「9連覇は当然狙っています。なかなか難しいですし高い目標かもしれませんが、台数も増えたということもありますので、全勝してチャンピオンというところを今年も変わらず目指していきたいです」
そう今シーズンの意気込みを語るのは、スーパーGTに参戦するブリヂストンのMSタイヤ開発マネージャー山本貴彦氏。昨年限りでミシュランがGT500への供給を終了したことに伴い、長らくミシュランユーザーだったNISMOの2台は今季からブリヂストンユーザーに。現在GT500で8連覇中のブリヂストンは、全15台中12台にタイヤを供給するという“超大所帯”となる。
■冷たく降る雨の裏で、今年もアツいスーパーGTウエットタイヤ戦線。各社の新トレッドパターンがあらわに……ミシュランはGT500席巻したパターンをGT300でテスト
これにより一層厳しい状況に置かれると予想されるのが、ヨコハマとダンロップだ。TGR TEAM WedsSport BANDOHとKONDO RACINGの2台にタイヤを供給するヨコハマは、昨年の鈴鹿戦で19号車WedsSportによって7年ぶりの勝利を手にしたが、コンスタントに決勝レースの上位争い、タイトル争いに絡むには至っていない。Modulo Nakajima Racingの1台に供給するダンロップも、昨年は波乱の富士戦での繰り上がり2位があったものの、最後の勝利は2017年の鈴鹿戦まで遡る。
こういった各タイヤメーカーの供給台数の格差は、リザルト面でのさらなる格差拡大を生みかねない。供給する台数が多ければ多いほど、テストやレースを通して多くのデータが手に入り、それを開発に活かすことができるからだ。
スーパーGTでは、シーズンオフやシーズン中に実施されるテストの走行時間などについてレギュレーションで細かく制限されているが、その中で各タイヤメーカーの供給台数に差があると、合計の走行時間には開きが出てくる。
例えば公式テスト前のシーズンオフテストを例に挙げると、ヨコハマはトヨタ・GRスープラと日産Zを1台ずつ、ダンロップはホンダ・シビック・タイプR-GTを1台、セパンテストに送り込んでおり、国内テストと合わせると1台あたり最大32時間の走行時間を確保することができた。しかしブリヂストンはスープラ、Z、シビックを1台ずつセパンに送っている上、セパンテストに参加しない国内テストメインの車両も複数台ある。さらには開発車両のテスト時間も含めると、合計で1車種あたり100時間前後、3車種合計で300時間前後の走行時間があったと推測される。その差は歴然だ。
ただプロモーターのGTアソシエイション(GTA)としても、そういった現状を鑑みてテストに関するレギュレーションにも変更を加えている。シーズン中に行なわれるGT500のタイヤメーカーテストの走行時間は、メーカーあたり最大16時間(8h×2回)で、前年の未勝利メーカー(今季はダンロップがそれにあたる)はさらに追加で16時間、計32時間テストができることになっているが、今季からこれに加え、「非主タイヤ開発メーカーはGT500クラスのタイヤメーカーテスト時間を装着車両1台あたり年間12時間まで拡大できる」という文言が追加された。この“非主タイヤ開発メーカー”はヨコハマとダンロップのことを指し、ヨコハマは28時間、ダンロップは44時間テストができることになる。
■埋めがたい“差”
ただその“非主タイヤ開発メーカー”の担当者としては、このような救済措置があったとしても依然としてブリヂストンとの差を埋めるのは簡単ではないと考えている。
ダンロップタイヤを供給する住友ゴムの安田恵直氏は、「やはり性能差を埋めていきたいということで、プラスの走行時間をいただいてはいるのですが、やはり台数の差というのは大きく、その差を埋めるのはかなり厳しいかなと思います」と語る。その台数の差については「GTA公式テスト前までのテスト参加台数の累積で言えば、BS(ブリヂストン)さんは約40台くらい、うちはセパンと鈴鹿で1回ずつで2台……それだけで約20倍の差があります」と説明した。
そして横浜ゴムの白石貴之氏は、現状トヨタ、日産、ホンダの3メーカーが持つ開発車両が全てブリヂストンタイヤをメインにしてテストを行なっている点が特に痛手だと語る。
「台数のところもありますが、GT500は開発車両を持っているか持っていないかも大きいと思っています」と白石氏は言う。
「今年はBSさんが全ての開発車両を持っているので、チーム車両の走行時間に加えて、開発車の走行時間……その差がダブルで効いてしまっています」
「また、開発車両をベースに開発が進んでいくという部分もありますので、その開発車両をBSさんが使っているとなると、そもそもの“スタートライン”も違ってきてしまうと思っています」
