました。
これはブリヂストンだけでなく、ほかのメーカーも同様でした。当時、そのくらい切実に氷雪上性能が求められていたということです。
ぶれないコンセプトで進化そしてここから、Yさん+ブリヂストンは、発泡ゴムの進化にさらに力を入れていきます。
発泡ゴムの気泡を大径化&均一化したブリザックMZ-01(マルチセルコンパウンドZ)、気泡をつなげ排水・除水効果を高めた連鎖発泡ゴムのMZ-02、気泡の水路をさらに大径化したメガ発泡ゴムのMZ-03と、進化は続きました。
一般的なサマータイヤのモデルチェンジサイクルが4年であるのに対し、ブリザックはPM-30の登場以降、3年ごとにモデルチェンジを続け、2009年のブリザックREVO GZまで6代18年間に渡って進み続けたのです。
その後もYさんはスタッドレスの担当を、VRX3まで勤められます。うんと大げさに言いうと、ブリヂストンのスタッドレスの進化の過程で、価値観、コンセプトが1mmも変わることなく作り続けられてきたわけで、それを全て試乗することができたのは大きな財産だと思っています。
コウシスブタジエンゴムの謎を解き明かしてくれたKNさん
話は変わって、こんなこともありました。
その頃よく……、かどうかはわかりませんが、やたら目につき、資料を読むたびに引っかかっていた言葉あります。
『コウシスブタジエンゴム』。
当時は何の呪文か、と思っていたのですが、当然。化学の素養のある人には、むしろ説明の必要もないほど、そのモノを指し示す言葉だったりするのだと思います。
ブタジエンというのは聞いたことがあるぞ。ではコウシスとは? そんな迷える子羊(そんな可愛いもんじゃありませんね)に福音のように説明くださったのが、ブリヂストンの中央研究所にいらしたKNさんでした。
この方は、ポリマー研究、高分子分析分野の第一人者なのです。この方の説明がボクでもすんなり頭に入ってくるくらい分かりやすいものでした。
「コウシス(=高シス)ブタジエン」の謎「ナチュラルラバー(NR)は分子の向きが全て同じ方向を向いた100%シス構造なんです。ところが合成ゴムは100%シスにはならない。どうしても逆を向いたり、ひっくり返った並びが混じってしまうんです。これが、自然の不思議なところ」
「まず、シス構造は、強い引き裂き強度や、引張強度を発揮します。これに対して合成ゴム(ブタジエンゴム=BR)は、どうしても違う向きの分子が混じってしまう(トランス構造やビニル構造)のです。それをできるだけ少なくなるように合成(重合)したものが『高シス』なのです」
確かそんな説明だったと思います。記述の間違いがあったとしても、それはボクの記憶違いなので何卒ご容赦を。
専門分野の話なので、ボクの理解がこの程度ってことなんですが、ともあれ、ずっと頭の中に引っかかっていた「コウシス(=高シス)ブタジエン」の謎が解け、目の前の霧がパーッと晴れるような気がしました。
ブリヂストンという会社は、そこここにものすごい人がいるんだなあと、驚いたのでした。
今回は極々パーソナルな話を通して、ブリヂストンの技術の進化の一端をご紹介しました。
次回はタイヤについて、掘り下げてみたいと思います。
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