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日野×三菱ふそう統合の裏に「トヨタの損切り」? 弱者連合か、それとも再生の機会か――国内市場の明暗を読み解く

掲載 更新 15
日野×三菱ふそう統合の裏に「トヨタの損切り」? 弱者連合か、それとも再生の機会か――国内市場の明暗を読み解く

統合が意味するもの

 日野自動車、トヨタ自動車、ダイムラートラック、三菱ふそうトラック・バスの4社は2025年6月10日、三菱ふそうと日野の統合に関する最終合意を締結したと発表した。

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 4社は新たに持株会社を設立し、三菱ふそうと日野を100%子会社とする。持株会社の株式は、ダイムラートラックとトヨタがそれぞれ25%を保有する見通しだ。

 新会社の最高経営責任者(CEO)には、三菱ふそうの代表取締役社長であるカール・デッペン氏が就任予定。2026年4月の事業開始と、東京証券取引所プライム市場への上場を目指す。

 今回の合意により、三菱ふそうと日野は対等な立場で統合される。商用車の開発、調達、生産で連携し、競争力を高める方針だ。

 2025年4月には、複数のメディアが最終合意に向けた調整の動きを報じていた。準備を経て、いよいよ本格的な統合フェーズに入る。

 本稿では、なぜ両社がこのタイミングで統合に至ったのか、その背景と意義を検証していく。

いすゞ連合に及ばぬ統合

 両社の国内市場でのポジションを比較すると、その立ち位置には明確な違いがある。2024年の普通トラック(中大型)販売シェアでは、日野が26%を占め、三菱ふそうの19.6%を上回った。とくに大型トラックでは、日野が約7割のシェアを持ち、圧倒的な強さを見せている。

 日野は長年、トヨタグループの商用車部門としての地位を保ち、トヨタブランドを背景に市場での優位を築いてきた。2018年には、フォルクスワーゲン傘下のトラック・バス事業会社トレイトンと戦略的提携を開始していた。しかし、2022年3月に発覚したエンジン認証不正の影響で信頼が大きく揺らぐ。提携関係は2023年に解消され、市場トップの座からも転落した。

 一方の三菱ふそうは、メルセデス・ベンツの系譜を継ぐ高いブランド力を持つ。しかし、国内市場では日野やいすゞに後れを取り、独自路線を歩んできた。

 電動化への取り組みにも差がある。三菱ふそうは2017年から電気小型トラック「eCanter」の量産を開始。日野も2022年に「デュトロ ZEV」を投入したが、取り組みの先行度には非対称性が見られる。

 こうした両社の市場特性を踏まえると、統合には補完関係としての機能が期待できる。ただし、両社のシェアを合算しても、いすゞとUDトラックスの連合には及ばない。

「弱者連合」

との見方が残るのも事実である。

支配縮小で探る成長路線

 日野はこれまで、トヨタが50.1%を出資する連結子会社だった。しかし今後、トヨタは日野と一定の距離を取る。新会社におけるトヨタの出資比率は25%。議決権ベースでは19.9%にとどまる。この結果、日野はトヨタの持分法適用会社から外れ、グループ傘下から外れることになる。実質的には「損切り」とも言える措置だ。

 一方、ダイムラートラックはこれまで三菱ふそうに89%を出資していた。今回の統合により、議決権ベースで26.7%を保有し、同様に持分法適用会社とする。加えて、新会社にCEOを送り込むことで、引き続き関与を維持する。

 両社に共通するのは、子会社支配から

「戦略的連携」

への転換である。ただし、その意味合いは異なる。日野はトヨタとの決別を通じて、エンジン認証不正で傷ついたブランドの再建に取り組む。対照的に、三菱ふそうはグローバル市場の開拓や、電動化技術など先端領域の外販強化に向けて、体制を整える。戦略の軸は決別と再生、あるいは連携と拡張という形で分かれている。

守勢に徹した再編の現実

 トラック市場では、

・電動化
・自動運転
・水素を活用する燃料電池技術

などが急速に進展している。こうした新技術の開発には、従来とは桁違いのリソースが必要になるのは避けられない。技術課題を同時並行で進めつつ、それを支える製品ラインナップや販路を整えるには、統合が唯一の現実的な選択肢だった可能性が高い。

 今回の統合によって、国内トップシェアに相当する規模のスケールメリットが得られる。ただし、中型・大型トラック市場では価格競争が激化しており、「選択と集中」が避けられない局面にある。選択を誤れば撤退と見なされかねない。むしろ、弱者同士の連携こそが両社にとって最も合理的な判断だったといえる。今回の統合は、攻めよりも守りの色が濃い構造再編と位置づけられる。

 日野は羽村工場をトヨタへ売却することも発表した。譲渡価格は1500億円で、2026年4月1日までに手続きを完了する予定だ。羽村工場は1963(昭和38)年の操業開始以来、ハイラックスやランドクルーザー250などトヨタ車の生産を担ってきた。譲渡後も、トヨタグループの中でフレーム構造車両を手がける中核拠点として位置づけられる見通しである。

 この売却は、日野にとって財務再建策の一環であると同時に、事業戦略の転換を意味する。乗用車生産から手を引くことで、今後はトラックに特化する姿勢を明確に示したかたちだ。製造主体の交代を通じ、トラックメーカーとして再起を図るという覚悟がうかがえる判断といえる。

技術変数が突き崩す伝統

 日野と三菱ふそうの統合によって、国内トラックメーカーの勢力図は確実に塗り替わる。かつては競合関係にあった両社が、同一資本のもとで連携する。これにより、いすゞ・UDトラックス連合との二極体制がより鮮明になる。