「こうした差を少しでも埋められるように、(GTAに)ご相談をさせていただいているという形です」
では、タイヤメーカー間の差を埋めるために、ヨコハマやダンロップに無尽蔵なテスト機会を与えればいいのかと言われれば、そう単純な話でもない。住友ゴムの安田氏は、次のように指摘する。
「仮に台数の差を時間の差で埋めようとすると、今度は自動車メーカー間で差ができてしまいます。そういう意味ではどうしようもないというか……全てを公平にやることは難しいとは思います」
つまり、例えばダンロップのテスト時間が無制限になった場合、GT500で唯一ダンロップタイヤを履くホンダのシビックが優位になってしまう恐れがあるのだ。2輪ロードレース最高峰のMotoGPでは、苦戦するバイクメーカーに対しての優遇措置が機能した結果、欧州メーカーの躍進に繋がったという経緯があるが、MotoGPはタイヤがワンメイク。車体、タイヤ共にマルチメイクなスーパーGTにおいて、様々なバランスをとることは容易ではなさそうだ。
■“マイノリティ”ながらタイトル争ったミシュランに聞く
ブリヂストンユーザーがGT500で“マジョリティ”であることは今に始まったことではないが、“マイノリティ”という立場でありながらブリヂストンユーザーとタイトルを争ったタイヤメーカーがある。それがミシュランだ。
ミシュランは昨年までGT500クラスでタイヤを供給。ここ10年ほどは日産陣営への2台供給が基本となっており、2015年にはNISMOのチャンピオン獲得に貢献した。これは、ブリヂストン以外のタイヤを履くチームの最後のタイトルとなっている。
昨年はチャンピオンを獲得して有終の美……とはならなかったものの、雨のレースでの強さも活かしつつ、NDDP RACINGのシリーズ2位、NISMOのシリーズ3位に貢献したミシュラン。小田島広明モータースポーツダイレクターは、供給台数が多いメーカー、少ないメーカーのメリット、デメリットについてこう説明する。
「マイノリティ、マジョリティの論議は昔から常にありました。必ずしもどちらかが有利だとか不利だとか、そういうことではないと思います」
「例えば、マイノリティであれば車種の特性やドライバーの要望に合わせた開発ができる。マジョリティであればn数(サンプル数)が増えるので取りこぼしが少なくなる、といったメリットがあります」
「一方で、タイヤメーカーが負担をしないといけない生産面に関しては、マジョリティのメーカーさんは大変ですし、マイノリティは何かに特化したタイヤとはいえ生産する総数が少ないので、製造コストという点では多少楽になります。一概にどちらかが良い悪いではありませんが、コンディションやレースの状況によってそれが良い方悪い方に出ると思います」
供給台数の多さに関しては、ブリヂストンの山本氏もメリットとデメリットがあると話していた。例えばこれまで何度も指摘されてきたように、非常に多くのデータを集められる点はメリット。一方でミシュラン小田島氏も指摘した生産面は、生産期間が長くなる関係上「早めにタイヤのスペックを決めないといけないというデメリットもある」と言う。
では、先に指摘された開発車両を持つメリットについてはどうか? これまで、日産/ニスモ陣営の開発車両である230号車でテストをしてきたミシュランの小田島氏に聞いた。
「(メリットは)正直、大きいと思います」と認める小田島氏。しかしその一方で、「ただ我々も最初から開発車両を使い、ニスモさんのワークスのような体制でやらせていただいたわけではない」と続ける。彼らは開発車両を活用していない頃から実力を示してきた上に、トヨタ陣営やホンダ陣営の車両に1台だけタイヤを供給していた時も、陣営の中でランキングトップに立ったこともある。その自負は大きいのだ。
「主タイヤ開発メーカーでない時も、その環境で実力を示すのが大事だと思っています」と小田島氏はコメントを締め括った。
そんなミシュランが去った2024年のGT500。昨年以上に“マイノリティ”となったヨコハマとダンロップにとって簡単な戦いにはならないことは確かだろう。「ご存知の通りなかなか厳しい状況ではありますが、昨年1勝できたところに弾みをつけて、それと同じかそれ以上の勝利が獲れるように頑張っていきたい(ヨコハマ白石氏)」「鈴鹿はひとつのターゲットになる。もちろんそこだけではありませんが、まず鈴鹿で良い成績を残したい(ダンロップ安田氏)」とそれぞれ意気込みを語る。
上記2メーカーが、絶対王者ブリヂストンにどこまで対抗できるか? そしてタイヤコンペティションを継続させたい旨を常々公言しているGTAは、ここから更なる戦力均衡策を打ち出してくることはあるのか? タイヤ戦争の行方には、引き続き注目してきたい。
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