1990年初頭、好景気の波がもたらしたニッチな軽スポーツが登場した。当時の軽自動車スポーツブームを牽引したのは、「軽スポーツABC」と呼ばれたマツダAZ-1、ホンダBEAT、そして今回の主役であるスズキCappuccinoである。ボディ外板のほとんどを軽量のアルミニウムで覆い、剛性を損なわないためにフロアトンネルにボックス構造を採用するなど骨太な設計だった。さらに走りの質を求めてフロントミッドシップFRを選択。まさに軽自動車の域を超えて造られた本格スポーツだった。
→【画像】「可愛い顔して、中身はきっちりスポーツカー‼」バブル景気の真っ最中に登場した本格派軽スポーツ
●文:月刊自家用車編集部
―― 1989年のモーターショーにプロトタイプが展示され大反響を呼び、1991年に市販化が実現したカプチーノ。ロングノーズショートデッキというスポーツカーの王道といえるスタイルにクローズド、Tバー、タルガ、フルオープンに設定できるルーフを組み合わせる。メカニズムも凝ったもので、駆動方式はフロントミッドシップのFRで、サスペンションは前後Wウィッシュボーンを採用。エンジンは64PSの3気筒DOHCターボを搭載した。
―― ︎主要諸元 (前期型/1991年式) ●全長×全幅×全高:3295mm×1395mm×1185mm ●ホイールベース:2060mm ●車両重量:700kg ●乗車定員:2名●エンジン(F6A型):直列3気筒DOHCインタークーラーターボ 657cc ●最高出力:64PS/6500rpm●最大トルク:8.7kg-m/4000rpm●最小回転半径:4.4m燃料タンク容量:30L●ミッション:前進5段後進1段●サスペンション(前/後):ダブルウイッシュボーン/ダブルウイッシュボーン●ブレーキ(前/後):Vディスク/ディスク●タイヤ(前/後):165/65R14 ◎新車当時価格(東京地区):145.8万円
自動車は、単なる移動手段ではなく、個性を表現するための「ステータスシンボル」であった時代
1980年代後半から1990年代初頭にかけて国内のバブル景気は、人々に経済的な余裕をもたらした。自動車は単なる移動手段ではなく、個性を表現するための「ステータスシンボル」として捉えられるようになったのも、この時代の特徴ともいえる。この風潮を受けて、各自動車メーカーは採算を度外視したかのような、独創的で個性的な車を次々と市場に投入した。日産スカイラインGT-R(R32)、ホンダNSX、マツダ(インフィニティ)RX-7(FD3S)、三菱GTO、トヨタ・スープラなど、現在もレジェンドとして語り継がれるハイパワースポーツカーがこの時期に集中して登場したのだ。
軽自動車業界も例外ではなく、エンジンの高出力化(自主規制で上限64馬力だった)が進み、普通車に引けを取らない性能を持つモデルが登場し始めた。さらに当時、マツダのユーノス・ロードスターなど、手軽に楽しめるライトウェイトスポーツが人気を集めていたことも、軽スポーツカーの登場を後押ししたともいえる。
独創的な本格的な軽スポーツも、この時期を象徴するクルマである。今回紹介するスズキ・カプチーノは、ホンダ・ビート、マツダAZ-1と並び「軽スポーツABCトリオ」と呼ばれ、当時の軽自動車スポーツカーブームをけん引した代表的なクルマの1台である。
「走る楽しさ」を追求する純粋なスポーツカーとして企画されたカプチーノ
カプチーノは、1987年に開発コード「U.L.W. P-89(ウルトラ・ライト・ウェイト・スポーツ プロジェクト89)」としてプロジェクトがスタートした。当時の軽自動車は実用性が重視されることが多かった中で、「走る楽しさ」を追求する純粋なスポーツカーとして企画されたのだ。
ボンネット、3分割ハードトップ、リアピラー、フロントフェンダーロアパネル、フロアトンネルカバーなどに軽量なアルミニウムを採用。これにより、従来のスチールパーツと比較して15kgの軽量化を実現した。「軽さ」はカプチーノの最大のこだわりであった。しかし、単に軽量化するだけでなく、ボディ剛性の確保にも徹底的にこだわっている。クローズドボディを凌ぐ剛性を実現するため、設計段階からコンピューター解析を駆使。フロアトンネルをボックス構造にするなど、骨太な設計がなされているのも特徴だ。