 ただし、こうした再編は表層的な変化にすぎない。むしろ注目すべきは、両陣営が直面する外縁からの侵食である。グローバル市場では、トレイトン、タタ、そして中国メーカーがすでに一定の存在感を確立。価格と規模で圧倒するプレイヤーが、トラックの価値基準そのものを変えつつある。

 特に中国勢の台頭は深刻だ。単なるシェア拡大にとどまらず、調達・設計・流通まで一体化させた工業時間の短縮に踏み込んでいる。これは伝統的なメーカーにとって構造的な脅威となる。そこへ電動化、水素、自動運転といった技術変数が重なる。従来型の製品開発モデルは、こうしたスピードについていけない。

 テスラやBYDは、車両を単なる製品ではなく機能の更新プラットフォームとして扱う。その行動原理は、旧来の時間感覚では理解しがたい。いま競われているのは、時間そのものの支配権である。

 そうしたなかで問われるのは、統合によって得られる規模や資本の大きさではない。両社が新しい時間の使い方を構想できるかどうか、未来志向の判断を下せるかどうかにかかっている。

 障壁は少なくない。最大の問題は企業文化と意思決定構造の違いである。日本企業の一体感は制度ではなく、

・日々の空気
・暗黙知

に支えられている。そこへ欧州流の透明性と規律が入り込めば、現場には少なからぬ混乱が生じる。摩擦が制度疲労に転化するまでの猶予は、長くはない。

非対称統合が生む主導権の影

 今回の統合では、三菱ふそう側からCEOが派遣される。形式上は対等だが、実質的には非対称性が生まれている。ダイムラートラックとしては意思決定のスピードを確保するための措置だが、日野側にとっては共にあるではなく「共にされる」構図と映る可能性がある。

 現場が動くのは理屈ではない。納得によって初めて人は動く。表に出ない主導権争いが、判断を遅らせる要因となる。両社のラインは異なる歴史を背負っており、職能ごとの意味体系にもズレがある。統合の初期段階では、この摩擦をどう予算化・調整するかが最大の論点となる。さらに日本市場では、トラックは作業員の労働の器として機能している。ユーザーが求めるのは安定性と現場での扱いやすさだ。これを見誤れば、どんな戦略も機能しない。

 統合の本当のリスクは、開発リソースの不足ではない。両社の現場語を翻訳しきれず、意思決定が抽象的なまま浮いてしまうことにある。結果として、何を決めても現場が動かない――。その状態こそ、最大の敗北を意味する。

 統合が真に意味を持つためには、足し合わせる発想から脱する必要がある。弱点を補い合うという発想ではなく、異なる弱点同士が交わることで何を生み出せるか。その構想が事前に持てているかが問われる。

 いま両社に求められるのは、未来を見通すための解像度と、それを組織全体に伝播させる言葉の設計である。企業とは、時間の単位でどうふるまうか。これからの競争力は、そこにかかっている。

EV競争下で問われる供給責任

 日野がトヨタの連結子会社から外れることで、トヨタは今後どのような商用車事業のビジョンを描くのか。いうまでもなく、トヨタは乗用車市場で世界トップクラスの地位を築いている。一方、商用車市場では同じポジションを獲得できないことを認識しているはずだ。乗用車と商用車では求められる性能や開発サイクルが異なるため、乗用車で培ったノウハウを十分に活かしきれない面があった。

 そのためトヨタは、日野を支配下から解き放ち自立再建を促す道を選んだ。これは支配放棄ではない。一定の株式保有を維持し、間接的な支配を模索する動きである。いかにも実利主義的なトヨタのスタイルといえよう。

 トラック市場の主戦場である運送業界では、環境配慮からEVトラックへの期待が高まっている。新会社への期待も一層強まるだろう。しかしこの市場は常に実用性を重視する。特に運送業は時間的制約が厳しく、車両開発の遅延は致命傷となる可能性がある。

 統合後はメンテナンスや製品保証、サービス体制の一元化が求められる。万が一、不備が常態化すればユーザー離れが急速に進む恐れがある。

 統合によるスケールメリットで開発リソースの集約は可能だ。しかし製品がタイムリーに提供される保証はない。むしろ統合で意思決定が複雑化し、開発や製品投入の遅延リスクが高まる可能性もある。スケールメリットが技術競争の勝敗を決するかは、結局はユーザーの期待に応えられるかにかかっている。

文化摩擦超える現場主義

 日野と三菱ふそうの統合は、足し算では終わらない。未来を描くには、それに見合う準備が欠かせない。両社の背景にある企業文化の違いを乗り越えながら、当面は地道な作業が続く見通しだ。

 トラック市場で競争力の源となるのは、技術でも資本でもない。鍵を握るのは、強い意志とそれを支える「人」そのものである。

 新会社が東京証券取引所プライム市場への上場を目指す理由は、企業再生の象徴なのか。それとも上場そのものが目的なのか。その意味を最終的に決定づけるのは、新会社としての成否に他ならない。統合が誰のためのものだったのか──答えはそこで明らかになる。(鶴見則行(自動車ライター))

文:Merkmal 鶴見則行(自動車ライター)
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みんなのコメント

15件
  • han********
    日野もフソーも乗り手には好かれるメーカー。
    再生はできるでしょ。
  • ken********
    羽村売るのかよ。とは思ったけど、支配の及ばない会社に「トヨタ」ブランドのクルマを作らせるほうが変な話か。
※コメントは個人の見解であり、記事提供社と関係はありません。

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