三菱自動車は2026年8月18日夜、羽田空港でチーム三菱ラリーアートの帰国記者会見を開いた。凱旋の舞台となったのは、タイで戦われた第31回アジアクロスカントリーラリー(AXCR2026)。8月9日にパタヤをセレモニアルスタートし、密林と沼地を抜け、川を渡り、荒地を走り抜けて、全6レグ、総走行距離2,145.19km、タイム計測区間921.80kmという長丁場を、6日間かけて走り抜く過酷な戦いだった。
総合優勝を果たしたのは、三菱トライトン106号車をドライブした田口勝彦、コ・ドライバーの保井隆宏。チーム三菱は昨年(2025年)に続く2年連続の総合優勝であると同時に、31回を数えるこの大会の歴史で初めて、日本人ドライバーと日本人コ・ドライバーのペアが頂点に立つという記録になった。
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会見に登壇したのは、三菱自動車の五十嵐京矢代表執行役副社長(営業担当)、チーム三菱の増岡浩総監督、そして田口・保井の両選手。会見は、勝利の高揚と来季への意欲、そして今年の秋に控える大仕事への期待が入り混じる時間になった。
文:ベストカー編集局長T、写真:森山良雄、三菱自動車
2,145km、6日間の死闘──レグ3の8秒差から始まった連覇のドラマ
ざっと今回のアジアクロスカントリーラリー(AXCR)を振り返ろう。大会最長となるSS206.83kmのレグ1は、スコールに見舞われ泥と水たまりが行く手を阻む展開になり、田口・保井組は総合3番手で滑り出した。一方でチームメイトの小出一登・千葉栄二組(三菱トライトン118号車)はスタックからのタイムアウトを取られ、この時点でチームの明暗はすでに分かれ始めていた。
流れが変わったのはレグ3、ナコーンサワン発着のSS146.04km。田口・保井組がSSベストタイムを叩き出し、初めて総合首位に浮上する。だが2位との差はわずか8秒。ここから最終レグまでノートラブルで一度も首位を譲らなかったことが、今回の勝因の核になった。
レグ4でリードは3分18秒に拡大したが、最後のロングSSとなるレグ5(183.60km)ではトヨタ・ハイラックス レボを駆るマナ・ポーンシリチャード/キティサック・クリンチャン組が猛追。増岡によれば、この日一時はリードが11分にまで広がる場面もあったというが、無理をしないマネジメント判断もあって最終的には5分21秒まで差が縮まった状態で最終日を迎えている。コース中最高標高の山岳路を含むレグ6(SS58.62km)でもマナ組がベストタイムで追い上げてきたが、田口はSS3番手でまとめてフィニッシュ。最終的な総合差は2分25秒だった。
チーム三菱ラリーアートは3台をエントリーし、106号車が総合優勝、118号車(小出一登/千葉栄二)が27位、後半に車両不調を抱えた101号車(チャヤポン・ヨーター/ピーラポン・ソムバットウォン)が36位となり、3台完走を果たしている。
レグ区間SS距離106号車の状況LEG1パタヤ→プラーチーンブリー206.83km総合3番手。スコールと泥、水たまりに苦しむLEG2プラーチーンブリー→ナコーンサワン67.32km総合3番手を維持(軍の演習によりSS短縮)LEG3ナコーンサワン発着146.04kmSSベストで総合首位へ浮上。2位との差は8秒LEG4ナコーンサワン→カンペーンペット181.04kmリードを3分18秒に拡大LEG5カンペーンペット→ピッサヌローク183.60km一時11分に広がったリードが5分21秒にLEG6ピッサヌローク発着58.62km追い上げをかわし2分25秒差で優勝
「二連覇というのは非常に難しい」──五十嵐副社長が語った重み
会見はまず、三菱自動車を代表して五十嵐京矢・代表執行役副社長(営業担当)の挨拶から始まった。五十嵐は、二連覇の重みと今回の成果をこう語った。
