5月17日は「IDAHOBIT(アイダホビット/同性愛嫌悪や両性愛嫌悪、トランスジェンダー嫌悪に反対する国際デー)」。恐怖症や嫌悪を表す「Phobia(フォビア)」について、ライターの松岡宗嗣が考える。
「Acrophobia(高所恐怖症)」や「Claustrophobia(閉所恐怖症)」、ブツブツが集まった写真を見ると鳥肌が立つような「Trypophobia(集合体恐怖症)」など、「-phobia」という言葉がある。日本語では「恐怖症」と訳されることが多い。
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一方で、外国人への排斥感情については「Xenophobia(ゼノフォビア)」、同性愛者への偏見などは「Homophobia(ホモフォビア)と表現される。ここでは、恐怖症ではなく「外国人嫌悪」「同性愛嫌悪」と訳されるだろう。
恐怖症と嫌悪。一見異なる感情や認識のようにも見えるが、なぜこの二つの意味は同じ「phobia」という言葉で表されるのだろうか。外国人や性的マイノリティを忌み嫌い、排除しようとする人たちは、いったい何を恐れているのだろうか。
前進と後退
5月17日は「International Day Against Homophobia Biphobia and Transphobia:同性愛嫌悪や両性愛嫌悪、トランスジェンダー嫌悪に反対する国際デー」だ。IDAHOBIT(アイダホビット)と略される。
1990年5月17日に、WHOが同性愛を精神疾患のリストから削除したことを記念して定められた。そこから35年が経った現在、性的マイノリティをめぐる社会は、権利保障が進んだ面もあるが、大きな揺り戻しにも直面している。
世界では約80ヵ国で性的指向に基づく雇用差別が禁止されている。ILGAなどの調査によると、教育・医療・サービスなどさまざまな領域での差別を禁止している国は約60ヵ国にのぼる。さらに、現在39の国と地域で同性婚が認められている。
その一方で、約60の国では現在も同性間の性行為が犯罪とされている。ウガンダでは2023年に「世界最悪」とも言われるような、同性愛を厳罰化し最高刑が死刑となる法律が成立した。その他に、実際執行されるかには差があるが、ブルネイやイラン、サウジアラビア、イエメンなどでも死刑が定められている。
トランスジェンダーをめぐっては、2022年にWHOが「性同一性障害」を精神疾患のリストから削除し、新たに「性の健康に関連する状態」という項目の中に「性別不合(Gender Incongruence)」を設けた。
少なくとも96の国で法的な性別変更が可能と言われており、その中でもドイツなど22ヵ国以上が、自己申告で法律上の性別変更が可能になっている(補足するが、変更した性別で男女別の施設をすべて一律に利用できるようになるわけではない)。日本のように、性別変更自体は可能だが、医師による診断やホルモン療法、性別適合手術などさまざまな要件がかされる国が多い。
一方で、アメリカでは近年、反トランスジェンダーの州法の提案が急増している。Trans Legislation Trackerによると、2022年には174本、2023年には615本、2025年ではすでに800本以上の反トランス法案が各州で提案されているという。そんな中、第2次トランプ政権が誕生し、さらにトランスジェンダーやノンバイナリーの排除は加速している。
トランプ大統領は「性別は生物学的な男性と女性のみ」とする大統領令をはじめ、軍隊からのトランスジェンダーの排除、性別移行に関する医療への連邦政府の補助金停止といった反トランスジェンダーの大統領令を次々と出していった。
トランプ政権がUSAIDの資金拠出を停止するなど、海外への援助を止めてしまったことから、アフリカ諸国でLGBTQ+迫害の動きが強まっているとも報道されている。
国際的なバックラッシュ
