田舎暮らしのために買ったランクル
「初めに買ったのは、100系のランドクルーザー。でも、妻が好きになれないと話すので、結局14台も買い足すことに」。と苦笑いするのは、トーマス・オーブリー・フレッチャー氏。彼のオフローダー・コレクションは、今も数が増え続けている。
【画像】1人の英国人がコレクションするランドクルーザー 現行の250と300、ハイラックスも 全156枚
グレートブリテン島中部、ロンドンの北東に位置するバッキンガムシャー州。ひっそり佇む倉庫には、所狭しとランドクルーザーが並んでいた。ランドローバーが生まれた英国にあって、反骨精神のようなものを感じる景色かもしれない。
フレッチャーが、1台目のランドクルーザーを買ったキッカケは、田舎暮らしを始めたから。妻や子ども3人と自然へ近い環境で生活するには、オフローダーが必要だった。ただし、ランドローバー・レンジローバーは、小さな町では少し目立ちすぎた。
原点にあるのは1951年のトヨタ・ジープBJ
そこでフレッチャーが選んだのが、ダーク・グリーンが似合う、100系。逞しいスタイリングへ以前から惹かれていたそうだが、乗り始めて数か月も経たない内に、圧倒的なタフさへ心が奪われたらしい。
「以前に、土砂降りの中を運転していた時の安心感は、忘れられません。ランドクルーザーは、すべての部品に余裕があります。エアフィルターのケースなんかも、不自然なほど大きいんです」。とはいえ、6年間で2桁へ台数を増やしたことには驚いてしまう。
ランドクルーザーは、レンジローバーの日本製ライバル。現在の英国では250系しか売られていないが、ボディサイズや価格帯の異なる、複数のモデルが今でも世界市場で提供されている。ランドローバーより早く、直列6気筒エンジンを採用してもいる。
この原点にあるのは、警察予備隊の登用を前提にしたオフローダー、1951年のトヨタ・ジープBJ。1954年にランドクルーザーと命名され、輸出が始まった。
信頼性や堅牢性の土台にある巧妙な設計
1955年にBJ系は20系へ改良。1960年には40系へ進化を遂げ、生産拠点はブラジルにも設けられた。日本では1986年に生産を終えるが、2001年までにラインオフした40系ランドクルーザーは、合計100万台以上に登る。
確固たる支持を集めた理由といえる、圧倒的な信頼性や堅牢性の土台にあるのは、巧妙な設計にある。錆びやすい溶接されたボックス構造ではなく、シャシーにはコの字状の部材を採用し、当初から長持ちすることが意識されていた。
もちろん、フレッチャーも40系を所有する。4.2L直6ガソリンエンジンを積んだ、FJ40を。ニュージーランドで暮らす庭師の移動手段だった1台を、輸入したそうだ。当初はレストアする計画だったが、実物を見て、この風合いを保とうと決めたらしい。
ボディには、サビでできた穴がちらほら。車内は想像以上に簡素で、フロアにはゴムマットが敷かれているが、防音材は基本的にない。
直6エンジンで意外なほど活発に走る40系
日本車では珍しく、人間工学には改善の余地がある。クラッチペダルを踏むと、左足が飛び出たヒンジへ引っかかりがち。4速マニュアルのシフトレバーは、上半身を動かす必要があるほどストロークが長い。
それでも、変速感は充分に滑らか。クラッチも重すぎない。1960年代の四輪駆動車だから、ステアリングの反応はそれなりに曖昧だが。
発進させると、V8エンジンを積んだ同時期のランドローバー・シリーズIII(後のディフェンダー)より明確にパワフル。直6エンジンは126psを発揮し、低域から頼もしいトルクを引き出せ、意外なほど活発に走る。
他方、路面は滑らかでも、ボディのあちこちからガタガタ・ギシギシとノイズが聞こえる。リーフスプリングは硬く、大人1人だけではリアが暴れがち。あぜ道を30km/h程度で流せば、身体がシートの上で跳ねてしまう。
この続きは、英国のトヨタ・ランドクルーザー・マニア(2)にて。
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