BYDのスピード開発にどう立ち向かう? 日産が次期「スカイライン」から導入する開発期間短縮と組織再編の真意
レーシングドライバーであり自動車評論家でもある木下隆之が毎週発信している人気連載コラム「Key’s note」。今回は、自動車業界で最大の話題となっている中国メーカーの驚異的な開発スピードと、それに対抗すべく日産自動車が発表した「開発期間短縮化の取り組み」を取り上げる。平均点のクルマづくりから脱却し、新たな体制で挑む日産の改革案とは。
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すべての項目で80点を狙う堂々巡りをやめ、クルマの個性に資源を集中させるため
「時間」は誰にでも平等に流れている。だが、自動車メーカーだけは、その流れ方が違うらしい。
先日、中国自動車最大手のBYDが、日本独自の規格である軽自動車市場へ参入を開始した。車名は「ラッコ」。しかも狙ったのは、日本メーカーが最も得意とするスーパーハイトワゴンという激戦区だ。装備や価格を見ても十分に競争力がある。だが、僕が本当に驚いたのはそこではなかった。
「開発期間は約30カ月です」
その一言に尽きる。クルマづくりを知る者なら、一瞬耳を疑う数字だろう。
ついこの間まで、新型車の開発には約4年かかるのが常識だった。市場を調査し、コンセプトを描き、デザインを練り、試作車を何台も壊しながら完成へ近づけていく。その長い時間は、まるでワインを樽の中で熟成させるようなものだった。時間そのものが品質を育てると信じられてきたのだ。
ところがBYDは、その時間を半分に縮めた。まるで季節をひとつ飛ばして春を迎えてしまうような速さと言える。
いま、自動車業界では中国メーカーの開発スピードが最大の話題になっている。市場は驚くほどの速度で変化を続けており、戦争や災害により物流も頻繁に乱れる。そもそも技術が急速に進化しているのだ。のんびり開発していたのでは、商品の鮮度が低下してしまう。それに対応するには、開発の短縮が急務となる。
そんなタイミングで、日産自動車が「開発期間短縮化の取り組み」と題した技術説明会を開催した。BYDがなぜ30か月という驚異的なスピードを実現できたのかは別の機会に譲るとして、今回は日産がどのように変わろうとしているのかを紹介したい。
説明を担当したのは、第一製品開発本部で執行職を務める山口一之氏だ。興味深かったのは、時間を縮めるというより、時間を浪費しないための発想へ切り替えた点だった。
これまで新型車は、まずライバルを徹底的に分析することから始まっていた。乗り心地、加速性能、燃費、室内空間、安全性能など、あらゆる項目で競合を上回る数値目標を設定し、それぞれの担当部署が開発を進める。
一見すると理想的な方法に思える。だが、その先に待っているのは、意外にも平均点のクルマだった。加速性能を高めようとすれば、大きなエンジンやターボが必要になり価格は上がる。サスペンション剛性を高めれば、今度は乗り心地が犠牲になる。コンパクトなスタイルを追求すれば、室内空間が足りなくなるという具合だ。こちらを立てれば、あちらが立たない。
まるで短い布団で肩を隠せば足が出て、足を覆えば肩が寒い。そんな堂々巡りを繰り返していたのだ。
そのたびに設計は前へ進み、また後ろへ戻る。せっかく完成したターボ仕様が燃費目標に届かず見直され、デザイナーが描いた美しいボディラインも、後席が狭いの一言で描き直しになる。これまでの開発は、前進することよりも後退する時間のほうが長い仕事だったのかもしれない。
そこで日産は発想そのものを変えた。すべての項目で80点を目指すのではなく、このクルマは何でお客様の心を動かすのかというウリを最初に決めるようにしたのだ。企画段階から個性を際立たせ、そこへ開発資源を集中させる。平均点ではなく、記憶に残る1台を目指す。これは単なる時間短縮だけではなく、日産らしさを取り戻そうという挑戦でもあるように感じた。
PDとCPSを一体化し、意思決定の迷いをなくす組織へ
改革は組織にも及んでいる。従来は、収益責任者であるPD、商品企画責任者であるCPS、そして技術責任者のCVEという三本柱でプロジェクトを進めていた。もちろん役割分担としては理にかなっている。
しかし3人の指揮者が同じオーケストラを振れば、テンポが揃うまでに時間がかかってしまう。「船頭多くして船山に登る」ということわざ通り、指揮官が多ければ意見が分かれ、結果として見当違いの方向に進んでしまうのだ。そこでPDとCPSを一体化し、「PD with CPS」とCVEの二本柱へ再編した。
意思決定を簡素化し、迷う時間を減らす。演奏を始める前に楽譜を何度も見比べるのではなく、指揮者がタクトを振った瞬間、一斉に演奏が始まるような組織を目指したのだ。
船頭が進路は北だと言えば、一気呵成に船は北に向かって突き進むというわけだ。西にも東にも進路を変えることを避け、動力は全速力のまま前進する。
もちろんAIの活用やデジタルシミュレーション、自動運転技術を利用した試験など、時間短縮のための施策は数多い。だが山口氏の話を聞いていると、最大の改革はコンピューターではなく、人と組織だったように思える。その結果、開発期間は約37か月へ短縮できる見通しだという。
時計の針より大切なのは、クルマづくりに込める確かな思想
とはいえ、BYDが掲げる30か月にはまだ届かないと考える読者もいるだろう。ただ、ここにはひとつ注意しなければならないことがある。
各メーカーが公表する開発期間は、スタート地点が必ずしも同じではないのだ。プロジェクトチームが発足した日を起点とするのか、デザインが正式に始まった時点なのか、あるいはパワーユニット設計の開始なのか。スタートラインの位置が違えば、ゴールまでの距離も変わる。
だから30カ月と37カ月という数字だけを並べても、本当の勝負は見えてこない。料理でも、煮込み時間だけでは味は決まらないということだ。大切なのは、下ごしらえをどうしたのか。どんなレシピで、どんな火加減で仕上げたのかという点だ。
世界の時計の針は、確かにこれまでより速く回り始めた。だが、自動車はストップウォッチだけで評価される工業製品ではない。開発の速さは競争力になるけれど、ブランドを育てるのは時間ではなく思想だ。
日産が短縮しようとしているのは、開発日数だけではなく迷いの時間なのだ。その挑戦が、再び日産らしいと思わせるクルマへ結びつくのか。これからが本当の見どころになる。
この改革が本格的に実行に移されるのは、発売が待たれる次期型「スカイライン」からだという。僕は今後の日産に、期待しか感じていない。
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みんなのコメント
会社をここまで低迷させ多くの有能な社員をリストラさせている経営陣こそまずは刷新するべきなんじゃないの・・・
大部分流用ならそら開発期間は短くて済むよ