29歳で人生初のフェラーリを購入した『GQ JAPAN』の編集部員のイナガキが、ひょんなことからあるスポーツカーを購入することに。はたして、“跳ね馬”そして“ゲレンデ”の次はいかに?
エンジンは一発で力強く目覚める
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(前話から続く)長かった1日目のドライブを終え、無事に第一の目的地である大阪へ到着し、泥のように眠った翌朝。1000kmのハネムーンは、いよいよ後半戦となる東京への道のりを残すのみとなった。
エスプリを停めていたのは、梅田の中心部。ホテルを出て、朝日に照らされる真紅の低いシルエットを目にした瞬間、昨日までの激闘と疲労が嘘のように消え去り、再びステアリングを握る喜びに胸が高鳴った。
冷え切った状態からのコールドスタート。気難しい旧車ゆえに少し身構えたが、キーを回すと2.2リッターのターボエンジンは一発で力強く目覚めた。
アイドリングは小気味よく安定しており、昨日の長距離走行による熱ダレや不具合の兆候は全く見られない。この年代の英国車が抱きがちな“虚弱体質”のイメージを覆す機関のタフさには、本当に驚かされるばかりだ。
しかし、休日の朝とはいえ、ここは西の巨大ターミナル・梅田である。車列が動き始めると、エスプリは途端に機嫌を損ねたかのように重厚な操作感を乗り手に要求してくる。
ストップアンドゴーが続く市街地ではノンパワステのステアリングがずっしりと腕にのしかかり、ギクシャクしたシフトと重いクラッチを踏み込む左足には、朝一番から容赦ない疲労が蓄積していく。
さらに、極端に低い視界は周囲のミニバンやトラックに完全に埋もれてしまい、迷路のように入り組んだ梅田の道路網と相まって、高速道路のインターチェンジへ向かうだけでも一苦労である。
相変わらずエアコンのスイッチを入れても生ぬるい風しか出てこないが、少しだけ開けた窓から入り込む朝の空気は、昨日までの灼熱地獄に比べれば遥かに心地よかった。
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やがて、フロントガラスの先に高速道路の入り口が見えてきた。ETCゲートをくぐり、合流車線でアクセルを踏み込む。ターボのブーストが掛かり、甲高い咆哮とともに本線へ合流しようとしたまさにその時だった。フロントガラスにポツリ、ポツリと水滴が落ちてきたかと思うと、瞬く間に本格的な雨へと変わったのだ。
「冗談だろう……」
思わず独りごちた。現代のクルマであれば、ワイパーを動かしエアコンのデフロスターをオンにするだけの日常的な出来事だ。
しかし、筆者がステアリングを握っているのは、エアコンが完全に沈黙した1990年式のロータス・エスプリである。雨降る高速道路といったシチュエーションは、昨日までの灼熱地獄とはまた別の、極めて厄介な試練の始まりを意味していた。
まず直面したのは、視界の確保だ。昨晩、路面の段差を乗り越えたショックで勝手に動き出すというポルターガイスト現象を見せたフロントワイパーが、ついに本来の仕事をする時が来た。
エスプリのワイパーは、巨大な1本のアームがフロントガラスの中央に鎮座するシングルワイパー方式だ。スイッチを入れると、モーターの重々しい音とともに巨大なブレードが弧を描き始めた。拭き取り面積はそこそこ広いものの、その動きはどこか頼りなく、激しくなる雨足に対して必死に抵抗しているような健気さすら感じさせた。
さらに、雨の高速道路はエスプリの凶暴な一面を呼び覚ます危険性を孕んでいる。ABSもトラクションコントロールも存在しない軽量なミッドシップスポーツカーにとって、濡れた路面はまさにスケートリンク。ステアリングを握る手にじっとりと汗が滲む。
しかし、ここでも筆者を救ってくれたのは、足元に履かせた最新のポテンザ「RE-71RZ」のタイヤだった。雨の阪神高速の継ぎ目を越える際も、ハイグリップラジアルはしっかりと路面に食いつき、滑るそぶりを見せない。ノンパワステの重いステアリングから伝わる確かな接地感が、張り詰めた筆者の神経を少しだけ和らげてくれた。
扇町インターチェンジからの雨という予期せぬ事態。片側だけ濡れた右肩の冷たさと、曇りガラスと格闘しながらのドライビングは、もはや苦行の域に達している。
しかし、不思議なことに後悔は微塵もなかった。巨大なシングルワイパー越しに滲む雨の景色を見つめながら、この不器用で手のかかる機械と、またひとつ深く通じ合えたような高揚感に包まれていたのである。
試練に満ちた1000kmのハネムーンは、東京へ向けていよいよ佳境に入っていく。
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Vol.1 今なら、あのクルマに乗れるのではないか?
Vol.2 ついに実車と対面! 無謀とも言える決断とは
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Vol.4 納車、そしていざ東京へ!
Vol.5 スタート1分でエアコン故障
Vol.6 給油もひと苦労
Vol.7 意外な居住性
Vol.8 驚きの燃費と誤作動
文と編集・稲垣邦康(GQ) 写真・安井宏充(Weekend.)
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