「実は私、今回のラリーのスタート地点にも立ち会っておりまして、その際に増岡総監督に「ぜひ勝ってください。なんとしても勝ってください」とお願いをしておりました。二連覇というのは非常に難しいことだと思いますし、他のチームの戦闘力も昨年より上がっていますので、かなり大変な思いをされたのだろうと思っております。それでも、チーム三菱ラリーアートといたしましては、昨年に続き二連覇ということになりました。これで通算5戦3勝、勝率6割を持ち帰ってきたことになります。そして、日本人ペアによる総合優勝というのはAXCRラリー31回目で初の快挙ということで、田口さん、保井さん、お二人がいらっしゃらなければ、このような会は今日ここで開かれていないということで、本当におめでとうございます」
大会そのものの過酷さについても、五十嵐は言葉を選ばなかった。
「AXCRは、ご承知の通り、東南アジア特有の高温多湿な気候の中で、山岳あるいは密林を中心とした過酷なオフロードコースで行われます。非常に狭いコース、あるいは木々が生い茂ってミスコースしやすいステージで、今回磨き上げたトライトンのハンドリング、この効果が出たのかなと考えております。また、雨が降れば川渡り、あるいは泥濘地でトライトンの力強い走破性が本領を発揮したのだろうと考えております。砂漠のダカールラリーに対して、ジャングルのアジアクロスカントリーラリー。タイプは異なりますが、同じように過酷なレースであると我々としては認識しております」
そして挨拶の終盤、五十嵐は今年の秋に世界初公開が予告されている新型「パジェロ」に触れた。この連覇には、もうひとつの意味が込められていたという。
「いよいよ今年度は、新型のパジェロを投入いたします。我々の三菱自動車としての挑戦も新たな幕開けを迎えます。スタート前に増岡監督から”このレースはどうしても勝って、発表発売に華を持たせる。ここで勢いをつけるんだ”と熱く言われておりました。その思いを見事に成し遂げていただいたということで、三菱自動車を代表しましてチームの皆様に改めて御礼を申し上げたいと思います」
50対50の重量配分──「手堅い進化」が生んだ無敗のトライトン
今年のAXCRに投入されたのは、トライトンをベースにしたT1(改造クロスカントリー車両)仕様の3台。2026年に向けて三菱ラリーアートが手掛けたのは、派手な新機構の投入ではなく、地に足のついた熟成だった。総監督の増岡はこう説明する。
「クルマは、今年はあまり大きな冒険・改良はせずに、昨年からさらにアップグレードして、ほぼ前後50対50の重量配分まで持っていきました。それによって悪路での走破性、安定性を増して、ハンドリングもよくして、エンジンもレスポンスと耐久性を上げていくという、手堅い進化を狙いました。今年は本当にいける、勝つんだ、という自信と覚悟を持って本戦に臨みましたが、実際には、自分が選手の時より嬉しく、興奮しました(笑)」
トライトンの2026仕様における、地味だが本質的な改良は、ドライバー席からも実感できるものだったという。ドライバーを務めた田口選手は、その効果を体感としてこう語っている。
「今年はクルマの基本性能が上がりました。サスペンションをチューニングして、我々スピードラリー出身のドライバーがより攻めれる、意のままに操れるようにクルマを持っていっていただきました。重量配分もそれに貢献しております。川渡りとか低速コーナーのところでより速く走れるようにエンジン屋さんに改良していただきました。そこが大きかったのではないかと思います」
なにより雄弁なのは結果だ。6日間・2,145.19kmという長丁場を、106号車はパンクも大きな車両トラブルもなく走りきった。密林の岩場、深さの読めない渡河区間、泥濘地を、市販車ベースのピックアップトラックが一度も壊れずに戦い抜いた事実こそが、三菱自動車がこの競技に投資し続ける最大の理由になっている。
心を鬼にしたペース配分──田口・保井が明かした必勝の作戦
