スバルは2017年6月2日に北海道・中川郡美深町にある美深試験場の増開設工事を行なうことを発表していたが、10月23日に工事が完了し、11月から運用が開始された。この竣工に先立ちスバルは「美深試験場」をメディアに公開した。
■北海道・美深試験場
スバル 「サンバーバン」、「ディアスワゴン」を改良しスマートアシストIIIを採用
この美深試験場は、スバルにとっては栃木県・佐野市にあるスバル研究実験センター(SKC)に次ぐ2番めのテストコースとなる。
美深試験場は1995年に冬季用のテストコースとして発足。それ以前は、美深町周辺の道路で冬季試験を行なっていたが、1995年に施設が初めて完成し、以後は寒冷地テスト用のコースとして段階的に拡充し、2003年には寒冷地テスト用の高速周回路が完成している。
今回行なわれた大改修では、冬季に行なわれる寒冷地テストだけでなく通年使用できるように設備が変更され、さらに、アイサイトの次のステップとなる高度運転支援システム(ADAS)を開発するために、既設のコースをベースに、より実際の道路に近づけるため、全長4.2kmの高速周回路には緩やかなカーブを追加。またインターチェンジなどを想定した分岐、合流路や多車線路、北米のフリーウェイを想定したコンクリート路なども新設している。
実際、短時間ながら高速周回路のショートカット・コースを走行した印象では、SKCにあるようなオーバルの高速周回路ではなく、高速道路をイメージした高速路になっていた。コースの一部はコンクリート路で、それ以外にうねり段差を設けた場所もあったが、現実の高速道路の舗装路面の多様な種類やうねり路面などはなく、意外とシンプルでフラットな印象だった。
また新たに高速周回路に隣接して、対面通行コースや、右折レーンのある信号交差点、ヨーロッパで多く見られるランドアバウトのある交差点など市街地コースも新設した。これらのテストコースを活用することでスバルは、アイサイトの次なるステップ、「高度運転支援システム」の開発を目指すのだ。
この新設された市街地コースは、信号のある交差点や横断歩道なども設置してあり、市街地の道路を再現しているが、まだ完成したばかりのためか、高度運転支援システムの観点からは見通しの効かないビル街の交差点など、要素は盛り込まれていない。
日本の市街地の道路を再現するようなリアルな道路環境設備は今後、順次付け加えられて行くのだろう。
スバルはこの美深試験場を整備したことで、アイサイトの次のステージを目指し、新たな運転支援システムの開発がスタートを切ったことを実感した。
■「アイサイト」というシステム
これからのスバルの先進運転支援システム開発の前にある課題は何か? それは独力でステレオカメラ式の運転支援システムを作り出したことだともいえる。
スバルは1999年にステレオカメラを搭載したランカスターADA(Active Driving Assist)を発売した。
このシステムは、ステレオカメラが前方の状況を認識し、ナビゲーションシステムの地図データなどと合わせて周辺状況を総合的に判断し、車線逸脱警報、車間距離警報、車間距離制御クルーズコントロール、カーブ警報/シフトダウン制御などを行なうものだった。
ステレオカメラは、ドライバーの目に相当し、対象物との距離が測定できるカメラとして、運転支援のために最適と考えたのだ。
その次の世代は、2003年に4代目レガシィに設定された「3.0R ADA」だ。ステレオカメラに加えて新たにミリ波レーダーも採用し、両方の情報を協調制御している。これによってステレオカメラが苦手としていた夜間や霧などの状況もカバーする、ハイレベルな仕様だった。だがしかし、当時はミリ波レーダーの価格が高く、高コストのシステムになり普及させるのは難しかった。
この結果、スバルは開発方針を大きく転換し、機能と価格とをバランスさせる戦略にシフトし、2006年にはステレオカメラも採用せず、レーザーレーダーだけで全車速アダプティブクルーズコントロールを行なう「SI-Cruise」を4代目レガシィに搭載している。しかし、これはクルーズコントロールに特化しており、本来目指す方向とは違っていた。