こうした動きの背景に、国際的な「反ジェンダームーブメント」の広がりがあると指摘されている。中絶の権利などに反対するカトリック教会の議論から始まった動きと言われるが、その射程はLGBTQ+や性教育などにも及んでいる。ヨーロッパや北米を中心に同性婚の法制化を阻止できなかった保守派は、その標的をトランスジェンダーに移し、動員や資金集めのアジェンダとしていることも報告されている。
一方、ロシアでは2022年に同性愛宣伝禁止法をさらに拡大した「LGBTQ+宣伝禁止法」が成立。性的マイノリティに関する報道や映画、書籍、ゲームなどの販売も禁止した。ロシアに続くように、2024年には隣国ジョージアでも反LGBTQ+法が成立し、同性婚や性的マイノリティによる養子受け入れ、性別適合手術や公の場でのLGBTQ+の宣伝を禁止した。
2025年3月には、ハンガリーでプライドパレードなどのLGBTQ+に関するイベントを禁止し、顔認識ツールで参加者を特定することを可能にする法律が成立した。
ロシアや東欧、アフリカ、または中国などでは、LGBTQ+の権利を「西側の価値観」として反対する動きが根強い一方で、欧米や日本の保守派の中には、LGBTQ+の権利を「共産主義の思想」だとして反対する動きもある。性的マイノリティの権利保障を阻むために、どちら側にとっても都合の良いロジックが用いられる。
日本の現状はどうか。日本には性的指向や性自認に関する差別を禁止する法律はないが、2023年に「LGBT理解増進法」ができた。しかし、差別禁止は盛り込まれず、法整備の過程では、むしろトランスジェンダーに対する“無理解”が“増進”された。法律ができてもうすぐ2年が経つが、政府は基本計画すら示しておらず、理解増進の施策は一向に進んでいない。
自治体のパートナーシップ制度の人口カバー率は9割を超え、婚姻の平等を求める訴訟では、すべての高裁で違憲判決が続いているが、国は同性婚に関する議論すら進めようとしない。
法的な性別変更の要件を定める性同一性障害特例法をめぐり、2023年に最高裁が「生殖不能要件」を違憲と判断した。裁判所の実務においては、すでにこの要件は無効化されているが、1年半以上が経っても国は法改正に動かず放置している。SNS上のトランスジェンダーに対するバッシングの広がりは収まることなく、今後法改正をめぐる議論が本格化すると、さらに激しくなることは必至だろう。
「知らないこと」への恐れ
LGBTQ+に関する情報を発信しているマット・バーンスタインは、1970年代の同性愛嫌悪の言葉と、2020年代のトランスジェンダー嫌悪の言葉の共通点を指摘している。
「彼らは子どもを洗脳しようとしている」「教育現場で子どもを勧誘してる」「一時的なものでいつかは治る」「親の育て方のせいだ」「自然に反する」「子どもが知るには早すぎる」
その他にも、同性愛者の権利を認めると「子どもが襲われる」といったものや、「伝統的な家族観が崩壊する」「マルクス主義の思想だ」などの陰謀論的な言説もあった。日本でもしばしば聞かれる言葉だ。
2000年前後の日本では、ジェンダー平等を進める動きに対する大きなバックラッシュが起き、ジェンダーという言葉がタブー視されることもあった。その際用られていた言説の中には、「着替えが男女同室になってしまう」「トイレも男女一緒」「風呂も一緒になる」「男か女かわからない、雌雄同体のカタツムリを目指している」「社会を壊す共産主義の革命戦略だ」といったものもあった。
過去の同性愛やジェンダー平等へのバックラッシュの言説と、現在のトランスジェンダーに対するバッシングの言説がいかに共通しているかがわかる。こうした言説は常に使いまわされているのだ。
人口の1%にも満たないほどの人々を脅威として描き、不安を煽ることでマイノリティの人々をスケープゴート(集団の不満をそらすため責任を押し付けられる生け贄)にする。大元をたどれば、宗教や政治的な背景から、意図的にデマに基づく排除言説がまことしやかに拡げられていることがわかるが、それを見聞きした少なくない人たちが簡単に煽動されてしまう。この構造はいつの時代も繰り返されてきたが、現代においてSNSがその構造をさらに助長している。