搭載されたパワーユニットは、前期型はF6A型直列3気筒DOHCインタークーラー付ターボエンジン(657cc)を搭載し、最高出力64PS、最大トルク8.7kg-mを発揮。後期型は、オールアルミ製K6A型となり最高出力は同じだが、最大トルクが10.5kg-mに向上し、より低回転域からの力強い走りを実現している。
駆動方式は、FFが主流の軽自動車にあって、あえてFRを選択。エンジンをフロントミッドシップに縦置きすることで、理想的な前後重量配分(51:49)を実現することで、本格的なスポーツカーとしての性能を追求している。足回りもこだわりが強く、当時の軽自動車では唯一、前後ダブルウィッシュボーン式サスペンションを採用し、さらに4輪ディスクブレーキ(前輪はベンチレーテッド)など、走りに対する本気度は群を抜いていた。
―― タイトなコックピットは、足を前に投げ出すフォーミュラカーのようなドラポジだった。インパネデザインはオーソドックスだが、細かな部分の作り込みで高級感を漂わせている。
―― シートは人工レザーを採用し、オープン時の突然の雨で少しくらい濡れても簡単に拭き取れる。囲まれ感のあるシートはとてもスポーティに仕上がっている。
―― リアウインドウもガラスを採用。フレームとともに車体にすっぽり収納することができる。
―― FR駆動&4輪ダブルウイッシュボーンを採用することでスポーティなドライビングを演出する。これに加えて、4輪ディスクブレーキを装備するなど、走りに対するこだわりは本格的だった。
―― パワーユニットは、アルトワークスにも採用されていた直3DOHC+空冷インタークーラーターボという最強のエンジンが搭載された。
―― F6A型(前期型)
1990年1月の軽自動車規格改定(550cc → 660cc)に対応するため、F5Bのストロークをのばすことで660ccに排気量アップし、カプチーノはこれに空冷インタークーラーターボで武装した。
―― K6A型(後期型)
軽量化、生産性、リサイクルで有利なオールアルミ製エンジンで、セミウエットライナー構造、可変機構への対応が容易なDOHC 4バルブ、信頼性の高いチェーン駆動やメタルガスケットなどを新採用した。
シチュエーションにより使い分けられる独特のルーフ形状を採用
ライバルであるビートは、フルオープン&リアミッドシップ、AZ-1はガルウイング&リアミッドシップと個性を前面に押し出しているが、カプチーノもフルオープンを採用、3分割のデタッチャブルルーフ(左右2枚のフロントルーフと格納式リアウインドウで構成)により、フルオープン、Tバールーフ、エアロトップ+ハードトップクーペの4WAYで楽しむことができたのもカプチーノならではの特徴だった。
カプチーノは、バブル景気という時代の空気が生み出した、遊び心と技術力が結集した一台であった。バブル景気で人々に経済的な余裕があり、個性的な車を求める人々が増えていたからこそ、このようなニッチな本格スポーツカーが生まれたのだ。しかし、バブル崩壊後の景気後退により、軽スポーツカーの需要はたちまち減速し、ついにカプチーノは1998年に生産を終了することとなる。
カプチーノと同時代を彩ったライバルたち
―― ホンダ・ビート
1991年に突如発売された2シーターミッドシップ。オープン専用ボディは徹底的に剛性が追求され、エンジンは3連スロットルや凝った燃料噴射制御で、NAながら64psの高出力とスポーツバイクのような高感度のレスポンスを実現していた。
―― マツダ・AZ-1
外板に依存しないスケルトンモノコックと呼ばれるボディ構造やガルウイングドア、グラスキャノピーを採用。スズキ製のDOHCターボエンジンをミッドシップマウントし、超クイックなステアリングや極めて低いドライビングポジションなど、その運転感覚はさながらレーシングカートのようだった。
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