「今年の勝因は?」と問われるたびに田口が繰り返したのは「今回はすべてが上手くいった」という言葉だった。昨年5位に終わった悔しさから導き出した今年の作戦を、田口はこう明かしている。
「昨年度、我々は5位だったんです。途中、サスペンショントラブルで遅れてしまって結果5位。勝負にタラレバはないですけれども、我々のタイムからして、そのロスがなければ昨年は3位ぐらいのだったかなと思います。じゃあそこから、1位を獲るにはどうしたらいいかと考えた時に、まずクルマの性能はアップしました、ということは去年より速くなっているわけです、で、今度はミスコースをしてしまうと全部台なしになってしまうので、ミスコースをしそうなところはもうぐっとペースを落とそうと考えました。僕はスピードラリー出身なので、ゆっくり走りたくないんです。毎回バーッと走っていたんですけど、今回は心を鬼にして、勝つためにそこはスピードダウンして(ナビの)保井君に任せて、あとはハイスピードなSSは去年よりもっと踏んで、これを第一に思って走りました」
「それから、今年このラリーで気をつけたのは、それからパンク対策です。(コーナーを曲がる時に)去年よりもタイヤ1本分、スライドさせないように走りました。やっぱりタイヤ1本分でも外に行ってしまうと、知らない道を走っていきますので、パンクリスクがぐっと上がります。岩場なんかは特にそうですね。実際トップランクでパンクしてないクルマって、我々ともう1台ぐらいしかなかったんです」
一方、ナビを務めた保井選手は、クルマが速くなることを手放しには喜べない、コ・ドライバーならではの葛藤を口にした。
「いま田口さんがおっしゃったように、去年よりクルマが速くなって、すごく性能が上がったんですけれども、コドライバー的には、それは嬉しいだけじゃなくて、やっぱりクルマがどんどん速くなっていくと、ナビゲーション速度もどんどん上げていかなくちゃいけなくて。いろいろと思考が追いつかなくなってくるんですね。今年は本当に大変でした」
「ただ、ラフなセクションとかパンクのリスクがあるところ、あとジャングルでミスコースしやすいセクションでは、田口さんがちゃんと抑えて走ってくれて、で、ハイスピードなところで稼ぐっていう、メリハリのある走りをしてくれたおかげで、うまくコンビネーションが噛み合ったかなと思います。本当に、レグ3でトップに立ってからはもうまったくミスができない状況で、ずっと毎晩毎晩、緊張とプレッシャーから泣いてたんですけども(笑)、勝ててよかったです」
来年もこの勝ち方でいけるか、そして「危機」の瞬間
質疑応答では、まず本誌記者が田口に問うた。今年で挑戦4年目、「勝ち方が分かった」というようにとれる発言があったが、来季も同じ戦略でいけるのか。
「確かに、今年に関してはすべてが上手くいって勝てました。AXCRでの戦い方がわかった気がします。でも、来年はライバルが大幅にクルマの性能を上げてくるのがモータースポーツです。今年は良かったからといって、何もしなければ来年はもうほぼ負けると思います。なので、今からすぐ準備をして、いいクルマ作り、それから来年はまたその流れの中でうまくペースを作っていくことが重要になっていくでしょう。あと私、まだ来年の契約してないんで、出させてもらえるなら決まってから、ということで増岡さん、よろしくお願いします(笑)」
続けて、6日間・2,000kmの中で「これは危機的だ」と感じた瞬間を保井に尋ねた。保井が挙げたのは、ミスコースの恐怖だった。
「レグ3だったか、1分ぐらいミスコースした時ですかね。もしこれが1分で終わるのか、5分になるのか、20分になるのかっていう恐怖はありましたけれども、今回は田口さんが本当にキレキレで。前のクルマが迷ってる時でも焦らずに待ってくれたり。道が、30頭の牛で埋められてる時もあの牛の先に絶対道がある! とか言っていて(笑)。すごいキレた走りをしてくれたんで、本当に事なきを得ました」