2007年、スバルは日立製作所と共同で、毎秒30回の演算により各画素の距離情報を取得できる、ステレオカメラ専用の画像処理LSIを開発し、演算処理装置とステレオカメラ本体とを一体化することで小型化を図り、コストを低減した。そして2008年にこの新しいステレオカメラ・システム「アイサイト」を搭載したレガシィ・アイサイトがデビュー。販売価格もプラス20万円程度とすることができた。
このアイサイトを熟成し、さらに国交省の承認を得て、「ぶつからないクルマ」と呼ばれることになった。完全停止できる衝突回避ブレーキを機能を持つ「アイサイト ver.2 」が5代目レガシィに投入され、プラス10万円という低価格化が実現したこともあって、広くぶつからないクルマというのが定着していった。
2014年に登場したアイサイト ver.3は、カメラをモノクロCCDカメラからCMOSのカラーカメラとし、視野角・視程を従来比40%向上させ、演算能力も大幅にアップ。電動パワーステアリングと協調させたアクティブレーンキープ機能と車線逸脱抑制機能を追加するなど性能を高め、さらに2017年8月からは全車速追従クルーズコントロール、先行車追従機能などを加えた「アイサイト・ツーリングアシスト」に進化している。
*アイサイト・ツーリングアシスト試乗レポート
また日本発のアイサイトは、これまでに北米、中国、インド、ヨーロッパ向けのクルマに採用してきたが2017年内には、南米、アフリカ、中東地域にも拡大し、グローバル展開が完了する。予防安全技術は普及してこそ重要という課題を考えると、これも大きく評価できる事である。
しかし、ステレオカメラを持つアイサイトは優れた目ではあるけれど、前方を見る目でしかないともいえる。これからの予防安全、運転視線システムを考えると360度のモニタリング・システムが不可欠となってくる。また他の自動車メーカーに目を転じると、単眼カメラ+ミリ波レーダーを使用した運転支援システムも高性能化し、アイサイトの優位性も薄れてきているのも現実だ。
■「アイサイト」の次のステップは?
では、スバルが目指すこれからの運転支援システムはどうのようなものか? スバルの自動運転プロジェクトジェネラルマネージャー(PGM)の柴田英司氏は、「スバルが目指す自動運転はADAS発展型で、量販価格で都市間交通で使えるもの」だという。
これまでのぶつからない技術を基板にしながら、より高度な運転支援機能を目指して機能を拡大させるということだ。そして最終的な目標としてはレベル3の自動運転の領域を目指すとしている。
具体的には2020年にアイサイトに最小限のデバイス、ミリ波レーダー、デジタルマップ付きGPSなどを併用し、自動車線変更などを実現することを目指している。もちろんそのためにはセンサーフュージョン(複数のセンサーによる統合制御)の技術が求められる。
柴田氏によれば、ミリ波レーダー付きADAの開発にあたって、世界初ともいえるセンサーフュージョン技術に取り組んでおり、すでに経験済みだという。またミリ波レーダーの価格も、2003年当時と比較して驚くほど低価格し、使いやすくなっていることも追い風となる。
スバルは現在のアイサイトでオプションとして「アイサイトセイフティ・プラス (従来名称はアドバンスド・セーフティパッケージ)」を設定し、後方・側方警戒レーダー、フロント&サイドビューカメラ+モニターなどを設定しているが、現時点ではそれぞれが独立した機能を持ち、センサーフュージョンとはなっていないが、今後はこれらを統合するシステムが求められることは言うまでもない。
そうなると、今までのようにスバル独自でシステムを構築できるのか。大量のデータを扱い、気の遠くなるようなテストを繰り返すなど、モデルベース開発を前提にしたシミュレーション技術を駆使したとしてもは相当ハードルが高くなり、これまでのような独自技術ではなく今後はシステム・サプライヤーとのコラボレーションも不可欠と考えられる。
一部の噂では、現在の日立オートモーティブシステムズ製のステレオカメラをスウェーデンのオートリブ社製に変更する、そしてミリ波レーダーなど複数のセンサーを組み合わせたセンサーフュージョンを進めるといった話も流布されている。
スバルの描く次世代の高度運転支援システムを開発するためには、新たな美深試験場に加えて、大きな発想の転換も求められている。
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