ナカニシ自動車産業リサーチ・中西孝樹氏による本誌『ベストカー』の月イチ連載「自動車業界一流分析」。クルマにまつわる経済事象をわかりやすく解説すると好評だ。第46回となる今回は、2025年7月に決着を見た日米の関税交渉の結果と変容する米国の環境政策。2つの観点から国内メーカーに及ぼす影響を見極める。
※本稿は2025年7月のものです
文:中西孝樹(ナカニシ自動車産業リサーチ)/写真:日産
初出:『ベストカー』2025年8月26日号
トヨタ・ホンダ・マツダ・日産……実は国内メーカーに良い影響も? トランプ関税&環境政策が日本に及ぼす可能性
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日米関税交渉決着を受けての国内メーカー各社の利益予想と動向
国内自動車セクターの関税影響と営業利益増減要因分析(単位:10億円)※注:集計対象は完成車8社ベース(出所:筆者作成)
日米の関税交渉は、2025年7月23日にようやく決着をみました。
当初「25%」とされていた相互関税は「15%」に引き下げられ、自動車については基本関税2.5%に加えて、追加分12.5%を上乗せした計「15%」で合意しました。そのなかで、自動車メーカー各社の決算にどのように影響をおよぼしたか見ていきます。
完成車には4月3日から、自動車部品には5月3日から課されていた25%の自動車追加関税が大幅に緩和されることになり、自動車産業にとってはポジティブサプライズとなりました。関税負担が軽減され、国内生産の空洞化リスクは大幅に後退したと考えられます。
もっとも、15%という水準は依然として高く、恒久化する可能性も高そうです。米国市場の構造変化も中期的に起こる可能性があり、国内自動車産業は真剣に構造対応を進めていかなければならないのです。
25%の追加関税が継続されていた場合、前回の予想では約3.2兆円規模の関税負担が発生し、自動車上場8社の営業利益を40%押し下げると試算していました。
しかし、今回の合意により状況は改善し、2026年3月期の8社合計営業利益は5.7兆円(前年比29%減)に収まる見通しです。営業利益率は6%弱と、2010年前後の金融危機期を除けば、過去の景気循環の底を上回る水準を確保する予測です。
2025年4-6月期決算レビューと2026年3月期会社ガイダンス(億円・出所:筆者作成)
2026年3月期通期計画の見直しでは、トヨタとホンダで明暗が分かれました。
トヨタは期初計画に1800億円しか関税費用を織り込んでいませんでした。今回、年間の関税費用を1.4兆円と見積もり、営業利益計画を6000億円引き下げ、3.8兆円から3.2兆円へ下方修正となりました。保守的な予想ではありますが、過去最高益であった2年前から実に2兆円もの急落となります。
しかし、特段、短期的な収益挽回策を打ち出すこともなく、サプライヤー支援や働き方改革などの余力づくりを目指した「足場固め」を継続する考えです。新しく着任したCFOと経理本部長は、「人への投資」や「将来への種まき」を継続する方針を示しました。
ホンダは営業利益ガイダンスを5000億円から7000億円へ上方修正しました。関税影響を当初の6500億円から4500億円へ修正したことが主因です。
この年間の利益計画には6500億円ものEV事業の赤字が含まれています。積極的過ぎたEV戦略の後始末の最中であり、いかに早期にEV事業の赤字縮小を実現するかが問われています。
マツダは合意を受けて営業利益ガイダンスを公表しました。赤字転落懸念が漂っていた同社にとって、500億円の営業利益予想はポジティブサプライズと言えるでしょう。
上半期は500億円の営業赤字を見込んでおり、下半期は1000億円の営業利益へV字回復するというのがマツダのメッセージです。実はこの回復には後半で解説する、米国の環境規制緩和に伴う大きな増益要因が含まれています。
日産は今期の赤字決算は避けられず、引き続き利益計画を示せていません。ただ、リストラは着実に進展しているようです。追浜工場(生産能力20万台)と日産車体湘南工場(同7万台)の閉鎖に加えて、メキシコのシバック工場(同20万台)を閉鎖する計画を発表しました。
累計で47万台規模の生産能力削減が確定し、構造改革の進捗は一段と鮮明になっています。
米国の気候変動対策がなくなる?
日産の赤字は続くが、リストラ策は着実に進行。構造改革に成功できるか注目が集まる
環境規制政策に目を転じると、トランプ政権は予想を超える急転換を打ち出しています。2025年1月の就任初日に、パリ協定からの離脱推進や温室効果ガス(GHG)規制緩和の大統領令に署名しました。
5月には、カリフォルニア州が進めてきた「ACC-II」(2035年までにハイブリッドを含むエンジン車を全廃する規制)への認可を取り消しました。これは日本車にとって環境規制の負荷を大幅に軽減する変化となります。
ACC-IIは日本車の競争力を根底から揺るがすものであり、各社が必死にEVシフトを進めていた理由でした。少なくとも4年間は規制が復活することはないでしょう。
7月4日、トランプ政権は「大きく美しい一つの法案(OBBBA)」を成立させ、バイデン前政権が推し進めたEV補助金制度をことごとく前倒しで廃止しました。ハイブリッド車人気には追い風となります。
トヨタやホンダは2030年に北米販売の60%超をハイブリッドが占めるとの見通しを示しており、現実味を帯びてきているのです。
同法で連邦燃費基準(CAFE)の罰金制度まで廃止しました。これによりカーボンクレジットの価値は失われ、テスラなどの収益構造に大打撃を与えることになります。
EPA(米国環境保護庁)は連邦GHG規制の根拠法の撤廃を提案しており、場合によってはGHG規制そのものが消滅し、自動車産業を縛ってきた三つの環境規制が一挙に失効する可能性が出てきているのです。
バイデン政権下での急進的なEVシフトは日本車の競争力を削ぎ落とす懸念がありました。トランプ政権の政策転換は、その流れを反転させたと言えるでしょう。メディアは関税ばかりに注目していますが、この政権交代は国内自動車産業にとってプラスとなる可能性もあるのです。
だからといって、電動化努力を怠ってよいという意味ではありません。むしろ冷静かつ着実に、収益性と競争力を両立できるEV戦略を再構築する時間的な猶予を得たと考えるべきです。
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