なぜ煽動されてしまうのか。その大きな要因の1つが「知らないから」だろう。知識という意味だけでなく、実際に当事者が身近にいるという実感をもっていないから、リアルな実態ではなくイメージによって危機感を煽られてしまう。
知らないことは怖い。予測できないことはストレスだ。自分にとって未知の存在は、不安や脅威に感じてしまう。だから嫌悪し、排除したり、またはどうにか自分の理解の範ちゅうに落とし込み、納得するための枠組みを作ってきた。
たとえばその1つが「病理」だ。同性愛やトランスジェンダーなどについて、社会は「あれは病気だから」と納得してきた。「治すべき人たちだ」と。しかし、科学の知見から病理とは言えなくなってきたことがわかると、「かわいそうな人たちだから認めてあげるべきだ」という理解になった。当事者の訴えや実態が知られるようになると、「特殊な人たち」として受容されていく。「活用すべき多様性、ユニークな個性だ」と意味付けをしたり、または「普通じゃないけど、自分には関係ないから認めても良い」という受け止めに変わっていった。
しかし、これらに共通するのは、立場のパワーバランスの不均衡を無視し「あくまでマジョリティが不快に思わない範囲であれば」という条件付きであることだ。少しでもその域を越えると今度は「行き過ぎ」だと声を封じ込めようとする。マジョリティの人々にとって、自分にコストがかからない範囲であれば受け入れてあげるけど、それを超えると途端に「マイノリティを優先しすぎだ」と言う。
そこにあるのは、自分たちがこれまで「当たり前」と捉えてきた価値観が脅かされるのではないかという怯えかもしれない。ほかの生き方を認めることが、自分の人生やこれまでの選択までが否定されたように感じてしまうという恐怖からかもしれない。マイノリティの存在は、社会の「ふつう」を問う鏡だ。差別や偏見からヘイト、排除が起きてしまう背後に、そうした「ふつう」が問われることへの恐怖と嫌悪が隣り合っている。
立ち止まり、立ち向かうこと
「知る」というのは、LGBTQ+とは何かといった知識を得ることだけではない。当事者のリアルな人生や生活実態を知っていること、ともに生きている実感をもっていることも「知る」ことだ。そして、自分がこれまで当然としていた価値観を捉え直すことも「知る」ことの重要な要素の1つだ。
SNSを開けば、不安や脅威を感じる強い言葉が濁流のように流れてくる。知らないことに恐怖や嫌悪を感じたときこそ、一度立ち止まって考える時間をもちたい。事実よりも感情を煽る言葉が評価される世の中で、すぐにタップする前に、シェアのボタンを押す前に、誰かに話す前に、なぜ自分は恐れているのだろうか、その情報に根拠はあるだろうか、実態を認識できているだろうかと考える時間をもち、自ら知りに行くことが必要ではないだろうか。
SNSの激しい言葉を見て「こんなデマ誰も信じないだろう」と、無視すれば良いと思うこともあるだろう。しかし、拡がり続ければいつの間にか真実のように捉えられてしまうこともある。不安や憎悪を煽る言説は、いつか現実の暴力に繋がっていく。知らないことが不安や恐れを、偏見が差別を、差別が暴力を生む。この連鎖を断ち切るためには、嫌悪への反対を示し、偏見をなくしていくことこそが求められる。IDAHOBITのAは「Against(反対・対抗する)」。立ち止まるだけでなく、嫌悪に対して立ち上がり、そして立ち向かうことが必要だ。
松岡宗嗣(まつおか そうし)
ライター、一般社団法人fair代表理事
1994年、愛知県生まれ。政策や法制度を中心とした性的マイノリティに関する情報を発信する「一般社団法人fair」代表理事。ゲイであることをオープンにしながらライターとして活動。教育機関や企業、自治体等で多様な性のあり方に関する研修・講演なども行っている。単著『あいつゲイだって アウティングはなぜ問題なのか?』(柏書房)、共著『LGBTとハラスメント』(集英社新書)など。
文・松岡宗嗣
編集・神谷 晃(GQ)
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