新型パジェロへの期待──連覇が「露払い」になった秋の大仕事
三菱にとって、AXCR2026の連覇は単なる一勝利にとどまらない。五十嵐が挨拶の最後に触れたように、この結果は今年の秋に世界初公開を予定する新型「パジェロ」の露払いという性格を帯びていた。
初代パジェロは1982年の発売から4世代にわたって展開され、世界で325万台以上を売り上げた三菱のフラッグシップだ。日本仕様は2019年の生産終了から数えて7年ぶりの復活となる新型は、トライトンのラダーフレームをベースに、キャビンと前後サスペンションを専用開発。「卓越した悪路走破性」と「上質かつ快適な乗り心地」の両立を掲げ、三菱自動車が「冒険心と挑戦心を象徴する新たなるフラッグシップモデル」と位置づける一台だ。
パジェロは三菱にとって特別なクルマであり、その名はもちろん、チーム三菱の総監督である増岡浩にもおおいに関係する伝説がある。2002年・2003年、日本人として初めてダカール・ラリーを連覇したのがパジェロであり増岡監督だった。その増岡がいま、AXCRという舞台でトライトンを鍛え上げ、その先に新型パジェロを見据えている。五十嵐が「このレースはどうしても勝って、発表発売に華を持たせる」という増岡の言葉を紹介した通り、今回の連覇そのものが、秋の新型パジェロ発表に華を添えた。
以下、来季のAXCRの参戦車両について記者から問われた際の、増岡監督の言葉を紹介する。
「これ、どこまで言っていいんですかね、もう僕の腹の中では(来年のAXCRの参戦車両は)パジェロで決まっているんですけども……(笑)。ええと、これは僕個人の思いです(笑)。新しいクルマを作るのってすごく楽しみだし、ポテンシャルはすごくあると思います。パジェロはトライトンの兄弟車みたいなものですから、いままで得てきたいろいろなノウハウをパジェロにも活かして、戦闘力の高いクルマに仕上げて、来年、三連覇を目指します」
AXCR2026 総合リザルト
総合クルー車両タイム1位田口勝彦/保井隆宏三菱トライトン(106号車)12:58:202位マナ・ポーンシリチャード/キティサック・クリンチャントヨタ・ハイラックス レボ13:00:45(+2:25)3位ディサポン・マネーイン/アティキット・シーモンコンいすゞD-MAX13:08:22(+10:02)27位小出一登/千葉栄二三菱トライトン(118号車)20:58:3036位チャヤポン・ヨーター/ピーラポン・ソムバットウォン三菱トライトン(101号車)34:48:43
2分25秒、そして次はパジェロへ
三菱、トヨタ、いすゞの、東南アジアで強い3大メーカーがしのぎを削った今大会。終盤までこの3チームがもつれ合うような接戦となった。チーム三菱ラリーアートの田口勝彦/保井隆宏組は、レグ3で掴んだわずか8秒のリードを守り抜き、最終的に2位・マナ・ポーンシリチャード/キティサック・クリンチャン組(トヨタ・ハイラックス レボ)に2分25秒差をつけて、31回目のAXCRを制した。
会見で語られた言葉の端々から見えてきたのは、この勝利が幸運の賜物ではなく、前後重量配分を50対50に近づけるという「手堅い進化」、タイヤ1本分の余裕を残すという徹底したリスク管理、そして「勝つためにスピードを落とすところと踏むところを峻別した」というドライバーの覚悟、コドライバーの信頼の上に成り立っていたということだ。
そして何より、この連覇は2026年秋に世界初公開される新型パジェロという、三菱自動車にとっての次の挑戦への号砲でもある。増岡総監督が語った「来年パジェロで3連覇」という夢が、いつ会社としての目標に変わるのか。三菱ラリーアートの戦いは、すでに始まっている。まずはおめでとうございます。おつかれさまでした!
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