■2021年のオークションを占うジャガー「Dタイプ」
アメリカ合衆国アリゾナ州の砂漠に面した避寒リゾート地、スコッツデールでは、毎年1月中旬から下旬にかけて複数の有力オークションハウスが結集し、世界のクラシックカー業界の1年を占う競売が大挙しておこなわれる。
【画像】超貴重なジャガー「Dタイプ」をチェックする(21枚)
それは、新型コロナウイルス禍の真っただ中にある2021年も変わることなく、「ボナムズ」や「バレット・ジャクソン」、「グッディング&カンパニー」などの大手各社が、インターネットを活用したオンライン型を中心に競売をおこなうことになっているようだ。
●1955 ジャガー「Dタイプ」
そんななか、クラシックカー/コレクターズカーのオークションハウス最大手のRMサザビーズ社は、スコッツデール市内の自動車愛好家向け会員制クラブハウス&車両ストレージ施設「OTTO CARCLUB」を会場に、COVID-19感染対策のために入場制限をおこないつつ、メインはオンラインとする大規模オークション「ARIZONA」を、2021年1月18-22日(18-21日にプレビュー、22日に競売)に開催することになった。
この「ARIZONA」オークションには、現時点で80台以上の出品が予定されているとのこと。今回VAGUEが注目したのは、出品車両のなかでももっとも高価な落札価格が見込まれている1台、1955年型ジャガー「Dタイプ」である。
1954年に誕生したジャガーDタイプは、1951年と1953年のル・マン24時間レースで見事総合優勝を果たし、ジャガーの名を英国から世界に轟かせた「Cタイプ(XK-C)」の後継車である。
Cタイプの成功に大きく関与した航空機畑出身のエンジニア、マルコム・セイヤーの最先端テクノロジーをいっそう大胆に導入したモデルである。
時代に先んじて軽合金製のモノコックを採用するとともに、空力特性を最大限に重視した軽量・高剛性のボディを組み合わせ、Cタイプ時代よりさらにチューンを高めた直列6気筒DOHC「XK」ユニットを搭載した。
デビュー早々に実戦配備されたDタイプは、翌1955年のル・マンでジャガー・カーズ社ワークスチームから出場してデビューウィン。さらにサテライトチームの「エキュリー・エコス(Eculie-Ecosse)」に委ねられた1956-1957年にも優勝し、ル・マンでは怒涛の3連勝を果たすことになる。
そしてCタイプから継続されたモータースポーツでの大活躍により、ジャガーは量産スポーツカー/高級車メーカーとしての地位を不動のものとした。
そんな歴史的名作であるジャガーDタイプは、現在のクラシックカーマーケットにおいても特別中の特別なモデルとして認知され、国際オークションに出品されれば毎回おどろくべき評価を受けるのが常である。今回の出品についても、世界の注目を一身に受けているのだ。
■希少なレッドのボディと、豊富なレース歴が決め手の個体
ジャガーDタイプは、1955年からワークスカーとカスタマー向けも合わせて75台が製作されたといわれるが、すべてのDタイプが当時のレーシングヒストリーを持つわけではない。
しかし、今回のRMサザビーズ社「ARIZONA」オークションに出品された、シャシNo.「XKD 518」は、多彩なレース歴に加えて数奇なストーリーを辿った1台とされている。
●1955 ジャガー「Dタイプ」
1955年12月29日、英国マンチェスターの大手自動車ディーラー「ヘンリーズ」にデリバリーされたXKD 518は、赤いボディをこの時から与えられていた。ジャガーのレーシングカーとしては異質にも映るカラーについては「ミッレ・ミリア」などイタリアの公道レースに出るプライベーターを意識したともいわれている。
ところがその目論見はかなわず、のちにF1グランプリ界のフィクサーとなるバーニー・エクレストンが、若き日に起業したディーラーを介して、英国内レースに参加していたクラブマンレーサー、ピーター・ブロンドが当時の3500ポンドで購入することになった。
ブロンドはすぐにクラブレースに参戦し、1956年6月にはスネッタートンで1-2フィニッシュを達成。9月にもスネッタートンで優勝を果たした。
1956-1957年シーズンにはエイントリーやシルバーストーン、オウルトンパーク、グッドウッドなどのクラブレースを転戦している。
そののちXKD 518は、ジョナサン・シーフやジーン・ブロクサムなどのレーシングドライバーのもとを渡り歩き、1961年シーズン終了まで英国内のクラブレースで活躍。現役引退後は、ハードロックのカリスマグループ「レッドツェッペリン」を世界のスーパースターに育て上げたことでも知られる音楽プロデューサー、ピーター・グラントも数年間にわたって所蔵していたと記録されている。
そして1982年に大西洋を横断したのち、現在に至るまで4人のコレクターを経て、2008年以来、現在のオーナーのコレクションに加わることになった。
XKD 518の来歴は、CタイプからEタイプ・ライトウェイトに至るジャガーの歴代レーシングモデルを完全網羅した「Jaguar Sports Racing Cars:C-Type, D-Type, XKSS and Lightweight E-Type and Jaguar C-Type. D-Type & Lightweight E-Type Register.」にも記されており、ヒストリーに一切の瑕疵がないことも証明されているという。
■最低予想落札価格は7億円を超えるか!?
過去のある時点でブリティッシュ・レーシンググリーンに塗り替えられたXKD 518は、そののち新車時の赤に戻された。また、当初は狭いウインドスクリーンとヘッドレスト背後のテールフィンなしの仕様だったが、現役レーシングカーだった時代にほかのDタイプに施されたものと同じく、レギュレーション対応やパフォーマンス向上のためのアップグレードが施されている。助手席まで覆うウインドシールドや独特なテールフィンは、その顕著な例といえよう。
●1955 ジャガー「Dタイプ」
本革レザーのストラップで固定される空力的かつ彫刻のように美しいエンジンカウルの下には、ナンバーマッチング(ブロックとシリンダーヘッドの双方に「E 2028-9」の刻印入り)のドライサンプXK型3.4リッターエンジンが鎮座。3連のウェーバー社製キャブレターとともに新車時には245psを発生し、4速のマニュアルトランスミッションと組み合わされる。
この真っ赤なDタイプ最大のポイントは、現役時代のレース歴を含むヒストリーが完全に解明されていること。しかも豊富なレース歴がありながらも、元のエンジン、シリンダーヘッド、ボディワークを伴って現在まで生き残っていることだろう。
クラッシュが当然だった旧き良き黄金時代から生き抜いてきたレースカーとしては、これは極めて稀有な一例なのだ。
時代を先取りしたテクノロジーを誇るとともに、モータースポーツでも輝かしい戦果を挙げ、これまで誕生したなかでももっとも美しいレーシングマシンのひとつとして認知されているジャガーDタイプが、現在のクラシックカーでも重要で注目すべき車両であることは、至極当然のことなのだ。
このジャガーDタイプ「XKD 518」に、RMサザビーズ北米本社が設定したエスティメート(推定落札価格)は575万ドル-750万ドル。日本円に換算すれば約6億円-7億8000万円となる。
もちろん絶対的に見れば高価であるのは間違いないが、クラシックカーの価格が最高潮を迎えていた2010年代後半であれば、10億円超えも珍しくなかったDタイプである。しかもレーシングヒストリーのある個体として見るならば、リーズナブルといえなくもない。
注目のオークションは、1月22日におこなわれる予定だ。
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